本日で3日目!
以外とbloggerの人も大変なんでしょうね!!
書くネタを、1日考えてる気がします。
本日は、題名のとおり『親子の思いの差と世代の違い』です。
僕は、団塊Jr世代!小学校時代は芦屋で過ごしました。
親父は、東証一部上場ゼネコントップ5の会社に、熊本から大阪に一人で就職で出てきました。
おふくろは、中卒のちに通信制で高校卒でした。
小さいころから、あなたはこの学校に行くんやで!!っと灘中の校門の前にしょっちゅう連れて行かれました。
そう!お受験ってやつです。
小学校3年生ぐらいで『浜学園』で知能指数を測られたり、5年生まで、塾通い。
たまたまマイホーム購入で、三田に引っ越し!
山奥で何も無いところです。
当時は、沢山のニュータウンができ、親父たちは、憧れのマイホームを手に入れたのです。
環境は、ガラリと変わり勉強から離れ、遊びに野球!!至って普通のヤンチャ少年に!
その後も受験することなく、公立の中学に進学、毎日野球漬けでした。
それも理由は、休むと悪さをする!
それだけです。熱中症という言葉も無く、毎日フラフラになるまで野球の毎日。
ただ、要領が良かったので、成績は悪くは、ありませんでした。
そして、誰もが避けて通れない高校受験!
家の前には、新設の『兵庫県立北摂三田高等学校』今では、兵庫県でも屈指の進学率を誇る有名な高校(要は、大学に進学せるための高校)に進路を、決められようとしていました。
当然、ヤンチャな仲間ばかりの私が行きたかったのは、工業高校!
自動車が、幼少期より大好きだったので、
車の整備を、学びたかったのです。
しかーし!
この時ばかりと猛烈に進学校を勧められ、
結局『受かったら、部屋にテレビとビデオとステレオを、買ってやる!』につられて
進学校へと進みました。
後に、両親の気持ちを知ることになります。
自分たちが、学歴で苦労をしたから!!
お金のない家に産まれたから!
大学に行きたくても行けなかった!!
だから、自分の息子には、立派な大学に入って、一流の会社(大きい傘の会社)に就職してほしい!!!
心の底から、願ってた思います。
しかし、私は、高校三年の秋に急遽進学を辞めて、就職を願い出ました。
決して、成績が悪かった訳ではありません。笑
先生は進学率の為に、両親と共に必死に進学を、勧めてきました。
当然その時に出てきたのは、『受かったら車を新車で買ってあげる』でした!
この時ばかりは、少し先を考えていたのでしょうか?
断固として断り、車は自分で働いて買う!
『ごめん。就職させてくれ!大学に行く意味がわからん』
親の理想とだんだん離れて行くのです。
もう、その頃には、周りはみんな大学に行くのですが、僕は稼ぐ力をつける!
『学歴は必要ない時代がくる!』
『生きる力が必要な時代がくる!』、、
と思っていたのです。
ここから先5年ぐらいは、『吐いた唾を飲む青年』でした。
就職した会社も1年で退職し、建築の専門学校に、裏切った親のお金で行かせてもらい、挙句学校も行かず、朝は、10時から17時までパチンコ!18時から24時までガソリンスタンドでバイト!その後は晴れの日は、六甲山に当時でいう『走り屋』!
雨が降れば麻雀!
ろくでなし!!全開!!
稼いだお金は、全て車に使っていました!
そんな毎日を送っているある日!!
その日は、夕方から『ねるとんパーティ』
神戸の市役所の下の駐車場に車を止め、張り切って参加!!
結果は、惨敗!!
そりゃそうです。いくら自分ではお洒落をしているつもりでも、どう見ても元ヤンキー!
ファションセンスゼロ!
学歴なし!
まだ認められる時代では、ないのです。
肩を落として家に帰りました。
その帰った朝!
そう家に着いて5時間も経っていません。
あの『阪神大震災』が起こったのです。
頭の上には、すべてのものが落ちてきました。
いつまでも揺れは止まりません。
下からは、親父から!
『大丈夫かぁー??』
家族四人でリビング集合。
しばらくすると、テレビで見た光景は、悲惨でした。
父は、当然建設会社勤務なので、翌日より2カ月帰ってきませんでした。
そう、復旧工事です。
当時のJR住吉の、高架橋復旧工事の、責任者。
震災翌日、大阪まで行く手段がないので、車で送りました。三田~大阪往復36時間。
送った私もフラフラに。
バイト先のガソリンスタンドも程なくガソリン品切れ。
もう、シャバダバですよ。
そして、2カ月が過ぎ、父親を迎えに行くと…もう廃人のように疲れきっていました。
その姿を見たとき!
『自分は、働く!!』
『親父を超える!!』
その後は、人脈にも恵まれ、親父は、高卒では、とても無理な役職まで登りつめ、サラリーマンで確定申告をしていました。
そんな人を超えるには!
サラリーマンでは、無理!
『社長になったろ!!』
その思いで職安に行き、某上場企業の中古車センターの門を叩いたのです。
その経験がなければ、今の自分は無かったと思います。
社長にはなりましたが、今でも親は心配ばかりしています。
最近里帰りしても、『お前の話しは、よくわからん!!』
『大丈夫なんか??』
時代の差。
団塊とJrの差です!
そして、今は、団塊Jrと『ゆとり世代』との差です。
時代は変化していくのです。
親の思った通りに子供はなりません。
後に書きますが、私にも2人の娘がいます。
私は、自由に生きたらいい!
自分の人生!一回こっきり!!
そう思ってますが、これがまた違うのかもしれませんね。
今日は長くなりましたが、
一つ伝えたいのは!!
『時代の流れを読み!
チャンスを、掴め!!』
もう一つは、幾つになっても親は子供の幸せを願い、子供は、親に感謝しています。
本当にありがとうございます!!
親父、おふくろの、子供に産まれて良かったです!
まだまだ心配かけますが、これから、追いつきますね!!
心ばかりのプレゼント。
『いつかはクラウン』を手に入れた父親が、15年経ったので、メルセデスでゴルフ行けよ!
おふくろ!ありがとう!
バックモニターの付いてる車で、ぶつけるなよ!
と出来る限りの親孝行。
また、明日。
皆様、おやすみなさい。



