いつもは4時には起きるのに、今日は5時過ぎてたですよ。
チチも寝てましたわ。別に早起きする必要ないのだがね。
じゃんたま、お年玉と称してチケ一枚と、紫の贈り物の袋と箱を一つずつくれましたよ。
何となく思ったんですけど、げいにんさんてフリートークとまんざい&コントの時って別物な気がする。
でも売れるにつれて、どーしてもフリートークのが必要とされて、別に自分は知りたくないパーソナルな部分ばかり取り沙汰される…というか…。
もはやまんざいとコントに入り込めなくなるくらい、本人が出てくる。
俳優とかより境界が曖昧なような…。
きゃーきゃー騒がれるさまを見るにつけ、私はこの人たちの何を好きだと思ったんだ?と冷静になるなど…。
えむわんのネタだけで面白い!と満足してたんですが、それ以外の本人たち本体に湧き立つ世間を見て、温度差を凄く感じてしまった…年の瀬。
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色んなことがありすぎた一日だったけど、とりあえず1日の終わりに便秘が解消されてよかった。
ほんと寒くなってから便秘がひどい。そんなに日数たたずに便秘になる。体感がかなり辛い。
めっちゃ裂けるし…。裂けるということは大きさもあるんだろうし…。
今日の午後は、チチのしごと関係の方々が新年の挨拶に訪れたんです。
わたしは前もって配膳の手伝いをしてくれと言われてて、父の兄が手伝ってくれるから大丈夫だと思ってたんですが、直前になって不安定になって。
でもチチに「しょうがくせい時代にチチの社会的な面しか知らなくて、チチを冷たい人だと思っていた。その頃のことを思い出すから怖いんだ」と吐き出したらスッキリして。
酒盛りが始まってからもおじさんとまーじゃんして大丈夫だったんです。
七時間もまーじゃんしてましたよ。
でもそのあとがだめだった。
チチと2人きりになったひとがチチに文句を言い出して。
祖母宅で軽く食べて戻ってもまだ居て。
もはや幼少期のトラウマも相まって、相当に内心は怒ってました。
おじさんも来てくれて、もう我慢できなくてトラウマについて聞いてもらって。
9時に帰りましたけど。もはや仇ですよ。
そこから祖母宅でヨンマして。
色々怒ったことをおじ2人とチチにぶつけて。
おじさんも息子に「昔は冷たかったよね」と最近言われたといってました。
私は本当は、家に私の敵とも言える仕事関係の人たちを呼んでほしくなかったんです。ずっとね。
あの人たちは、幼少期の私からチチを奪ったようなものですから。いや、違うけどね。
実の子よりも愛情を注いでいるとこどもには感じるわけです。
だって、私には冷たかったもの。同僚の子にはとっても優しかったもの。
家にはいないのに、外でみんなの前で、冷たく叱られたこともあるもの。
そんな数多のトラウマを、最後の彼が見事に決壊させた。
ただいまって何よ。あなたの家ではないです。
都合が良すぎる。何を言っても許してくれるからと言って、調子に乗ってはいけない。
甘えてる。あなたのちちではなく、わたしのちちですよ。
あなたみたいな人が、私みたいなさみしい子供を生んだんですよ。
あなたはいいですね。幸せな家族があって、さらにうちのチチという、ゆるしてくれるもう1人のチチがいて。
ほんとうに許せない。もう二度とうちの敷居は跨がせない。
まあ、そんな感じです。
これはチチといる上では、見ないふりをしていて、遭遇しないようにしていたことだったんですが、逃げてばかりはいけないと思って、踏み込みました。
まさかこんな常識から外れたおとながいるとは思わず、行くところまで行った感じになりましたが。
おじさんがいてくれてよかった。
おとうさんにお兄さんがいてくれてよかった。
私はグレられたらよかったのにね。
チチの実態も目の当たりにして、ショックでした。こんなこと言われてるの?って。
わたしなら正気でいられない。チチの立場もありますが。
だんせいコミュニティならではだと言っていて、確かにそうだと思います。
女性は、あんなに何でも言えないよ。あんなのは通用しない。
彼の最後以外は、すべて上手くいっていたんです。
ほんとに、しごとの人をうちに入れないでほしいとまた強く思わされました。。
いまの私は、チチと一対一で話しているから、チチの本当を知っていますが、幼少期は家族のなかのチチとこどもでしかなく、人として関わっていません。
チチは厳格で怖い人で、仕事人間で、家族はどうでもよく、ハハとも仲良くない。
そんなんでは、私はハハとの一体感も高まってしまう。
だってチチは怖い人だから。
なんだかもう、当然のなりゆきでしかない。
わたしが長年ハハと密着していたのは、そういうプレッシャーとストレスばかりの環境だったせいです。
そこから外れている今の方が、奇跡と思えるくらい。
私は今しあわせです。
過去のトラウマが、漠然としていなく、言葉に変えられる今が。
ほんとうに、ただそれだけでいい。それで救われる。
わたしは社会的なチチを憎んでいるのかもしれない。
わたしを捨てて、仕事を選んで、家族の中の苦しみから逃げているように見えたチチが。
それは今の人間としてのチチを知った今でも、変わらないのかも。
ある種、分裂していて、同一にできない。
それはもう、しょうがないのかもしれない。
癒えないきずとして。