嵐を見つけたあの頃、、
娘は小2になったところで小1の頃から続く同級生A子からの嫌がらせに悩んでいた。
泣き虫で自分の意見が言えない娘は、A子にとっていいターゲットだったようだ。まずは娘を独占し支配し始めた。。娘が他の子と遊びたいといえば「a子のことはどーでもいいんだ?」と拗ねてみせ、他の子が注意すれば癇癪を起こして暴れた。意に少しでも削ぐなわければ「死んじゃえ」「学校やめちゃえ」と耳元で囁いていたようだ。娘はクラスから孤立していった。
小1の時にそれに気づいた私は担任に相談し
、そして安心してしまっていた。担任を信用していたのだ。実際は何も対処されてなくて、A子の嫌がらせはエスカレートしていった。
2年になり娘の心が悲鳴をあげた。夜中になると泣き叫び「悔しい!苦しい!」と言いながら暴れた。1ヶ月続いた。
再度夫婦2人で娘の現状と娘から聞いたA子の態度を話して助けてくれと頭をさげた。それでも学校の対応はいい加減で何も変わらなかった。
そんな頃夜中暴れ泣き叫ぶ娘を抱きながら宥め、落ち着いた朝方母娘2人で動画を見ながら束の間の眠りにつくのが日課のようになった。
そしてある日なんとなく出てきた動画が嵐の「サクラ咲ケ」だった。
それまでジャニーズにはまったく興味がなく聞いたことはなかった。それでもその時は
「後ろに明日はないから前を向け」
の歌詞が素直に心に入ってきた。
「ママも戦うから、あなたも戦おうよ。ママはいつでもあなたの味方だから。1人じゃないよ」と話をした。
それから娘はA子が意地悪を言ったら即担任をよぶようになった。A子がしつこくつきまとってきたら泣きながら職員室に「助けて」と逃げ込むようになった。思い通りにならないA子は「なんで言うこときかへんねん」と教室で暴れたり、教科書を投げ散らかしたりしていたようだ。
そこでようやく担任も本腰を入れてA子に注意するようになった。でも学校は事を大きくしたくないからかA子の親に報告することを頑なに拒否した。だからA子もその時だけしおらしくするだけで、嫌味と睨みつけそして暴力までも娘に向けられるようになった。
埒が明かないと判断し参観の日「娘はイジメに苦しんでいます」と娘とA子の現状と学校の対応をクラス全員の親達の前でぶちまけた。A子の親も2人揃っていた。
ようやくA子からの嫌がらせはやんだ。
だが結局この件の責任をとらされたか担任は退職し校長をはじめ、教師達は私の機嫌を取るような気持ち悪い愛想悪いを受けべるものの、有耶無耶に収束した。A子の親からの謝罪もなかった。
なんともやり切れない結末だったが、
あれから娘の夢は嵐と共演することになった。嵐のように踊りたいとジャズダンスとバレエ、声楽を学べる劇団に入って今無我夢中な毎日を送っている。母である私はもともと持っていたパニック障害の発作がでるようになったり体調がイマイチだが、娘の頑張りと嵐にまつわるあれこれを全力で楽しんでいる。ピアノを始めて、夏疾風が弾けるようになった。いつか嵐の全曲を制覇したいなぁと思っている。