人は見た目が9割
「人は見た目が9割」という有名な新書がある。
あたしは中身を読んではいないけれど、
タイトルを額面通り受け取るなら、それは真実だろうと思う。
眉毛を剃っても世界は変わらなかったけれど、
夏休みに15キロ痩せたら世界は変わった。
少なくとも、学校という閉鎖的で狭いコミュニティにおける「世界」は変化した。
デブで眼鏡の女の子が痩せたらアイドル級に可愛かったとか、
そんな少女漫画みたいな奇跡はむろん、起こっていない。
やせはしたけれど顔の造作はもともと別に美しくはないし、
団子鼻も大きすぎる口も健在で、
変わったことと言えば、デブが普通になっただけのことだ。
でも、その見た目の変貌が周囲の人間に与えるインパクトは大きくて、
あたしは突然「可愛い子」として扱われるようになった。
結局みんな、前述の少女漫画のイメージにとりつかれていただけなのだと思う。
走っても揶揄するような擬音語を発されることはなくなったし、
あからさまに嫌がらせをしていた男子の一人から、
「里央ちゃんが文化祭委員やるなら、俺もやりたい」
などと見え透いたことを言われたことさえあった。
女子の間で「派手な子」という部類に入れられることになったのは、
あたしの変化というよりミカがあたしの元を訪れていたことが大きかったと思うが、
それでもちょうど夏休みを挟んだ頃から、
付き合う人の種類ががらりと変わった。
例えば体育の授業や理科の実験で班を作るとき、
それまでは大抵あたしは「余り物」で、
地味でマンガの話ばかりしているようなグループと、
なんとなく目顔で合図して入れてもらうような状態だったけれど、
夏休み以降はなぜか、クラスの中心的な女子たちから、
積極的に声をかけられることがほとんどになった。
あたしは、その変化をときどき心地よく思い、
ときどきは居心地悪く思った。
人は、褒められれば嬉しい生き物なのだと思う。
だから、それがたとえ幻であったとしても、
可愛いだの美人だの言われることに悪い気はしなかった。
だけど、実際のあたしがそう美しいわけでも何でもないことは、
他ならぬ自分自身が一番良く分かっていたから、
その待遇は尻がむずむずするような居心地の悪さを伴った。
変わらなかったのは、ミカだけだった。
ミカは相変わらずあたしの元を訪れては、
とりとめのないことを蕩々としゃべったり、
ミミズがのたくったような字で書いた手紙を渡していったり、
一緒に体育をさぼったりした。
ミカのくれる手紙はいつも、
授業で渡されたプリントの裏に、
ポスカで挿絵と罫線を手書きしたオリジナルの便せんに書いてあった。
ミカは字は下手だったけれど、絵はうまかった。
ちょっと前衛的な格好をした少女のイラストや、
ハイビスカスや薔薇や蝶々など、
いろんなものをデザインして凝った便せんを作り、
その割に特に内容のないことをダラダラとつづった手紙を、
嬉しそうに持ってくるのだった。
あたしも、ときどき返事を書いた。
多くは嫌いな授業の最中に、
当時使っていた無印の「らくがき帳」をちぎって書いた。
あたしもミカにならって罫線を描いたりしようかと思ったこともあるが、
絵心がないのでそれはついぞやらずじまいになった。
2年生になって隣のクラスですらなくなってしまったので、
ミカとの接点はさらに小さくなっていた。
ミカは相変わらず多数の友達を引き連れていたし、
他校の友達も多くいるようだった。
あたしは相変わらず一人でいることが多かったし、
他校の知り合いなど一人もいなかった。
それにも関わらず、ミカは好んであたしの元へやってきて、
「今度の日曜、ひま?」などとあたしを誘った。
慣例的な断り文句を言うのを急にやめたのはいつのことだったか、
その理由はどうしてだったか、もう思い出せない。
でも、初めてミカと洋服を買いに行った日のことは、今でもはっきり覚えている。
魔法の言葉
眉を剃って何かが変わったなんていうのはやっぱり幻想にしか過ぎなくて、
あたしは相変わらずデブで、ついでに友達らしい友達もできなかった。
ミカとの関係も相変わらず、外へは遊びに行くことのない、
学校の中にいるときだけのものだった。
それでも、そのことを不満に思ったことはない。
あたしは割に一人でいるのが好きだったし、
人間関係であれやこれやと悩むよりは、
一人で本を読んでいる方が気が楽だった。
すれ違いざまにクラスの男子から「デブ」と笑われたり、
歩いていると遠くで「ドスドス」などという擬音を発されることもあったけれど、
もとより容姿については諦めていたから、
