『節分』とは、字のごとく季節を分けるというもので年に4回ありますが、この時期だけ残っているのは、どうしてかご存知でしょうか?

明日2/4は『立春』ですから、今日は冬から春に季節が変わる日の前日にあたります。
新春を迎える、つまり旧暦では新年を迎えるという特別な日だったのです。

節分にすることといったら、「豆まき」と「恵方巻き」が有名ですね。詳しくはこちら→節分の作法

豆まき
新しい年に、鬼門から鬼が入ってこないように、「鬼は外、福は内」の掛け声で煎った大豆を撒いたことが平安時代頃から残っています。
歳の数だけ豆を食べると「魔を滅する」という語呂合わせと、マメに健康に過ごせるということだそうです。
 仙台では、煎った大豆ではなく落花生を撒くのが伝統となっています。我が家ではもうやらなくなったので、その様子は伊達武将隊の豆撒きの様子をご覧ください。
伊達武将隊公式ブログ「鬼は外、幸は内」
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伊達武将隊公式ブログ「節分祭、そして続・真田なお買い物

また、戦国時代から他の地域では呼び方が違うところがあったそうです。自分が読者になっている『発見! ニッポン城めぐり』の今日のブログを読むと、間違って言っていたのもOKな領地があったようです。
発見!ニッポン城めぐり公式ブログ「お知らせ+節分」


恵方巻き
恵方巻きやロールケーキなどをがぶりついて食べるという風習は、自分が子どものときには仙台ではなかったと記憶しています。10年ほど前に大手コンビニチェーンのCMを見て初めて知りました。 
 
その年の恵方(よい方角)に向かって、海苔巻きを一言もしゃべらずに食べきるという風習は、関西の海苔業界から広まったのは今となっては有名ですね。
節分に恵方巻きを食べる起源は、さきほど紹介した城めぐりのブログに最後に、江戸時代に建てられた松江城(昨年国宝5城に加わりました)城主の堀尾吉晴氏に遡るようだという記事を見つけましたので、リンク元を添付して、ここらでお開きとします。
ガジェット通信「恵方巻」の起源は悲運の皇族・長屋王? 謎の松江藩主・堀尾吉晴とは」