夕暮れ前のガラス張りのビルに、見慣れない影が映った。
――それゎ……ぼく。
朝まで確かに“普段の男性の自分”だったはずなのに、なぜか気まぐれで引き出しの奥にあった口紅を手に取ってしまった。
色ゎ、少し勇気のいる赤。
「どうせ誰にも会わないし」
そぅ言い訳して、唇にひと塗り。
その瞬間、世界のピントがすっと切り替わったの。
肩の力が抜け、背筋が自然と伸びる。
視界の端で、ボブカットの髪がさらりと揺れる。
鏡代わりのショーウィンドウに映っていたのゎ、青いノースリーブにギンガムチェックのロングスカートを纏った“女性”だった。
ヒールの白いサンダルが、タイルの上で静かに自信を刻む。
口紅は合図だったのかもしれない。
自分でも知らなかった輪郭を、色がなぞっただけ。
通りを行く人の視線ゎ、好奇心と一瞬の戸惑いを含んで、すぐに日常へ戻っていく。
その軽さが、逆に心地いぃ。
ポケットに手を入れて歩くと、スカートが風を抱いて広がった。
信号が変わる。
赤から青へ。
「今日ゎ、このままでいこうかしら」
そう思った瞬間、唇の赤が微笑みに変わった。
明日また元に戻るかは分からない。
でも、少なくとも今はゎ、一本の口紅が、ぼくを一人の女性にしてくれたのだから。
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