「すべての男性の恋人」飯島愛さん悲報で台湾騒然
12月26日19時47分配信 読売新聞
【台北=源一秀】飯島愛さんの死が台湾で大きな話題となっている。
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台湾紙を飾った飯島愛さんの記事 |
大手有力紙「中国時報」が25日付朝刊一面で報じたほか、26日も死因や日本の芸能界の反応ぶりを有力紙やテレビがこぞって追いかけている。
台湾では飯島さんは、1990年代よりアダルトビデオ作品が人気を呼び、著名人となった。2000年12月には著書「プラトニック・セックス」の台湾版を出版。「5万部売れたらベストセラー」(出版関係者)と言われる台湾で約15万部を売り上げた。飯島さんは翌01年、宣伝のため、初めて台湾を訪問した。
当時、「活字嫌いも飯島さんの本は読んでいる」と言われ、飯島さんが出演するビデオ作品や日本のテレビ番組が地元メディアを通じ数多く放映された。また「著書の内容が青少年に悪影響を及ぼす」などとして議論を呼ぶなど、「飯島愛現象」とされる社会現象にもなった。
悲報に際し、地元コメンテーターが「飯島愛はすべての台湾人男性の恋人だった」と死を悼み、著名な作家は「飯島愛」と題した鎮魂の詩を地元紙に寄稿した。
最終更新:12月26日19時47分
<飯島愛さん>死去を台湾の一般紙が1面トップで報道
12月26日18時29分配信 毎日新聞
【台北・庄司哲也】元タレントの飯島愛さん(36)の死去について、台湾では一般紙が1面トップで報じるなど、海外の人物の訃報(ふほう)としては異例の扱いとなっている。民主化や社会の開放が進んだ90年代初頭に飯島さん出演のアダルトビデオが台湾に輸入されたことで、飯島さんが文化や表現の自由の「象徴」となったためだ。
台湾の4大紙の一つ「中国時報」は25日付の1面トップで、飯島さんの写真とともに「60~70年代生まれの台湾男性にとって、青春期に共通した性の幻想の対象だった」と伝えた。4大紙で別の「聯合報」も飯島さんの特集を組み、「アジアの男性のみんなの記憶」と報じた。
中国時報の張景為・副総編集長は今回の扱いについて、「飯島さんが活躍した時代は、台湾の政治、社会が開放された時代と重なる。決して奇をてらったわけではなく、飯島さんの死は社会性があると判断した」と説明する。
台湾では1987年に38年間にわたって続いた戒厳令が解除され、新聞発行や歌など表現や文化の制限が解かれた。90年代に入って流通し始めた日本製アダルトビデオは、社会の自由化のシンボルとされた。
飯島さんは台湾で最も著名な日本人タレントの一人で、著書「プラトニック・セックス」の翻訳版は15万部を売り上げた。
飯島愛さん再評価の動き「才能・努力・重圧」―中国
12月25日12時36分配信 サーチナ
24日の飯島愛さん死去の知らせを受け、同日から25日にかけて、中国メディアも次々に関連記事を発表した。これまで、中国では「成功したAV女優」とだけ認識されていた飯島さんだが、「才能と努力の人だった」、「重圧に負けてしまったのでは」などと、改めて彼女の死を惜しむ記事が出はじめている。
中国新聞社は24日、「飯島さんは“AV女優”としてではなく、(日本では)タレントとして評価されていた」と論評。テレビのバラエティー番組のレギュラーとなり、結局、視聴者の心をつかんだのは、(セックス・アピールではなく)“毒舌トーク”だったとの見方を示した。
同記事は、香港で2002年に制作された中国語ドラマ『斉天大聖孫悟空』に蜘蛛(クモ)の妖怪役で出演したことにも触れた。飯島さんの訃報に接した同ドラマの主役、張衛健さんの驚きと悲しみの声を記すとともに「特に快活な人ではなかったが、演技の際には非常に没入した。スタッフもみな、彼女を重んじた」とのエピソードを紹介した。
著作の「プラトニック・セックス」にも触れ、「日本で100万部売れ、台湾でも議論の嵐が起きた」、「2001年の訪台時には、爆発的な“旋風”を巻き起こし、台湾での人気を証明した」などと記した。
中国娯楽網は「飯島愛=AVは絶対に違う」との見出しの論評を発表。中国での従来の見方に異議を唱えた。同記事は「飯島さんはまず、AV女優として有名になった」と記すと同時に、その後は「多くのテレビ番組でレギュラーや重要なゲストを務めた」、「(本格的な)プロの女優としての彼女を否定することはできない」と主張。「彼女が死の直前まで、エイズ防止などの公益活動に力を入れていたことをしっかりと見つめ、彼女を尊重し理解すべきだ」などと論じた。
多くの中国メディアは、飯島さんの芸能界引退やその後の精神状態の不調の原因を、肉体的な問題だけでなく、さまざまな重圧のせいとみなしている。(編集担当:如月隼人)