Mと連絡取らなくなってからは
彼氏作らないで
友達と遊びまくった



1カ月後…



家族からの鬼電


急いで病院へ行くと
家族が集まってた
みんな暗い


父『担当の先生から話があった。
お母さんは末期ガンだそうだ。
余命6カ月… 』



話しの途中から泣き崩れた父
お姉ちゃん達の泣き声




その日の朝『白目の所が黄色いから、ちょっと病院行ってくるね~♪』


って普通に元気だったじゃん???


ガン?しかも末期?
余命って
なんでよ



訳わからなかった
涙は出ない
ただぼーっとしてたのを今も覚えてる




胆嚢ガン
胆嚢を知らなかった私は
ネットで胆嚢ガンを調べまくる



見れば見るほど落ちる
余命なんて信じない




毎日毎日病院に通った
お昼~面会時間終了ギリギリまで
ずーっと居た



末期のガンだとも余命も知らない母
見た目も変わらない



母の妹さんは肺ガンで手術をして治った
母は妹さんのお見舞いや手術の日付き添いをしてたから治ると信じていた



『おばちゃんみたいに手術して取ったら治るから手術頑張らなきゃね~!!
お母さん、おばちゃんの取った肺見せてもらったんだから(^▽^)』




うんそうだったね
おばちゃん今元気だもんねっ
お母さんも手術頑張らなきゃねっ




お母さんは手術はできないんだよ…


無理は承知。諦めきれずに胆嚢ガン専門の有名医師の元へセカンドオピニオンに行く


『手術できるかもしれません』
可能性は低いと言われたけど諦めるわけにはいかない



ベッド空き待ちを1カ月ほどして転院した




前の病院と同じ検査+血管造影という検査をした結果…手術は無理



知ってる。どこの病院行ってもできないのは


さらにガンセンターに行く
母をモルモットにしようとした提案
ふざけんな



諦めるしかなかった
不甲斐なさに腹立った



母は最初の病院へ戻り
担当医から手術できないことを聞く



『先生がね、手術できなくても放射線治療や抗がん剤治療があるって言ってたよ!!
それで治る人がいるんだって(^-^)』





母は超天然でお嬢様育ち、無知なことが多い


先生の言ったことを本当に信じてたのかどうかは今でもわからないけど
望みを捨てずに前向きだった



母の誕生日には外出許可をもらって
家族みんな揃ってお祝いをした



ケーキのロウソクを消した後
目に涙いっぱい溜めた母を見た時は
その場に居れなかった




しばらく経って自宅療養になった


自宅療養になってしばらくは体調の変化もなく普通だった


次第にご飯を吐くようになり体調悪化



病院に戻る




抗がん剤治療で痩せてく



担当医から話があると言われ
予定の日に話を聞きに行ったのは私1人

『もってあと2週間です。ご家族の方は覚悟しておいてください』



こんな話の日に限って私1人
サインしたくない
覚悟なんてできない、したくない



家族に伝えるのも精一杯だった




-1週間ちょっと経った頃-


朝、父からの電話
病院へと急ぐ病院内を走って病室へ



前日痛みが凄く苦しそうだった母は普通



モルヒネ投与を始めるから家族を呼んだらしい



モルヒネ投与始まってから少し
母が眠りについた



眠ってから個室へ移動



担当医『あと3日、明日山場』


母の家族が地方から飛んでくる


家族揃って母を見守る


母のお母さんが病院に着いてすぐ
家から持ってきた水を出し
『○○子!!なんだこんな姿になって!!ウチから持ってきた水じゃ、お前が育ったとこの水じゃ無理してでも飲め!!』
と叫んだ


