久々ブログ
大地震の起きる前に書いた記事以来です。大震災で被害に遭われた皆さん、今も避難所生活の皆さん、自宅にいるけどライフラインが回復していない皆さん、まだまだ日常生活に戻る日が予測できない状況だと思いますが、絶対に希望を持ち続けてくださいね。情けないジェイで直接は何もできませんが、あちこちの募金による支援をさせていただいてます。そしてご不幸にも亡くなられた方、そのご家族やご親戚の皆さん、ご冥福をお祈りいたします。ジェイが長く住んでいた仙台。車のハンドル握るとやんちゃな運転になってしまう人がたまにいるけどf^_^;、皆良い人がすごく多くて大好きです。仕事で東北の工業地域やそれ以外を周りましたが、丁寧な、時には素朴な応対をしていただきました。ジェイが住んでいた地域は、大震災では比較的運良かったようです。しかし、遊びにいった閖上港、塩釜港、女川漁港や出張でよく使った仙台空港は、凄まじい津波被害で甚大な事態となってしまいました。東京本社にいたジェイは地震後しばらく、ニュースを見る度に涙が止まりませんでした。2008年にも宮城県北部内陸で大地震があり、栗駒から秋田側がそっくり大規模に崩れる被害もあったばかり。その日ジェイは出張先から東京本社に昼前に戻ったところでした。午後一番の会議を終えて、自席で仕事をしていた時でした。高層ビルがあんなに揺れるとは、初めての経験。隣りのビルも、有り得ない揺れ方で、地震でなければあのような形状には変化しないだろうというほど。遠くには火事の煙も見えて、ビル内が阿鼻叫喚かと思いきや、慌ただしい感じはあるものの皆落ち着いていましたね。ただ、その後は帰るか帰らないかを考えてましたが、ジェイは揺れ方やネットの情報を見るにつけ「あ~、帰宅は無理だな」と早々と心を決めてました。勿論ビルのエレベーターは全機停止中なので回復を待ち、早めに晩と翌朝の食料+お菓子&デザートをコンビニへ買い出しに行きました。ネットを見ると「帰宅難民」がすでに現われて、駅は混雑極まりない様子。通りに出れば、道路には車が渋滞し、バスも満員なのに渋滞で動かず。歩道は徒歩帰宅者でまるで花火大会や祭りの帰りのような混雑。結局、会社の電子レンジで温めて夕食にし、24時頃まで仕事して空いていた会議室で寝ました。コンビニはおにぎり・パンが皆無でした(>_<)帰宅は電車が動いた昼でした。