その瞬間は悔しいと思ったような気もするけれど、すぐに忘れてしまった。
そうして1年が過ぎた中学2年の夏休み、ひどい夏風邪を引いた。
高熱を出して何日も寝込んで、
食べたものはみんな吐いてしまった。
1週間で、8キロ痩せた。
デブがぽっちゃりになった程度のことだったけれど、
風邪をひく前に着ていた服がことごとくブカブカになり、
いつも母に連れられて行っていた「大きめサイズ」の店の服が、
一番小さいサイズでも大きいように感じたとき、ミカの言葉がふっと浮かんだ。
「痩せたら絶対、可愛いのに」
ぜったい。
ミカはそう言った。
あたしはその言葉にとりつかれるように、ダイエットを始めた。
デブのくせに耳年増だったことと、
母が食事を取らないことを極端に嫌う人だったことで、
その方法は割に健康的なものだった。
食事の量を少し減らし、間食を一切やめ、暇さえあれば走ったり筋トレをした。
いったん落ち始めた体重は面白いようにするすると落ちて、
夏休みの間に15キロもの贅肉がなくなった。
休みが明けて学校へ行くと、教室がざわついた。
休み時間には、別のクラスから人が集まってくるくらいだった。
人寄せパンダではない、とも思ったけれど、
好意的な関心を集めることは、悪い気はしなかった。
昼休みの終わるギリギリに、ミカが教室へ駆け込んできた。
ミカは教室を見渡してあたしを見つけると、
扉のところへ立ったまま、「すごい!すっごい痩せたね!」と、
満面の笑みで直裁的な言葉を大声で言った。
そうしてつかつかとあたしの前へ歩いてきて、
「だから言ったでしょ、痩せたら絶対可愛いんだって」
ミカは、なぜかものすごく誇らしげに、
「ふふん」と言った表情で教室を見渡した。
そんなミカがおかしくて、笑ってしまった。
その日の放課後、連れだって家路に付きながら、
ミカはどんなふうに痩せたの、としつこく聞いてきた。
私は風邪を引いたことと、その後したことを忠実に答えたけれど、
ミカはさもつまらなそうに、
「ええー、普通ー。そんなの絶対ムリだ。
もっと楽に痩せる方法ないの? 飲むだけで痩せるとか」
と口を尖らせた。
そんなのあったらあたしが教えてほしいと言うと、
ミカは「見つかっても絶対教えない」と笑った。
それからミカはちょっと考えて、こんなことを聞いた。
「ねえ、なんでダイエットしようと思ったの。好きな人できたの?」
好きな人は、いることはいた。
1年生のとき同じクラスだった、サッカー部の子が好きだった。
でも、別にそれが理由になったわけではない。
当時のあたしにとって、男の子が好きだとかいうのは、
ただそれだけ、自分の心の中にだけあるもので、
それ以上関係をどうこうしたりするたぐいのものではなかった。
ちょっと目が合ったり、廊下ですれ違ったり、ときどき会話したり、
それでちょっとどきどきして、おしまい。
二人で遊びに行くとかそんなことは、考えることもしなかった。
子供だったのもあるだろうけれど、
多分あたしは、期待してそれが叶わないことが怖かったのだと思う。
だから、期待しても仕方のないことは、考えないようにした。
それがあたしの考え得る最善の防御策であり、
あたしが他人と付き合う上で信条としていることでもあった。
当時、あたしの背中を押したのは、間違いなくミカの存在だった。
ミカがきれいになれると言ってくれたから。
ミカと並んで歩きたい。
ミカみたいになりたい。
だけどそのことは、言わなかった。
あたしは曖昧に笑ってごまかした。
ミカはそれでもうあたしの恋愛には興味を失ったようで、
楽に痩せたいなーとか、朝起きたら5キロくらい痩せてたらいいのにとか、
ぶつぶつと呟きながら足元の石を蹴っていた。
きれいになりたい。
こちらが誘いを断り続けているにもかかわらず、
ミカは相変わらず何かにつけてあたしを誘った。
休日にミカと一緒に歩くなんて考えられなかったけれど、
学校が終わった後、一緒に帰るくらいのことはした。
ある時、ミカが「小学校へ行こう」と言い出した。
変なことを言うなと思いながら、あたしはミカの出身校へ付いていった。
ミカはブランコにかけよって、座ったままぐんぐん漕いだ。
あたしはミカの隣のブランコに腰掛けて、ぐらぐらとそれを揺らした。
途中で雨が降り出した。
「服が濡れるな」とちらと思ってミカの方を見ると、
ミカは何がそんなに嬉しいのか、
大きな声で笑いながらブランコを漕ぎ続けていた。
あたしは、そんなミカを見ているのが楽しくて、笑い出した。
土砂降りの中で、あたしとミカは大笑いしながら、
