私は有難いことに、両親、姉妹に恵まれ、幸せに育ちました。
父は戦争やなにかで苦労した人で、長女の私には期待する分、大変厳しく、思春期の間、毎日朝から親子喧嘩。しかし、私は昭和23年まだ終戦間なしに生まれ、戦争の悲惨さを感じることもあり、親に対する尊敬の思いがありました。近所のまだ5才位の女の子が他所にもらわれて、泣きながら振り返り振り返り歩いて行ったのを見たこともあります。裸の赤ん坊を捨てなければならない人すらいたのに、ここまでに育て、あの激しさは愛情あればこそだろうと、感じることは出来ました。
母が見かねて、そんなに喧嘩をするなら、親子の縁を切って、他人と思いなさい。それならば、少しは冷静になれて、遠慮の気持ちもわくでしょう。と言われました。その時から、私は両親に敬語を使うようになりました。
善いことだったと思います。
私は友人も多く、愛する人達に恵まれました。
我が子は更に格別でした。更に7人の孫達を。お嫁さん。お婿さん。孫達を愛して育ててくれてありがとう。何もしてあげられない今、申し訳なく、手を合わせて感謝しています。
しょうへいさん、こうへいさん、ちかこさん。
愛しています。
ありがとう。生まれて来てくれて。どんなに可愛いかったことか。一生懸命でした。
でも到らない母でした。ごめんなさい。
幸せに過ごしてくれますように。子供達がお世話になっている方々へ、お礼を申し上げます。
ことみさん、受験を楽しんでね❤️
明日は、長男のお嫁さんと孫が会いに来てくれます。
まなみさんありがとう。なな、みく、じゅっちゃん、ちやこ、わこ。ばあばは今日、横に
なったままだけど、苦しさもなく、過ごさせて頂きました。
美子お姉さん、旭生お兄さん、
ありがとうございます。我が子を抱けたのも、可愛い孫達に会えたのも、お二人のおかげです。ご縁に感謝いたします。
三人の私の子供たちを抱きしめたい。そう番外娘も居ました❤️私は欲張りですね。美智子お姉さん、あの人この人、
また、明日、目が覚めたら、ベットに座って起きれますように。