ろくに何も口にしなかった母が
ゴクゴクと水を飲んだのには驚いた



母親の存在がどれだけすごいものかを知った



みんなで交代で付き添いをした
姉2人は小さな子供がいるから
私、父、兄で夜中は付き添った



母がガンになってから
友達からの連絡も返事しなかった
でも1人だけ事情を話した友達がいた



話を聞いてくれて
お見舞いも来てくれて
ガンに効く食べ物など色々調べてくれてた


夜中の付き添いしてる時
その友達からの電話
『駐車場まで出てこれる?』



駐車場へ行くと友達が来てて
『これみんなで食べて』と
おにぎり大量とブラックコーヒー



大泣きした



家族以外は面会禁止だったけど
友達に母に会ってもらいたくて
最後に会ってもらった





朝までブラックコーヒーを飲んで
ずーっと見守る


痛みがくるのか、うなる母
見た目がドンドン変わっていく
肌の色、顔…




朝、姉と交代して家に帰って眠った




電話の音で起きる



父『お母さんが珠愛、珠愛と何回も呼んでる』

すぐ母の元へ向かった




私は4人兄姉の末っ子
当時姉2人は35歳と34歳家庭持ち
兄26歳、私21歳




姉達は家庭持ってるから
私を気にしてたんだろうか…
意識朦朧状態の母が自分の名前だけ
呼んでくれたこと
凄く凄く嬉しかった



手を握り『珠愛だよ。ここにいるよ』
と言うと
母の手が少しだけ動いた





モルヒネ投与から2日目、夕方の回診
担当医がきた
『○○さん』の呼びかけに対し
母『先生、話聞くの娘も一緒でいいですか』


一生懸命答える母


先生は『はい大丈夫ですよ~』と言い
私達に頭を下げた



その時、先生の目から涙が流れたのを見た



先生、ありがとう
失礼かもしれないけど医者は慣れっこだろうから
涙なんて想像してなかったよ






おばあちゃん達も来て全員が揃った
夜ご飯を食べに
父、兄、母の家族が病室を出て




数分後




母は亡くなった




 
Mと16歳で付き合って
付き合って→別れて
繰り返し…
 
 
連絡取らなくなったのが21歳
 
 
Mとの関係卒業バライロノクサリ-glam2-5986-165473-2a74464f47o.gif
 
 
 
5年もかかってた
 
 
 
友達も喜んでお祝いまでされたバライロノクサリ-moco.gif
 
 
 
(つд`)ありがとう
 
 
 
私と別れてから
彼ホストになってたバライロノクサリ-moco.gif
 
 
それを知って好きで引きずってた想いも
だんだん冷めることができたバライロノクサリ-15939030.gif
 
 
 
それからは自分も彼氏できたりで
彼とは普通に友達として
連絡とってた。
 
 
 
彼氏がいるのに元カレと連絡とるのは
どうかと思ったけど
何故かキレナイ…
 
 
 
Mの会いたいに揺れて会ってた
やっぱり好きって気持ちはないバライロノクサリ-15535483.gif
 
 
変な感覚
 
でもそれは恋愛の好きとかじゃない
 
親友?
 
人として凄い好き
 
お互いがお互いのことをなんでもわかる
 
阿吽の呼吸
 
何だこれ?
 
 
より戻したいなんて
一切思ったこともなかった
 
 
彼氏いるのに浮気した。
エッチしても特に感情の変化はない
 
 
毎回割り切り過ぎてた自分にビックリ
 
 
完全セフレ
都合のいい女
わかってたけど何とも思わなかった
 
 
 
ウチには仕事終わってから来てたから
スーツ姿
初めてMのスーツ姿を見た時
「あぁホストなんだ」って実感した
 
 
 
お客さんからの電話、メール対応
あれこれ買ってもらった。や、愚痴
Mがホストとか違和感
 
 
 
タメだから学生服着てた頃からのMを
見てきてただけに
なんかキモいバライロノクサリ-moco.gif
 
 
 
結局、彼氏とは別れた
フリーになって寂しくなってったから
Mを好きにならないように
「もう会わない」と伝えた
 
 
 
それからは連絡を取ることもせず
Mを忘れていった