脇阪寿一オフィシャルブログ「脇阪寿一の走らなあかん!」Powered by Ameba

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TOYOTA GAZOO Racing FESTIVAL イベントステージにおいて、車椅子レーシングドライバー青木拓磨選手と今井優杏MCと共に「バリアフリー モータースポーツ トークショー」を行った際、青木拓磨の口から飛び出した一言です。

 

MCをしながら僕はハッとした。

僕はTGRアンバサダーとして、色々なところでクルマの楽しさ素晴らしさを語ってきました。クルマで同乗走行したり、色々なお話をしたり・・・。

そこそこ頑張ってきたつもりですが、それは全て“クルマの楽しさ“を伝えてきただけで、本来クルマが持つ”クルマの素晴らしさ”は伝えられてきたのだろうか!?

クルマの素晴らしさを語る上で、今僕の目の前で青木拓磨が語っているこの言葉、言霊に比べたら、僕の言葉なんて軽すぎる・・・。

 

青木拓磨とは1995年僕が初めてカートから4輪界に飛び込みF3にエントリーした頃に知り合い、1996年僕がF3のタイトルを取る年に急接近。

その頃はいつも青木拓磨と高木虎之介と3人で行動することが多かった。

当時既に2輪界で有名な青木3兄弟、その中でも“一番才能がある真ん中の拓磨”って有名でした。国内の最高峰レース、ドライなら普通に優勝、ウエットになると2位以下を全て周回遅れにして優勝するという事もあり、そのインパクトは半端なく、彼が首にバンダナを巻いてレースをするようになると、日本全国で首にバンダナを巻くバイカーが急増したくらいです。

 

また高木虎之介も日本の4輪界に彗星の如く現れたスーパースターで、当時全国のサーキットがPIAAカラーの旗、“中嶋悟“と”高木虎之介“で埋め尽くされていました。その凄さを示すなら、トイレに行くにもサイン攻めで動けないから虎のピット内にはレンタルのトイレがあったくらい。

 

青木拓磨と高木虎之介、2輪界と4輪界のスーパースターが意気投合し仲良くなることは不思議ではなく・・・。

なんでそこに僕を入れてくれたか不思議でしたが、1つ年下の2人が1つ年上の僕に“貴方は駆け出しだから、成績を出してから”と生意気に接しられるのも、彼らの凄さから、同じ空間に居れることに当時喜びを感じていました。

 

そんな2人、青木拓磨は2年連続全日本タイトルを獲得し、1997年2輪レース界の最高峰、ロードレース世界選手権WGP 500クラス(現motoGP)へステップアップ、高木虎之介もまた1998年にF1へ・・・。

 

 

 

 

青木拓磨1997年のWGPでの成績は「表彰台も獲得し、初参戦にして年間ランキング5位を獲得」と色々なところに表記されていますが、少し僕に付け加えさせてください。この年拓磨が使用したマシンは戦闘力が劣るホンダの先行開発マシン、伝説のライダー、ドミニク・ドゥーハンやその他のトップ選手が4気筒の戦闘力のあるマシンを使用していた時に、拓磨が使用したのは2気筒で軽さというメリットはあるものの、エンジンパワーが劣るまだまだ開発が必要なマシンだったのです。ですから翌年1998年拓磨が4気筒マシンを手にして挑む世界選手権2年目には、優勝そして日本人として初めて世界最高峰レース、世界最高峰クラスでのタイトル獲得の期待が高まっていました。

 

 

その矢先・・・

シーズンが始まる直前、1998年2月5日テストコースで転倒。

そこから彼の車椅子生活が始まりました。

 

 

彼がどん底を経験したのは容易く想像できますよね!?

