おせんの写真でこんにちは -124ページ目

貝柄山公園(7/7)

今夜も雨模様でまた今年も織姫と彦星は会えなかったようですが新暦になって6割は会えているようです。

朝は雨が上がっていたので5日ぶりに公園に行ってきました。

走り終わり池を見ながら歩いていると久しぶりにカワセミにあえました

スマホでの写真なので小さくてわからないかな⁉








体操が終わり帰りもまた会えました




公園はみどりがこくなりいよいよ夏です


旧徳島城表御殿庭園 2

女子サッカーW杯 「なでしこ」準優勝おめでとうございます

試合開始直後の2点、あまりのスピードある動きにビックリ!
その後の2点で前半の早い時間の4失点。でもなでしこ達は諦めることなく最後までよく動いていた姿に感動しました。ありがとうございます。


心字池
草書体の心という字形に作られている。水は自然湧出水で大体足りていましたが、地下樋道(現在は不通)により内堀と連結し、潮の干満とともに水位が変わるので藩主は居間に居ながらにして潮の満ちひきがわかりました。









旧徳島城表御殿庭園 1

梅雨後半に入り、梅雨らしい長雨。朝6時前後の天気が気になる私ですが連日雨だとちょっとほっとする反面(を休めるので)サボっている感がしてしまいます。

徳島市立徳島城博物館



博物館横には旧徳島城表御殿庭園がありました。


とてもわかりやすく説明してあった看板の文章です。

この庭園は、、近世に阿波・淡路を領した徳島藩蜂須賀家の居城・徳島城の内部に位置し、表御殿の書院と、藩主が普段暮す中奥に面して築かれたものです。

庭園作りを手がけたと伝えられる上田宋箇は織豊時代から江戸時代初期にかけての武将で、「利休七哲」に数えられる茶人、作庭の名手など、様々な顔を持つ当時第一級の文化人でした。

その様式は、水を用いずに自然風景を表現した枯山水庭と、池と築山を備える泉水庭が組み合わせられたもので、見方によって異なる趣を楽しめる工夫が凝らされています。

庭園には阿波特産の「青石」(緑泥片岩)が数多く使用され、中でも枯山水庭に悠然とよこたわる、初代藩主の蜂須賀至鎮が踏み割ったという伝説がのこる巨大な石橋は、圧倒的な存在感を誇っています。また、庭園最奥部にある観音山を源流とする渓谷と、それが注ぎ込む心字池は、無数の青石を用いた石組によって鮮やかに彩られた、力強い壮麗さを湛えるものです。

青石という地方的特色を見事に取り入れた本庭園は、桃山様式を伝える数多くの庭園の中でも、傑出したものといえるでしょう。

蜂須賀至鎮が踏み割ったという伝説のある長さ10.5m、重さ約13トンの自然石橋



枯山水庭園の切石橋
御影石を加工した豪華な切石橋がかかっている。長さ6m