こんにちは!
髪とお肌のツヤ、内面から10歳若返りを目指すビューティーサロン タカラの
藤基恵子(ふじもとけいこ)です。
今日で、ジュリーと渡辺大知さん主演の音楽劇「ガウディ✖️ガウディ」も終わりですね。
ほんと、大盛況みたいで良かったです。
休みもほとんどなく、ジュリーはじめ、スタッフの方々、お疲れ様でした。
また、もうすぐ大阪公演が始まるので楽しみです。
そんな中、昨日ピー先生が大阪に来てくれはったので、行ってまいりました。
昨日3/28のブログですが、投稿が29日になりました。
今日はこちらに参加させてもらいました。
朝日カルチャーセンターの講師として講座を開かれています。
せっかく関西に来てくれはるのだから、お二人の施術をして、お店を早じまいさせてもらいました。
ポカポカ春の陽気で出かけやすい気候です。
最寄駅までの長居公園は、
たくさんの人や自転車でいっぱいでした。
向こうに見えてる白い屋根は、長居スタジアムです。
そういえば、滅多に土曜日に出かける事ないから、この光景を見るのは久しぶりでした。
お京阪(京阪電車) に乗るのも久しぶりです。
始発乗り場から、特急に一人席で座れて快適。
着きました。
お顔見知りの方とご挨拶。
久しぶりに会えたり、しょっちゅう会えたり(笑)で嬉しい。
孫に申し込んでもらった順番、
16番でした。
16:00時入場でこんな席に座りました。
始まる前、会場内は、「君だけに愛を」とか「銀河のロマンス」などの曲が流れています。
YOUさんが出てこられて、神戸チキンジョージでのパンフレットの説明をされたり、
(申し込みしましたよ。(^-^)v)
「プレゼントがあったら、確実に渡しますので受け取ります」って言われてお願いしました。
YOUさんにも差し入れされてた方があって、「楠葉では初めて頂きました」っておっしゃってました。
YOUさんも、
いつも人気者ですね。
始まりました。
ピー先生のプロフィールが映像と一緒に紹介されています。
ザ・タイガースを経て、解散、慶應義塾高校の教師をしていたこと、
2013年には復活コンサートで10万人を動員したこと、
沢田研二がSONGSで歌った、
「ロンググッバイ」を聴いて芸能界に戻るキッカケになったこと等等…。
そこでピー先生の入場。
いつもおしゃれな出立ち。
ブルーっぽいストライプシャツの上に黒の上着(?)
黒のネッカチーフ(笑)
黒のパンツを少し折り上げてあってかわいい感じもしました。
「ガーリックを食べたので少しくさいかもしれませんけど、お許しください」って言うてはりました。
(それくらい近くへ行ってみたい。(*^^*))
1950年から70年代の曲は、
聴きやすい
やさしい
聴いたことがある
美しい
馴染みやすい
ポピュラーミュージック
とのこと。
ビートルズが出てきて、一つのグループが演奏、歌、コーラスをするようになり、ロックの夜明けがきた。
今も変わらない音楽の革命だと。
「本題に入るまで長いかなぁ」と、ピー先生。
(あ、本題はまだやったんですね。🤭)
テーブルの上にパソコンが2台ありましたが、2台使うのは初めてだとおっしゃってました。
一曲目、映像と共に
エルビスプレスリーの
「hound dog」の音楽が流れた後、ピー先生の力強い歌唱がありました。
「桑田佳祐くらいはいく」ってピー先生、歌に自信出てきましたね。😊
映像を映しながら説明があり、音楽が流れて解りやすかったです。
1957年「監獄ロック」
エルビスプレスリー。
ピー先生
「こんな楽しい監獄あったら入りたい」って。
1958年3月
平尾昌晃カバー曲が流れる。
平尾昌晃は、ピストルの不法所持で捕まったことがあるらしい。
ピー先生「僕もピストルを買ったことがある」ビックリ!🫢
ピー先生は「霧の摩周湖」という歌が好き」って。
タイガースになる前に、なんば一番で一緒だった。
1957年「ダイアナ」
ここでピー先生のダジャレ。
競輪、競馬で大穴(だいあな)を当てた」(笑)
ポールアンカの「マイウェイ」
英語になおしたものは、駄作だと。
僕は14番まで作った。
自分で言うのも何だけど、詩人かと思うって。
ブログにあれだけ毎日書けるんだものね。
すごいです。
山下敬二郎のお話。
映像も出てるけど、私は知らない人でした。
柳家金語楼の息子さんだそうです。
お名前は聞いたことあります。
ピー先生、「ダイアナ」を歌唱。
この時に出たお話。