そんな時に彼はクルマと出会い、クルマの持つ可能性に惹かれて行きます。

「もう2輪は無理でも4輪ならこけずに乗れる!」と。

彼はレースに復帰する為に並々ならぬ努力をしていきます。

車椅子でもこんなに色々な事が出来る!と示し同じ境遇の方々に元気を与えたい。最初はレースに出場する為のライセンスも発給されなかったらしいです。

彼の熱意で11年前にようやくライセンスが発給され、今では国際Bライセンスを所持。彼の熱意に色々な方々が動き、周りの環境を少しずつ動かし今に至ります。

 

2009年 パリダカールラリー 参戦

2010年 S耐 参戦

2014年 GTアジア スポット参戦

2017年 アジアルマン 参戦

 

そんな青木拓磨が2017年12月10日TGRFイベントステージにおいて、たくさんの方々の前で自分の経験してきた事を伝える事により、障がいを持つ方々に夢や希望を与え、更にルマン24時間耐久レースに出場したいと夢を語りました。

 

また、

「我々障がい者に偏見を持つのはやめてほしい。普通に接してください。僕は足が動かないだけ。あとは何にも変わりません。」

と話し

「でも皆さんにお願いがあります。障がい者用スペースに健常者がクルマを停めるのはやめてください。

我々にはクルマが命なんです。車椅子だけなら行動範囲が半径500メートル位に限られますが、我々にクルマがあればその行動範囲が無限大に広がります。クルマは我々をバイラフリーにしてくれるかけがえのない大切な存在です。車椅子なら坂道など、寿一に走られたら追いつきませんが、クルマに乗った移動なら寿一とほぼ同じ時間で目的地に到着しますし、皆さんと同じように色々なところに行ける素晴らしいものなんです。

僕はクルマを乗り降りするのも一人でやります。車椅子からクルマに乗り移り、車椅子をたたんでクルマに乗せます。降りる時はその逆です。そんなことから乗り降りする際にクルマのドアを全部開かないと乗り降りができません。もしスペースがあるからと、普通の駐車スペースにクルマを駐車した場合、横にクルマが後から駐車したら、我々車椅子を使う者はそのクルマに乗り込めません。障がい者用駐車スペースはそのことも考えられた駐車場になっています。どうかご理解ください。」

 

皆さん、青木拓磨のこの声を是非心に刻んでください。

そした、青木拓磨はこのステージを通じて僕にクルマの素晴らしさを再確認させてくれました。

 

今の我々、クルマの存在が当たり前になっている気がします。

平和ボケでしょうか!?クルマのありがたみを忘れていますよね。

 

トヨタ自動車の創業者 豊田喜一郎さんは、“日本国民の生活を豊にしたい“ ”もう二度と資源を取り合う戦争を起こしたくない“と誰でもが買える低価格の、燃費の良い国産小型乗用車をつくりました。

その事により今の日本が在ると言っても過言ではありません。

 

100年に一度の自動車産業の変革期と言われる今、青木拓磨が言ってくれたように、もう一度クルマのありがたさを再確認し、進むべき道を考えていきたいと強く強く思いました。

 

青木拓磨、今回もありがとう!これからもよろしくね!

 

青木拓磨フェイスブック

 

そんな青木拓磨選手は現在、健常者、障がい者の分け隔てなくサーキット走行を楽しもうという趣旨のHDRS(ハンド・ドライブ・レーシングスクール)を開催しています。参加した方々にはサーキットドライブを楽しんでいただくだけでなく、最終的にはライセンスが取れるようお墨付きが持てる団体にしたいと取り組んでいます。

 

 

 

 

最後になりましたが、青木拓磨にこのステージを与えてくださいましたトヨタ自動車GRマーケティング部の皆様、また少しでも青木拓磨の想いが伝わるようにとご尽力下さいましたTGRF運営事務局の皆様、MC今井優杏さん、友人青木拓磨に変わりましてお礼申し上げます。

ありがとうございました。

 



2009年青木拓磨 ダカールラリー参戦発表に



土屋武士、高木虎之介と共に

 

 

 

 

 

 

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