美は乱調にあり

美は乱調にあり

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2019年7月20日のfacebookより





お母さんが乳房の生検を受けている間
夕方の誰もいなくなった待合室で
おとなしく折り紙を折ってた少年。

すごいねー
私は鶴しか折れない
兜の折り方さえも忘れちゃった

そう声をかけたら
「兜折れるよ。兜から金魚にもなるよ。」
魔法のようにあっという間に折ってくれた。

6歳の折り紙師は他にも車や朝顔など、小さな手から可愛らしい作品を次々と生み出していく。

横に置いたポケモンの手提げ袋には、折り紙や色鉛筆や本など沢山の持ち物が入っていた。

待ち時間が長くなるのを想定しての沢山の荷物だったようだ。
折り紙師のお母さんが生検が終わってくると
「なんだ、もう終わったの?もっと遊びたかったなー」と無邪気に言う。

「はい」と折った金魚をくれて
バイバーイと手を振って帰って行った。
君のお母さん、乳がんじゃありませんように。
友達の息子さんの
医学部の白衣式のFacebook投稿を見て
医学部にそんなセレモニーがあるんだと初めて知りました。✨✨

ナースのセレモニーは戴帽式と決まっているけれど、その大学の看護学部では戴帽式はないそうです。
ナースキャップは廃止されてるし、白衣も現場ではスクラブが主流だから、戴帽式は時代にそぐわないのかもしれないけど、純粋な気持ちで看護の道への決意を心に刻む大切なセレモニーだと思うので、ないのは寂しい気がします。
初めてナースキャップを載せてもらい、ナイチンゲール誓詞を唱えた時の感動は忘れられません✨✨

と言いつつ
ナイチンゲール誓詞がどうしても思い出せなくてググってしまいました。



ナイチンゲール誓詞も、内容や文言が時代にそぐわないという批評があるようです。
病人の看護は汚いと厭われるものだったので、修道女たちが信仰心をもって自己犠牲のうえで看護をしていたというところから、宗教色が前面に出ているので
今更ながら
看護学生たちは、宗教に関係なく神に誓わされていたのねと思いました😂
そんなこと深く考えず厳かな気持ちで唱えたし「身を捧げん」という今は批判される言葉も、当時は真剣にそんな気持ちだったなぁ。

ちなみに、ナイチンゲール誓詞は「ヒポクラテスの誓い」をもとにアメリカで作られて看護の心得としてセレモニーで使われてきたが、ナイチンゲールの母国イギリスでは好まれていないそうです😅
Facebookのアーカイブで上がってきて
ブログに記録してなかったと思い投稿。
もう病院で働くことはないと思うけど 
患者さんに寄り添う気持ちは忘れないようにしたい。
クリニックだと看護の力を生かす場面ってなかなかないけど。

2018年11月24日のFacebook投稿より

抗がん剤治療が始まったばかりの患者さんが
副作用で苦しみ、外科外来のストレッチャーで点滴を受けていた。
私はその日は泌尿器科にいたが、遅番だったので診療が終わらない外科に行き、ストレッチャーの横を通る時に、その患者さんと目が合った。
「辛かったのですね」と声をかけると、その患者さんはムクッと起き上がりストレッチャーの上を這うようにして私の手を握ってきた。
「あなたに会いたかったの。ああ良かった。私こんなになっちゃって。」
嘆きながらも嬉しそうにすがってこれらた。
私はその患者さんに何もしていない。
初診時に、外科の前で迷っている風だったので案内しただけ。
10数年前に整形にいた時に、その患者さんが通院していて顔を知っていたので
「私は以前整形にいたので○○さんのこと昔から存じ上げてますよ。何かあればいつでも声をかけてくださいね。」と伝えただけ。
その後は外来で関わる機会がなかった。
それなのに「この方にすごくよくしてもらってるの」とまでご主人に言っていた。
きっと自分のことを知ってくれている看護師として頼ってくれたのだと思うが
私は何もしてないし、その方の経過さえも知らなかったので申し訳ない気持ちになった。
カルテで経過を追って、今度外来で会った時にはもっと寄り添った声かけができるようにしようと思った。