「タローに馬券を買ってもらったことがある。
その時、一番人気のないものを頼んだ。
そしたらそれが大穴で、タローのは当たらなかった。
それからタローに頼んでも買ってくれない。」(笑)
「砂に書いたラブレター」
平尾昌晃が「カナダからの手紙」を作った。
love letter from Canadaは、パクってる。
音楽というものはそんなものだ。
絵画でも何でもそう。
良いと思うところを真似てるから、当然そうなる。
僕も、寺尾聰のルビーの指輪を真似て作った曲がある。
そう言いながら歌い出しが出てこない。
「あれ?自分の曲を忘れた」って。
(ちなみに「雨の街角」 ですね。)
リトルリチャードや、
ミッキーカーチス等、
私なんかは名前は聞いたことあるけど顔も歌も知らないのがたくさん。
「ノッポのサリー」から岸辺一徳のニックネームがついた。
ミッキーカーチスと堺正章と加橋かつみと3人で撮った写真を見たことがある。
どう言う関係なんだろうかと思った。
チャックベリー
「ジョニービーグッド」
(1958年)
「Johnnybgood」ピー先生歌唱。
「初めて歌う。
ミスターだけど、ミスが出るかも」(笑)
RAY CHARLESの
「what′d I say」
「岸辺一徳の家で聞いた時に良い歌だなぁと思った」
Neil Sedaka
「oh! caro!」
Neil Sedaka
「カレンダーガール」(1960年12月)
ダニー飯田とパラダイスキング
「カレンダーガール」(1961年5月1日)
この時、坂本九がこのグループのメンバーだったことを初めて知りました。
「カレンダーガールから
僕の、このカレンダーは、
カレンダーボーイというが、
このカレンダーガールからパクった。
もう80にもなるからボーイではない。
こんなの出してもいいのかなと思う。」
(いつまでも出してくださいよ〜!)
BryanHyland
「ビキニスタイルのお嬢さん」
(1959年)
今でこそ平気だけど、昔はビキニなんて衝撃的だった。
ぺこは西成のヤクザの娘だった。
ビキニを着ていた、ぺこを気に入った安岡力也は、西成の家までぺこを訪ねて行った。
『誰だ、お前は!?』と言われて、あのガタイの大きい安岡力也も小さくなっていた。」
「その頃はアメリカの曲に敏感で、日本に取り入れるスピードが早く、すぐにレコードにした。」
♪ビキニスタイルのお嬢さん
をピー先生が歌唱。
「森山加代子は僕もファンだった。聞いたことある?ない人無いってなかなかのもんだね。」
(年配の人が多いってこと)
ダニー飯田とパラダイスキング「悲しき60歳」(1960)
曲が流れると知らない曲だなと思った。
でもサビのところにくると、あ、聴いたことあるって思いました。
「ダニー飯田を応援しているわけでは無いけど、この時代を代表しているからよく出てくるね」
「北京大学に2年間留学した。
みんな豚肉は食べないけど、羊の肉を食べる。
向かいの部屋で焼肉をしていた。
終わっても臭くてそれ以来マトンが大嫌い。」
「食堂のご飯は美味しくなかったから、自分で作っていた。」
「ウォッカの瓶が何故トイレに、あるのか、用をたしながら飲むのかと初めのうちは不思議だった。
だんだん判ってきた。
紙は使わず、右手で瓶を持ち、左手で‘’水戸黄門“を洗い、残りの水で左手を洗う」(゚o゚;;
曲と映像とで、1950年頃からのアメリカンポップスと日本に取り入れられた曲を流し、合間にピー先生の懐かしい話が組まれていて、あっという間の楽しい時間が流れました。
前日、タカラ通信4月号の制作で寝るのが午前3時を過ぎて、
眠くならないかと心配してたけど、全然ならなかったです!
ピー先生は、今回の講座どうかな?と心配されてたようだけど、とても楽しい講座でした。
京阪電車で京都方面へ向かわれるピー先生をホームで見送って、
私達は反対方向の電車で帰りました。
また来年も開催してほしいです。
今日はハッピーバースディLIVEイベントの準備で京都に居られたとブログに書いておられました。
記念すべき80歳のハッピーバースデーLIVEは、京都と決まってるようなのでホント楽しみです!
チキンジョージでのLIVEのフライヤー(チラシ)をお店に貼りましたよ。
今日も読んでもらってありがとうございます。
魔法の言葉
✨すべてがだんだんとよくなっている✨
今日も明るく楽しい時間を過ごされますように。💕