「今日は、何を感じた?」

 

男性性が女性性に問いかけるイメージで

1日をふり返るように意識を始めて数日。

 

ちょっと思い出しては、そのまま

自分の感情・感覚から離れて

違うことを考えてしまう

 ↓

意識が飛んだことに気づいて

慌てて意識しなおす

 

という感じで、なかなかスムーズでは

ありません^^;

まぁ、始めはこんなものかなキョロキョロ

 

そんな中で気づいた、

今日のブログテーマは

”嬉しい”って感情について。

 

確かに、嬉しいって

”感じて”いるんだけど、

それが身体の感覚とは限らなくて

”思考的”な喜びでしかない場合がある

ってことに気づいて

なんかビックリと言うか衝撃でした驚き

 

具体的には

・ゴミ袋を節約できた

(環境負荷を減らせた)

・読みたかった本が読めた

(知識欲が満たされた)

・息子のニーズに応えられた

(母としての役割がこなせた)

みたいな感じ。

 

私、これまで特に深く考えずにいたのですが

感情=感覚って捉えていたようです。

そのことにも、びっくり驚き

 

そして、これまで

女性性をあげる目的で

自分が嬉しいと感じることをしよう、と

考えてやってきたことの大半は

思考的、つまり男性性の喜びだった

って事実に気づいてしまい

なんだかショックでした真顔

 

とは言え。

この”思考的な喜び”があるな、

と気づいたのは

私が嬉しい時の体の状態って

どんな感じかな?

と考えたからで。

 

その答えは

・肉体の外に拡がる感じ

・制限が無い感じ

・自分の身体っていう境界がなくなる感じ

まさに感覚的。

 

先にあげた思考的な喜びは、

いずれも、なぜなら〜、と

その喜びの理由を述べることができるし

全て、何かしらの結果に結びつくような、

収束するようなイメージ。

「満足」って言葉に集約できるかな。

 

それに対して、感覚的な喜びは、

目的とか終着点みたいなものはなく

ただただ、広がっていくイメージ。

 

喜びに始まりと終わりがあるとしたら

思考的喜びは 始まり>>>終わり

感覚的喜びは 始まり<<<終わり

って感じ。

・・・伝わるかしら?💦

 

> とか < はエネルギーの状態、とでも

言いましょうか。

うーん、言語化が難しい爆  笑

 

 

この時は嬉しさがダダ漏れ状態でした🤣

 

 

とにかく、

感情には思考的なものと感覚的なものがある

ってことに気づきました、ってことです(笑)

 

感情には、

男性性の感情と女性性の感情の2種類がある、

とも言えるかな。

 

どっちが良い・悪いってわけじゃなく

バランスが取れているか、が大事よね。

私の場合、男性性に傾きがちなので

思考的には喜びな時でも

体や感覚的にしんどくない?嫌じゃない?

って確認することが必要なんだなぁ。

男性性が、女性性を気遣うイメージ。

 

理想は、女性性の「〇〇したい」が先にあって

男性性が叶えてあげる、なんだけどね

 

今回は、”嬉しい”で考えたけど

”悲しい”も思考的と感覚的なものがありそう。

 

どちらが良い・悪いってわけじゃないけど

思考的な感情の場合は、それホント?って

疑ってみることも大事なんだろうな。

 

でも、一番大事なことは

感情≠感覚

当たり前っちゃあ、当たり前なんだけど爆笑

 

何かに迷った時は、感覚で選べ

って言葉の意味、

ようやく理解できた…かな?