脳梗塞で倒れた上司がついに目覚めました。
まだ言語と体に障害はあるらしいけれど、リハビリを始めているそうです。
今週の土曜日にお見舞いに行ってきます。
本当に良かった。生きてるだけで丸儲けです。
経過も順調にいきますように。。
そして、先週の木曜日俺の祖父が永眠しました。
俺は行くことが出来なかった。
こんなとき本当にこの距離が歯がゆい。
正直すごく悔やまれる気持ちです。
父がところどころ写真や動画を送ってくれたり、妹がテレビ電話してくれたり、この時代のテクノロジーに少し救われた感じもしました。
さすがにおじいちゃんの顔は見れなかったけど。
遺影を見て、相変わらずしゃんとして、凛々しくて、品があって、優しくて、実際イケメンなおじいちゃんでした。
いとことおじいちゃんそっくりだね、なんて話をしたら、俺といとこもそっくりだそうで、俺もちゃんとおじいちゃんの血を引いているんだと実感できて、なんだか嬉しかったです。
イケメンの血を引いてるって思ってちょっとニヤッとしてみたり。
おじいちゃんとの思い出を想像するといつも一番印象深いエピソードがあります。
俺が小さい頃、場所はどこかのデパートのトイレ。
自動で水が流れるトイレだったんですが、俺の背が足りなくて流れない。
すると、おじいちゃんが俺の肩を後ろから持って、前に行ってみたり後ろに下がってみたり。
そして初めて目の前で水が流れるのを見て喜ぶ俺。
なんてことない出来事だけど、きっと俺は自分が思ってた以上に嬉しかったんだと思う。
今思えば、そんな下らないことに本気で付き合ってくれるおじいちゃんをすごく尊敬する。
実際すごく真っ直ぐな人だった。
第二次世界大戦の兵士として戦い、生き延び、ずっと畑と田んぼと家族を守ってきた人。
家族以外にも、自分を犠牲にしてまわりを助けてきた人。
足腰が弱り、引退してからは、ちょっとボケが始まってしまったけれど、決して俺達のことを忘れたことはなかった。
俺は外孫だし離れて暮らしていたから、年に一回か二回しか会えないのに、会いに行けばおばあちゃんと一緒に満面の笑みで迎えてくれる。
帰るときはいつも、少し寂しそうに
「また来てけらっしゃい。」
と言って送り出してくれた。
去年、最後に会ったときも、ほとんど寝たきりだったのに、自分で起き上がり、茶の間から俺たちを手を振って見送ってくれた。
月並みだけど、もっとたくさん話したかったよ。
1つだけ、おじいちゃんの願いが何だかわかった気がする。
家族みんな仲良く幸せに。。って思ってたんだと思う。
うちの母といとこの父が兄妹で、理由ははっきりわからないけど、ずっとギクシャクしていた。
その凍りついた関係にきっかけを作ったのがいとこの結婚式。
何かが変わっていくような感覚だった。
そしておじいちゃんの死を以って、兄妹がやっと和解に向けて話をするきっかけが生まれた。
俺はすごく嬉しい。お母さんにはそのことは何も話さないけど、妹たちとその話をして、みんな揃って嬉しいと思ってた。
今年も何かいい方向に進んでいる実感がすごくある。
みんななんだかんだでおじいちゃんの血を引いてるんだね。
本当はみんな仲良くしたいって思ってるって分かっただけで、今は十分。
余談ですが、父方の兄弟は祖母の死をきっかけに絶縁状態になったおじさんがいますが。。
この差はなんなんだろうね。
俺は父側のいとこに今生会う機会はあるのだろうか。
もしかしたら次はそこの関係を修復する何かきっかけが生まれるかもね。
そう願って止まない。
とにかく、おじいちゃん、ゆっくり休んでください。
そしていつかまたどこかで会いましょう。
もし生まれ変わりというものがあるなら、また俺のおじいちゃんになってください。


