では、続きです。
病院に行くと前々から友達に聞いていた部屋に通されました。
写真を撮る余裕なんてなかったのですが、ソファーのようなベッド、バランスボール、トイレ、シャワー、お風呂などが備わっている結構広めの部屋でした。
始めのミッドワイフは昨年日本に旅行したローズ。日本に興味津々で会話が盛り上がりました。
始めに子宮口がどれくらい開いてるかチェックされ、あとは横になってると良くないからバランスボールに乗りなさいと言われ、バランスボールに乗りながら、陣痛が来たら笑気ガスを吸うを繰り返しました。
笑気ガスを吸うと初めは痛みが和らいだのですが、その後はあまり私には効かなかったかなと今出産を終えて思います。人によっては酔っ払いみたくなったり、ヘラヘラ笑ってしまったりするそうです。
私が痛みに耐えている時に、ローズと夫は日本の観光地について盛り上がりまくり笑 私のことを少し忘れていたと思います。
前日の昼から大したものを食べてないので、何か食べてと言われて、パイナップルジュースや朝食バー、チョコレートなどを食べました。が、またほぼ吐きました。この後はもうポカリと水のみで頑張りました。
19時半になり、違うミッドワイフに交代。シフトの関係で。アンジェラ。彼女も良い人でした。
この頃には陣痛の痛みがひどくなり、いきみたいのにダメと言われたり、痛い痛い痛いと連呼したりしていました。たしかこの頃に破水したはず。
陣痛と陣痛の間にトイレにも行きたくなり、何回かトイレに行きました。この時点でマタニティパッドも結構使いました。10個も持っていったのに結果足りなくなりました。(でもこれは産後2日も入院したから)
友達から薄いガウンみたいな服をもらえるよと聞いていましたが、私は自前の服で出産に臨み、結構好きだった白いシャツが最後は血まみれになり、ゴミ箱行きになりました。出産の際はお気に入りの服は着ないで行ってください。
そんなこんなで23時近くでしょうか、このままだと私も子供もあぶないので別室に、と日本の分娩台みたいなのがある部屋に移されました。なぜ危なかったのかな、、なんだか記憶にありません。
分娩台もデザインがはちゃめちゃで、握るハンドルが変な場所にあったのを覚えています。
この頃は本当に痛くて、でもいきむパワーもなくて、、でしたが、夫がずっとそばで水をくれたり、歌って励ましてくれたりして、立ち会いじゃなかったら無理だったなと思います。
最終的に吸引というのでしょうか、子供の頭を引っ張る形で取り出してもらい、気づいた頃には私の胸に子供が大きな声で泣きながら横たわっていました。
午前1時40分でした。
痛かったし、疲れていたけど、子供を見た時にはニコニコが止まらなくて、その時の写真はかなり笑顔でした。
つづく。