鎖ががくんがくん音を立てるほど、ブランコを漕いだ。
二人してずぶ濡れになって、初めてミカの家へ行った。
「うち、誰もいないから」とミカは言い、
あたしに向かって吠え立てる飼い犬に「シーッ」と人差し指を立て、
玄関でスカートを絞ってから階段を上がった。
あたしもミカに倣ってそうした。
渡されたバスタオルで服や髪を拭いていたら、
ミカが「里央は目がおっきくていいなあ」とあたしの顔をのぞき込んだ。
そんなことを言われたのは初めてだったので、
からかわれているのだと思ってタオルでぐしゃぐしゃと顔を拭いた。
「うちのお母さんは二重で、おねえちゃんも二重で、
お父さんもはげてるけど二重。で、あたしだけ一重」
ミカはまるでこの世の終わりのように天を仰いで、
ベッドにごろんと横になった。
「だから小さいとき、自分は不倫の子なんだってずっと思ってた」
あたしは「ふうん」と答えた。
ミカは、「笑わないんだ」と言った。
別段おもしろいジョークとも思わなかったし、
子供なんて一度はそういうファンタジーを見るものだ。
悲劇のヒロインになってみたい、そう思うものだからだ。
幼い頃のミカがそうであっても、特別なことだとは思わなかった。
「里央は二重だし睫毛も長いし、痩せたら可愛いのにってみんな言ってるよ」
みっともない太い脚を見られているのだと思って、
スカートの中に脚をひっこめて、ミカから目を逸らした。
「無理だよ」
あたしは低い声でぼそりと言った。
「なんで」
「うち、お母さんも太ってるから。デブって遺伝らしいよ」
「そうなの? でも、痩せたら絶対、可愛いのに」
ミカは「絶対」というところを強調するように言って、天井を眺めた。
あたしは手持ちぶさたになってミカの部屋を無遠慮に眺めた。
壁には無数の写真が貼り付けられていて、
その1枚1枚にポスターカラーで書かれた派手な文字が踊っていた。
ミカのヘタクソな字も、写真と合わさると不思議としっくりなじんで見えた。
写真に収まっているミカも、その友達も、やっぱり可愛かった。
あたしには、住めない世界だと思った。
その日、家に帰ってあたしは風呂場で眉毛を剃った。
母のカミソリをこっそり拝借して、
息を止めて、少しずつ慎重に形を整えた。
なんだか悪いことをしているような気がして、どきどきした。
風呂から上がった後、家族の顔を見られなくて、
風邪を引いたみたいと嘘をついて部屋に引っ込んだ。
別に、眉一つで何が変わるわけでもない。
劇的に顔が可愛くなるはずがないし、
それにまだ、あたしは太っていた。
それでも、大人になったような、
少しだけ変われたような気がして、胸が高鳴ってなかなか寝付けなかった。
何度も何度も眉毛を指でなぞりながら、いつの間にか眠った。
ミカのこと。
ミカと出会ったのは、13の時だった。
あたしは今より20キロも太っていて、
眉の手入れもしたことがなかったし、
洋服はお母さんにジャスコかヨーカドーで買ってもらう。
おしゃれな洋服なんてはなから似合わないと決めつけていた。
だから、当時のあたしにとってミカは、
まるでファッション雑誌から抜け出してきたかと思うほど、
きれいで大人っぽくて、
まっすぐに見られないくらいまぶしい存在だった。
まっすぐにブローされた長い髪、
ミニスカートから伸びるすらりとした華奢な脚、
つんと上を向いた形の良い鼻、
笑うとわずかにのぞく白い八重歯、
どれもあたしには望んでも手に入れられないものばかりだった。
ミカの周りの友達は、可愛い子ばかりだった。
ハーフみたいな顔をした、子供服のモデルをやっている子、
クラスの男子の過半数がねらっていると言われる小動物みたいな子、
高校生の彼氏がいるという長身のモデルみたいな子、
ミカとその友達が歩いてくると、みんなふっとそちらに顔を向けるくらいだった。
だから、初めてミカがあたしに話しかけてきたときは、驚いた。
ミカが一人でなかったら、あたしは多分逃げ出していたと思う。
「体育、ダルいよね。あと、あいつウザいし」
同じく見学しているあたしの隣に腰を降ろしながら、
ミカは向こうで大声を張り上げている体育教師を指さして、言った。
あまりにも何気なく話しかけられたから、
ほかに誰かいるのかと思ってきょろきょろと辺りをうかがってしまった。
「生理だって嘘ついちゃった」
ミカは、今度はあたしの方を見て、にっこり笑った。
あたしは、曖昧に口角を上げることしかできなかった。
それは、かなりカルチャーショックだった。
あたしがいた小学校では、「ブラを付けること」と「生理になること」は、
