車の話を書いたので、ついでにニコニコ


私の車好きは、どうやら父親に似たみたいです(*^^*)


父は、若い時から外車に目がなく、勿論中古だったりしたんでしょうが、何処に行くにも私を乗せて連れて行ってくれました。



まぁ、そこまでは、誰にでもある話。
違うのは、小学校に入学してから、朝はそのアメ車で学校に連れて行ってくれました。



暫くしてから、格好のイジメの対象になりましたよガーン
そうよねぇ~にひひ


で、私はといえば、いじめられてる事にも気付かない、天然ちゃんで…にひひ




ある日、担任の先生が気が付いて、父親が呼び出されて次の日からは、歩いて通う羽目になりましたよしょぼん



イジメは、数年間続いて、たまりかねた父方の祖母が、私を連れて瀬戸内海にある自分の家に連れて行って、一年間、鍛え上げてくれました(>_<)



今では、『〇〇酵素』で有名な島で、一年間、そこの小学校に通いましたにひひチョキ



武家育ちの祖母は、甘やかされて育った私を根っこから掘り返すように、手厳しく、でも沢山の愛情を降り注いで育ててくれました。



勿論、叔父夫婦といとこ達に、沢山の愛情を貰って、今でも感謝しています。



ここでの体験は、私の人生のバックボーンになりました。



その島でも、当初、東京から来た子と言うことでいじめられました。



何しろ、着ているものだけでも目立ったようです。



同じ学校には従姉、従兄も通っていて、肩身の狭い思いをさせましたが、血の濃さ?で随分助けて貰いました。



でも、半年も掛からないうちに、沢山のお友達が出来ました。



自然の山々、野原を駆け回り、時折訪ねて来る両親が、唖然として『まるで、子猿じゃないか?』と言うほど変わってしまったのです(笑)



心身共に逞しくなって東京に帰り、元の学校に戻りました。
勉強も、運動も誰にも負けないくらいになっても、いじめられました…が、黙っていじめられてる事は無くなりました。



体育は、男の子にも負けなかったから、男の子からは目の敵にされたけど、イジメっ子を先生につきだし、『皆が見ている前でいじめた事をやってみなビックリマーク』って迫り、で、だめならその子のお母さんのところに行って、『これ以上されたら、私も許す気はないから、懲らしめてもいいですか?』
って。



可愛くも何ともない子でしたが、その後、他にもいじめられてた子の味方をしたりして、イジメは無くなりました。



その後、友達が沢山出来たのは、私が戦って来たことは間違いなかったからだと思えるようになりました。



イジメはイジメた方が100%悪いです。
でも、自分の弱い心も鍛えないとね!



勝てない時が有っても、心底弱い自分に負けちゃいけない。
『心こそ 大切なれ』良い言葉です。



何事も徹してやり抜くのが、私流ビックリマーク
手強いですよ~(笑)





おかあしゃん、今日はワンコの匂いがしないね♪

アタシの匂いをつけとこラブラブ




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