海外で生活を経験した、あるいは今でも生活しているといった日本人学生には
自分なりの「ストーリー」があるはずです。
辛かった、苦労した。
ギャップが大きすぎてついていけなかった。
強くなれた。
いろんな人に出会えてよかった、楽しかった。
など、一人一人のユニークな「ストーリー」が。
・ ・ ・ ・ ・
そこでわたしの「ストーリー」を語ってみたいと思います。
(長くなりますので前半・後半にわけます)
《前半》
1997年。わたしは父の仕事の都合でアメリカに住むことに。
「1歳半からアメリカに住んでるから苦労はしなかった。」
なんて言ってみたいが、大嘘です。
小学生。アメリカの学校に通い始め、特に苦労したのはこの時期だった。
夏生まれなので学年は1つ上の学年に入学。
(アメリカの学校では1年生、日本にいたら年長。)
周りの子たちは皆、金髪・茶髪。女の子はほぼ皆、耳に穴を開け、ピアスをしている。
自分とは全然違うことに圧倒されていた。田舎学校だから、もちろんアジア人はいない。
家では日本語だし、英語はなんとなくしか話せなかった。
勉強もついていけなかったのは確か。今でも、よく落第しなかったな・・・と思ったり (笑)
毎週のように言われた、
「中国人だ!」
「なんでこんなところに中国人がいるの?」
・・・は結構傷つきました(´□`。)
「こんなとこにいてもいいのか?
居場所がほしい。」
などよく思いました。
幸い、助けてくれた友達は何人かいた。
言葉が通じなくても、一緒に遊んでくれたことだけでも嬉しかった。
そして、
クラスメートたちの一番好きな時間。給食。
わたしは嫌いだった。
ランチの時間は本当辛かったです。
「なんでヘビなんか食べてるの?」
なぜなら、母がせっかく作ってくれたお弁当を悪く言っていたから。
「何それ、まずそう。」
別にヘビなんか食べていなかった。
ある日、一つのおかずとしてヒジキが入っていただけです。
少ししてからランチはサンドイッチにしてくれた。あの時のことを今思うと感謝の気持ちでいっぱいです。
・・・後半へ続く・・・
べいびーぶるー
