今回は父を納骨したと母から数日前にメールが来ていたのを改めて読んでのと、7月11日に任天堂の岩田社長が亡くなりになった事で。
そっか、もう半年経ったのか…。
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昨年の12月1日にだった。11月20日に大腸癌が見つかり手術。
母に聞いた話によると
2日後に退院も決まり喜んでいたら、突然夜中に嘔吐をしてそれが呼吸器官に入り誤嚥性肺炎になり、そのまま術後イレウス多臓器不全で一度も意識が戻らないまま亡くなってしまった。
本人も死ぬつもりはなかったと思うよ。その頃ニュースで群馬大学の内視鏡の手術失敗をやってて
「自分の時もそうなったら怖いな…」
って言ってたらしいけど。
なんか足が痛いと思って母の診察日に病院で診てもらったら、骨折がわかったらしくて。
その時の検査で、白血球の値がおかしいと。こういう検査結果が出る時は大体どこかに癌があると言われ大腸検査したらごく初期のものがあり、内視鏡手術で取る事に。
しかし、結局予防のためにと腸を切断。当初8時間の予定の手術が14時間に。
私は次の日に帰らなくては行けなくて、長時間の手術が済んでまだ麻酔が効いて眠っている父親の顔しか見られなくて…
それが生きてる父の顔を見た最後。
そのあと母が検査入院する事になり、その事で11月25日に電話をかけてきた。
一旦電話を切り、すぐにまたかかってきて…
「お見舞いありがとう。お礼言うの忘れてたから」
と。
正直いって父との関係は最悪だったので、こんな事初めてで…。
「そんなのいいよ!」
って言ってしまった…
父が私のスマホに電話かけてきたの実は初めてだったんだ。
それが最後…のはずだったけど、危篤だと聞いて、新幹線で駆けつけている私のスマホに母から電話があり(11・54頃)、でもその時電話が混線していて、時折男の人の声が乱入してきてさ
「もしもし?」
って何度も。
父の声だった。
私はああ意識が回復したんだと喜んでいたのだが…
実はその頃には父は亡くなっていた。
父が亡くなった時間は19:35頃でした。つまり、私たちが東京駅に着いて新幹線の発車を待っている頃には、もう亡くなっていたわけです。
駅に着き、迎えの親戚の車に同乗した時初めて亡くなった事を知ったのだ。母も私には伝えていなかった。弟にはすぐに連絡していたのに…
(相変わらずの弟贔屓です。田舎だから仕方がないけどさ。)
間違いなく父親の声だった。うちの父は少し変わった声してる(と私は思ってる)から、すぐわかる。
という不思議体験をしたのだった。
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改めてコピーしておいた死体検案書?をみると、最初の誤嚥性肺炎からたった2日で逝ってしまった。
その間一度も意識を回復せずに。
手術のあった日からたった二週間での急変間違いなくだった。
任天堂の岩田社長も本当なら死ぬなんて思っていなかったんじゃないかな?
と思う今日この頃です。