いじめの理由になるくらい忌むべき事だった。
みんなが必死になって自分が「女」になったことを隠していた。
薄手のブラウスから背中にブラの線が透けていたといって、
「あの子はもうブラしてるらしい」と言われた女の子が、
泣きながら「本当にしてないから!今脱いで見せたっていいよ!」と弁明するという、
今となっては全く意味が分からない光景が頻繁に繰り返されていたし、
5年生のときに生理になったあたしは、
毎月トイレで包装を剥がす音が立たないよう細心の注意を払っていたし、
母が買ってきたスポーツブラは頑なに着用しなかった。
だから、ミカがあっけらかんと「生理」なんて口にするのは驚きだったし、
それ以降も体育の着替えのときに「そのブラ可愛い、どこの?」なんて言われたり、
トイレで「ナプキン持ってない?」と聞かれたりして、
そのたびに新鮮なカルチャーショックを味わった。
今から考えると、理由はよく分かる。
あたしの通っていた小学校で「ボス」的な役割を果たしていた女の子は、
顔は可愛くて洋服も派手だったけれど、
背が小さくてガリガリに痩せていて、恐らく初潮もすごく遅かったのだ。
きっと彼女にとって、そのことは無意識のコンプレックスだったのだと思う。
だから、自分より先に女になったクラスメイトを攻撃することにした。
「生理なんて汚い」「ブラしてるなんてヤリマン」などと、
冷静に考えれば破綻しているとしか言えない論理も、
教室という閉鎖的で排他的なコミュニティでは、
ボスがそれを言いさえすれば、立派なルールとして機能した。
ブラについては「しない」という選択肢もあったけれど、
生理なんて自分でコントロールできるものではないから、
クラスの女子の大半はそれを隠すことに多大なエネルギーを費やしていたことだろう。
いじめの理由なんて、そんなものだ。
理屈なんてハナから存在しない。
だから、大人には到底理解できない。
だから、無くならないのだ。
あたしは太っていて動くのが嫌いだったから、
軽い喘息持ちなことを理由に、その後も何度か体育の授業をさぼった。
ミカは体育の教師にピアスを注意されて以来、その教師を毛嫌いしていたから、
あたしたちは二人揃って体育館やグラウンドの隅に二人で座って、
あれやこれやととりとめのない会話をした。
時々はミカに誘われて、保健室へ行くフリをして、
教師用の駐車場でジュースを飲んだりもした。
ミカとあたしは隣のクラスだったから、
合同で行われる体育の授業くらいしか直接の接点はなかったのだけれど、
ミカは昼休みや放課後にあたしのいる教室へやってきて、
線の曲がったお世辞にもうまいとは言えない字で書いた手紙を渡してくれたり、
休日には遊びに誘ってくれたりした。
でも、あたしは休日の誘いはいつも断った。
お母さんと出かけるから、
家の用事でおじいちゃんの家に行かないといけないから、
さまざまな理由をつけては「だから、ごめんね」と断った。
本当は、用事なんかなかった。
私はミカと一緒にでかけるのが怖かったのだ。
ミカは、休みの日はメイクもするのだと言っていた。
コンプレックスの一重の目をアイプチで二重にして、
かかとの高いヒールを履いて、
そんなミカはきっと学校で見る何倍も可愛いのだろうと思った。
だから、一緒にでかけるなんて無理だと思った。
あたしは地味でブスでデブで、
ミカと釣り合うようなお洒落な服も持っていない。
並んで歩いて比べられるなんてまっぴら御免被りたかった。
閉鎖的な学校の中の、誰も目を向けないような隅っこの方でだけ、
あたしはミカと一緒にいられる。
陽の下に出たら、この関係が壊れてしまうような気がしていた。
ミカはいつも、「そっか。じゃあまた今度ね」と言って笑った。
あたしはいつも、「うん。ごめんね」と謝った。
はじめまして。
友人が死んだ。
だから日記をつけることにした。
こんなふうに言うと変なやつだと思われるかもしれないし、
「だから」の前に色々抜け落ちてるんじゃないかと言われるかもしれないけど、
あたしの中ではちゃんとつながっている。
子供の頃、といってもそれは中学生や高校生のころだけど、
あたしはときどき日記を付けてはやめ、付けてはやめるというのを繰り返していた。
付け始めるのは、決まって嫌なことがあったとき。
自分が受け入れ難いと感じるつらいことを、
書くことでしか現実として受け入れるすべを知らなかったから。
だから、また日記を付けることにした。
会社の後輩の男の子がここでブログをやってて、
「里央さんはブログとかやらないんですか?
