脳内のおしゃべりが止んでいるとき
何年も数十年も忘れていた記憶が
突然浮かび上がることがある
中学時代の部活の先輩
あまり絡みがなく
顔も名前も存在も忘れていた先輩
突然、くっきりと浮かび上がった
バイト先にいた
カップルの口癖
ふたりとも色白だった
幼少期のささいな遊び
マットレスで秘密基地を作って
その肌触りや模様
自分でもびっくり
脳の中にこれほど明確に
しまわれていたなんてね
想像できないほどの量の記憶が
うまく収納されているんだろう
脳はなんて高性能なの
改めて感心してしまった
脳内のおしゃべりが止んでいるとき
何年も数十年も忘れていた記憶が
突然浮かび上がることがある
中学時代の部活の先輩
あまり絡みがなく
顔も名前も存在も忘れていた先輩
突然、くっきりと浮かび上がった
バイト先にいた
カップルの口癖
ふたりとも色白だった
幼少期のささいな遊び
マットレスで秘密基地を作って
その肌触りや模様
自分でもびっくり
脳の中にこれほど明確に
しまわれていたなんてね
想像できないほどの量の記憶が
うまく収納されているんだろう
脳はなんて高性能なの
改めて感心してしまった
とっても不思議
脳内のおしゃべりが止まると
疲れにくくなることに気づいた
私の場合
完全に止まっているわけではないので
おしゃべりに気づいて
こまめに消すということをしている
そうして
脳内のおしゃべりが少なくすんだ日は
ほとんど疲れない
無駄なおしゃべりが
延々と脳内に繰り広げられていた日は
夕方頃には
もうぐったりと疲れて
動くのもやっとだ
仕事が終わって
娘を迎えに行って
晩御飯を作って
食べさせて
お風呂に入れて
寝かしつけして
そのまま夜9時頃に
意識を失うようにして娘と一緒に寝てしまう
けれども
脳の静けさを保つことができた日は
仕事をしていても
ほとんど疲れないので
その後の家事育児も苦にならなく
夜は自分の一人の時間を
たっぷり楽しむこともできる
どれだけ脳内のおしゃべりが
エネルギーを消費しているのかわかる
しかも
観察していると
そのおしゃべりが役に立つことは
まずない
無駄なことをグルグル発している
だから、おしゃべりが始まって
それに気づいたら
私は脳みその中から
「言葉」「文字」を消すイメージを行う
言葉なしにおしゃべりはできないから
言葉を取り上げると脳は静まる
休まる
あとは
過去と未来という妄想のせいで
疲れていると錯覚することもある
「今日は6時間もパートで働いたから、疲れた」
「このあと皿洗いも洗濯もしなきゃ、疲れる」
「明日の登園に持っていくもの用意しなきゃ、疲れる」
「これまでも、明日からも同じ日が続く。もう疲れた…」
そう、今ここにいたら
筋肉痛とか、物理的な疲れは感じるにしても
過去と未来による精神的な疲れは生じない
だから今ここに意識を留めよう
私は、出産後に時間がないことが不満だった
毎日毎日
自分1人の時間が欲しいと嘆いていた
1人の時間を確保するために
夫に協力してもらい
自由な時間はあった
サウナへ行き
スポーツジムに通い
漫画喫茶にも行った
それでも不満はつきなかった
時間があれば小説を書ける
時間があれば夢を達成できる
時間があれば私はもっと特別になれる
時間があっても書かないのに
頭の中で私は目の前の現実を否定し続けた
過去も未来も全ては妄想でしかない
それに気づいてから
突然、時間がないと感じることがなくなった
時間が止まったような瞬間が訪れる
今までと生活が何一つ変わっていないのに
時間に追われる感覚や
何かをしなければならないという焦りがない
それによって心は平和で
仕事のストレスもなくなった
やめようか迷っていた仕事に苦もなく向き合えている
不思議だ
しかし
その状態を維持するのは難しい
私は揺れ動いている
だから
こうしてブログに書いて
自分の心の動きを観察することにしたのだ
私が長年こだわっていた夢とは
小説家になることだ
小学生の頃から
ストーリーに感動することが尊いと感じていて
おそらく中学生の頃には
小説家になりたいと思っていたはずだ
それから30年もの間
私は「夢」という「亡霊」に取りつかれていた
打ち込める仕事があっても
「これは本当の仕事ではない」と
心の何処かで常に反発し続けたり
「創作する時間がない」と焦って
仕事を減らしたり
減らしたものの金銭的に不安になり
またフルタイムの仕事に就いたり
夢に近づくために
「書く」業務がある仕事をしてみたり
夢の周辺を
グルグル
グルグル
グルグル
回り続けていた
「今の自分は本当の自分ではない」
「夢を叶えた自分なら幸せになれる」
と常に現実を否定し、苦しんでいた
では、苦しむほど創作に励んでいたかというと
そうでもない
作品を完成させられない
集中して書き続けられない
ストーリーが破綻する
そんなことばかり
社会に出てからは
小説を読む頻度もぐっと減った
そう、私は「書けない」
=「今ここから行為が起こらない」
のに、自分は小説を書きたいはずなのだと思い続けていたのだ
書きたい人はもう書いている
小説家としてデビューしようがしまいが
書いているのだ
私は自分に無理じいしないと書けなかった
夢は
過去という妄想の一部
つい先週、気づいたこと
そしたら夢を手放せた
あの苦しみがなくなった
42歳まで
何をやってきたんだろうね
可笑しいなあ
今日は久々の晴れ
太陽の光に当たっていると
体の内側から
ポカポカ暖かくなる
心が柔らかくなる
これ以上の天国があるだろうか
幸せだなあ
ただくつろいで
静けさを味わう
それだけで
幸せが満ちてくる
いつだって帰れるんだ
だから
安心してストーリーに没頭したっていいよ
大丈夫
2023年10月30日のこと。
私の人生が突然、楽になった。
すると、なぜ苦しかったのかが、わかった。
「夢」に執着していたからだ。
夢を手放したら、すべての不満が消えていた。
手放した、というよりも「手放せていた」という方が合っているかもしれない。
これまで、何度手放したいと思っても、手放せなかったのに。
頭の中が静かだ。