初アメブロだが、だからなのか、ここには書いてしまえと思う
4月18日、渋谷OーEASTへHEEFEST2010に参加しに行きました。
自分はTHE YELLOW MONKEYを知るのが遅く、いや、知っていたのだが堕ちるまでが長かった。
まだ8cmシングルが主流の時代、BURNやLOVE LOVE SHOWをレンタルしてカラオケで歌ったにも関わらず、ただそれだけ。
表面をさらりと撫でることしかなかった。
さらり、なんてできるものじゃないのに。
やっと堕ちてきたのは、彼らが解散して四年ほど経ったとき。
そこでjaguarを購入し、ようやく片足指先を突っ込んだのです。
18日、ベーシストのヒーセの誕生会(前日だけど)のライヴということで、ゲストにはトリビュートアルバムに参加した人たちの名前、名前。
名前だけしか知らない。
9mm、毛皮のマリーズ…
マリーズの志磨くんは、だれもが知ってるTHE YELLOW MONKEYフリークなので自分も知ってた。
そんな豪華キャストのライヴに参加できたのは、奇跡としか考えられない。
多分近年中にしぬとおもう。
内容は色んなとこにレポが出てると思うので割愛。
というか、あまり覚えていないんです。
元々、ライヴの内容が覚えられなくて。
瞬間的な快楽として脳が処理してしまうのか、ただ脳みそが弱いのか……
後者だろうけど。
しかし、志磨くんが登場してからのことは多分覚えている。
自分のことなのに、多分もくそもない。
だけど、多分としか言えない。
LOVE COMMUNICATIONは吉井氏のライヴで聴いた。
しかしそれは吉井和哉のライヴであって、THE YELLOW MONKEYのライヴではない。
吉井氏のも楽しいですがね。
後日ブログで志磨くんが書いていたことに泣きそうになった。
彼はTHE YELLOW MONKEYとして、三曲を歌えた。
自分たちオーディエンスもステージにTHE YELLOW MONKEYをみた、と思う。
もちろん、吉井ロビン和哉が出てきたときはそれ以上以上以上、のものだった。
二人足りないけど、人生で初めてのTHE YELLOW MONKEYのライヴ。
曲はレアなものばかり。
会場の温度は一気に上がっただろうね。
生きていく間に、映像で観ているフリや間の手拍子ができるなんて思っていなかった。
大袈裟かもしれないけれど。
そこにTHE YELLOW MONKEYがいた。
そして、自分は二度目の死を迎えた。
殺された。
熱かった。
冷たかった。
泣けなかった。
鳴いたけど。
もう一週間になるけれど、まだあれは夢だったのではないか、と毎日チケットを確認する。
確かに切られている。
ヒーセのブログも吉井氏のブログも、とても嬉しかったみたいで。
THE YELLOW MONKEY再結成を願う。
だけど反対に、しなくてもいいと思う。
今、20thという節目を迎えていて、トリビュートに参加した若いバンド、長いバンド、有名な歌手、すべてのファンがTHE YELLOW MONKEYというバンドを曲を知ることとなりました。
それってすごい。
実質、解散してるのだから周年とかないけれど、解散したバンドを今の若い世代が知ることになったわけだ。
しかも多数のジャンルで。
きっと、今回のHEEFEST2010には、ゲストファンもいたと思う。
その人たちは、最後の約一時間、何を見たのだろう。
何を感じたのだろう。
自分は性格が悪いから、若い世代にもTHE YELLOW MONKEYのファンが増えればいい、ずっと残ればいいと思うが、
知らないままでいて欲しいとも思ってしまう。
今、恋い焦がれたって、残されているのは音源、映像、書籍のみ。
ライヴはない。
こんな究極の片想いは、味わって欲しくない。
自分の目線や意見なので、気分を害してしまったら申し訳ありません。