女の子って、買った服とか見せるブログよくやってるじゃないですか」
なんて言って勧めてくれたけど、
あたしは同じ会社の人に日記を読まれるなんて絶対に嫌だ。
だからその子にも、「あたしはいいや」なんて答えておいた。
まあ、彼の場合はどこで何を食べたとか、
子供がどうしたとかっていう内容のものだったから、
別段知り合いに見られても問題ないのかもしれない。
だけどあたしはここを自分の気持ちをはき出す場所として使うつもりだから、
リアルの世界であたしを知ってる人には教えない。
内情を知られてさげすまれたり、笑われたりするのは問題じゃないのだ。
同情されたり、可哀想に思われるのは耐えられない。
それに対して「大丈夫? なんでも相談してよ、友達でしょ」なんて言われたら吐き気がする。
あたしはどちらかと言えば明るい方だと思われていて、
度胸がある、人見知りはしない、物事もはっきり言う、
うじうじ悩むなんてあり得ない、そう思われている。
でも、実際のところ極度の人見知りだからこそ、
笑顔を貼り付けて取り繕っているだけなのだ。
底の浅い人間を演じれば演じるほど、
人はあたしの心の中をのぞき込もうとしない。
見えているところで全部だと思ってくれる。
そうすることでしか、あたしはあたしを保っていられないのだ。
そのこと自体は、つらいとかやめたいとか思ったことはない。
それはあたしが望んでしたことだし、
少女漫画みたいに「あたしはそんなに強くない!」なんて笑える台詞を言う気もない。
あたしの周りにいる人たちが、あたしの思ったとおりにあたしを勘違いしてくれて、
そのとおりに扱ってくれるのは本当にありがたい。
してやったり、と思うこともしばしば。
大人になってからは取り繕うのが格段と上手になって、
あるいは日々の雑務に忙殺されて、
仮面を付け忘れて人と接してしまうことも、
人前に間違った仮面を付けて出て行ってしまうことも、
知らない間にそれを脱いでしまうこともなくなった。
だけど、ここ1カ月くらい、だんだん怪しくなってきたのだ。
ぼうっとしていて電車を乗り過ごしてしまったり、
同僚から「里央ちゃん、最近少しぼんやりしてるね。何かあった?」と心配されたり、
後輩から「覇気がない日がある」なんて噂されているのを聞いてしまった。
まずい、と思ったのは言うまでもない。
つらいことや哀しいことを受け入れようと思うとき、
頭の中でだけぐるぐる考えるのは得策ではないとあたしは思う。
「考えていること」は目に見えないから、
同じ所でいつまでもループしてしまう。
しかも、その思考によって普段だったら気にも留めないような
「ちょっとつらいこと」が思い出されて、
それがさも「とってもつらいこと」みたいに勘違いしてしまう危険性だってある。
だからあたしは、考えるときは文字にする。
文字にして書き出してみることで、理解できる。
思考は常に「その先」へ向かうことができるし、
きちんと文章にできるだけ、あたしはまだ冷静だと安心できる。
そんなわけで、また日記を書いてみようと思う。
つらいことを吐き出して、理解するために。
そしてたぶん、忘れるために。
