ソマリア沖に海上自衛隊を派遣して警備行動を実施することについて賛成の立場から私見を述べます。

現在のソマリア沖航路は無法地帯と化しており、国際通商上、無視できない阻害要因となっている。

日本が海上部隊を派遣して安全の確保に寄与することは、国際貢献の最たるものであり、世界的な経済活動の低迷を、安全な貿易航路の確保により少しでも上向かせる効果も期待できる。


ただし実施に当たっては海上自衛隊員の安全確保に十分な配慮が不可欠である。


現地の実態として取り締まり対象となるソマリア沖海賊は漁船で行動しており、海賊側が攻撃を開始するまで一般の漁船と見分けがつかない。

一般商船も漁船がそばにいるだけでは救難信号も出せない。その漁船が接近し、商船に乗り込もうとする段階で海賊と判断し救難信号を出すが、米国海軍、中国海軍、ドイツ海軍、カナダ海軍等の各国の警備艦艇が急行するも間に合わないということが繰り返されている。

各国海軍の中にはヘリを搭載できる艦艇を任務につかせている国もある。

海賊側の装備はピストル、機関銃、携帯型ロケット砲、バズーカ砲程度であり、機関砲や船体備え付けの砲台やロケット砲はない。

海上自衛隊の艦艇が海賊によって損害を受ける可能性は非常に小さいがゼロではない。特にロケット砲やバズーカ砲は至近距離で発射した場合、船体への損害は小さくても、隊員に大きな被害がでる可能性がある。

携帯型のロケット砲は船上から発射した場合、波のためゆれが大きく、低ければ海面につっこみ、高ければ艦艇を越えていってしまうため、めったに当たらない。

そのため各国海軍の艦艇に搭載している火器は、コンピューター制御の自動追尾となっている。

しかし至近距離での発射の場合、命中する確率は飛躍的に増大する。

これを防ぐには海賊側が近づけないような武器の使用が不可欠である。

自衛隊艦艇が海賊であると判断した場合、いつでも攻撃できる法整備をしたうえで、装備のよい艦艇を派遣し、安全な航路の確保という国際貢献の実を挙げるように期待するものである。


イスラエルのガザ侵攻について、強く反対する立場から私見を述べます。

イスラエルがある地域はパレスチナと呼ばれ、元来、多民族が居住してきた場所である。

長い間、アラブ人が多数派として居住してきたが、第二次大戦後、英米が中心となって強制的にイスラエルを建国した。そのときから、従来、そこに住んでいたアラブ人が住む家を追われ難民となった。難民となって60年!の歳月が流れてしまった。

その後、何度となく交渉が行われたが、アラブ人とユダヤ人が共存する国家は建設できず、分離してそれぞれの国家を建設する方向で事態は進んでいる。

しかし、パレスチナ難民の一部からテロ攻撃を受けるという事態がやまないため、イスラエル政府は壁を造ったり、ガザ地区への物資搬入の阻止を図ってきた。

それでもテロ攻撃はやまず、ガザ地区の窮状を国際世論に訴えることによりパレスナ側が外交上のポイントを稼いでいる状況から、ガザ地区を支配し、イスラエルに公然と敵対しているハマスに打撃を加えるため、今回の侵攻になったものと思われる。

両者の交渉において最大の障害は、エルサレム帰属問題である。

これには宗教上の背景がある。

キリスト教とユダヤ教に共通な旧約聖書において、信仰の父と呼ばれるアブラハムという人物が、神に導かれてエルサレムを目指したという記事があり、その後もダビデ王が都をおき、聖なる都として描かれている。イスラム教のコーランにおいてもアブラハムと同一人物がイブラヒムと呼ばれて登場し、教祖ムハンマドはエルサレムから天に帰ったとされている。

いずれの宗教においてもエルサレムは重要な地位を占め、譲ることができないとされているため、度重なる交渉でも解決策が見出せない状況である。

しかし今回のようなイスラエルによる侵攻は、理由の如何にかかわらず虐殺行為であり、国際社会は容認すべきでない。

アメリカが多分に宗教上の理由から、常にイスラエルをかばってきたことが、今日の厳しい状況の背景にあることから、アメリカ主導での問題の解決は望めないと考える。

そこで日本の対応であるが、国際社会の先頭を切ってイスラエルに経済制裁を加えると発表すべきである。

このことは実質的な効果は小さいものであるが、アナウンス効果は絶大なものになると考える。

それにより国際社会の流れを反イスラエルでまとめ、宗教上の束縛のない日本が、エルサレム帰属問題を国連管理の方向でまとめ、パレスチナ難民の60年にわたる難民生活に終止符を打つ役割を果たすべきではないだろうか。

終戦記念日に考えることは、なぜ日本は、あの戦争を避けられなかったのかということである。

軍部の独走が直接的な原因であり、その独走の原因となった統帥権の問題も考えられよう。

しかし最も大きな理由は、戦前の日本経済が脆弱だったということである。

とにかく貧しかったのであって、貧しさを克服しようとして海外へ富を求めていった。

当時の諸外国も同様の傾向があり、後発の日独伊がワリをくったというのは歴史的事実であろう。

しかし戦争を避ける方法がなかったのかといえば、避ける方法はあったと考える。

戦前の日本経済が発展し、強固な基盤を築いていれば戦争は避けられたと思う。

戦前の日本経済の発展を阻害していたのは、大土地所有制である。

ごく一部の地主がほとんどの土地を所有し、圧倒的多数の小作農から地代を徴収していた。

このことが小作農の可処分所得を奪い、需要の後退と経済的収縮を招いていた。

この状態を克服するためには「農地解放」という構造改革を実施しなければならないのだが、既得権者である地主層の反対が強く、実現しなかったのである。戦後、農地解放は占領軍により実現し、シャープ勧告に基ずく税制とあいまって国民の可処分所得を増加し、戦後日本経済の基盤構築に大きく寄与したのである。

このことからも構造改革を避けるということは、自らを更に苦しい状況に追い込んでいくことを学ばなければならない。

戦前の日本において、自力で農地解放を実現するのは非常に困難であったと思うが、農地解放が実現できないまでも、法律で小作料の上限を1割や1割5分に制限できれば、戦前の日本経済の基盤もしっかりしたものになり、違った歩みをたどれたのではないかと考えるが、いかがであろうか。