太陽が3つ?
13日の東京スポーツ1面に、東京上空に飛来したUFOの写真が掲載されている。目ざとい人から連絡が入った。「提橋さん、さっそく何かうんちくを書くのでしょう?」と…。何を書こうかと考えていたところ、インターネットに佐賀新聞の「幻日」の写真が載っているという情報が入りました。
「幻日」
=県内トップユース= 幻日は太陽の光が大気中の氷の結晶(氷晶)に当たって屈折し、集まって起きる現象。太陽と水平の場所に光が現れる。太陽の上に円形の暈がかかったりもする。氷でできる高い雲が発生する秋から冬にかけて見られることが多いという。 県内では午前8時前から10時過ぎまで見られた。場所によって数や形は違ったが、佐賀市大和町では「3つの太陽」に加え、二重の暈、そして天頂環といわれる太陽の円とは反対向きのアーチも加わって見えた。 同町の県教育センター職員で気象予報士の内山隆文さんは「幻日はたまにある現象だが、二重の暈や天頂環もセットになることは非常に珍しい」と話している。 【写真】佐賀市大和町で見えた「幻日」。太陽の両脇に光が現れ、上には二重の暈、そして天頂環もみられた(13日午前8時57分撮影)=県教育センター職員・下川登志雄さん提供 佐賀新聞11月13日
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実際に太陽が3つになった訳ではなく、自然現象によるものであり、どうしてそのように見えるようになるのか科学的に説明されている。
ところが、仏法の上ではこれは「凶報」だという。
その昔、鎌倉時代、天変地異が相次ぎ、地震、疫病、飢饉などの災害が激烈を極め、国民の2/3が死ぬという状況で民衆の苦悩は筆舌につくしがたいものだったそうです。
日蓮大聖人は、こうした様相をご覧になり、正嘉元年(1257年)八月の大地震などをきっかけに、立正安国論を著述されました。
その大意は、「一切の災難の根本原因は、時の主権者(鎌倉幕府)はじめ万民が、正しい仏法に背いて邪宗邪義を信仰するところにある。このままでは、自界叛逆(じかいはんぎゃく=ないらん)、他国侵逼(たこくしんびつ=他国からの侵略)の二難が起きるであろう」との国家に対する一大警告だったのです。
その中で「凶報」」として2つの太陽が現れるということを書いているそうです。
文永九年(1272年)二月、大聖人の予言されていた自界叛逆難が現実となって現れました。それは執権・北条時宗と兄の時輔が政権を巡って争い、時輔が殺害されるという事件が起きたのです。
文永11年(1274年)になると、蒙古の使者がたびたび訪れ幕府を脅かし、その上太陽や明星が二つ現れる不思議な現象が連続してきました。
そして他国侵逼(たこくしんびつ=他国からの侵略)の難として文永11年(1274年)、弘安2年(1279年)、日本は蒙古の侵略を受けます。世にいう元寇です。この元寇を境に幕府の勢いは衰え、1333年に後醍醐天皇らによっておおよそ140年続いた鎌倉幕府は滅ぼされました。
では平成の「幻日」現象はどんな災難が起きるかと考えてみると、地震災害や景気の低迷、政治の混乱など明るいニュースが少ないのが現在の世相です。
東京では、ここへ来て鉄道の人身事故が増えているように思えます。
19日には、午前中、地下鉄東西線で、サラリーマンの帰宅時間の夕刻には、京浜東北線と中央快速線で人身事故。政治は国民生活の苦悩を感じていません。
その一方で、利権に群がる政治家や官僚の実態が暴かれています。「防衛費4兆円の利権」が大きな疑獄事件に発展しそうですが、国民医療費33兆円に潜む利権はもっと大きいでしょう。薬害が耐えないのも背景に利権が絡んでいるという説もあります。
21世紀、新世紀を迎えて、明るいことは何もない。平成の大不況は19年も続いていて、出口が見えない中で、国民生活の格差だけは間違いなく拡大した。
今、映画「続、三丁目の夕日」がヒットしているという。ヒットの理由は、単にあの時代へのノスタルジアではなく、あの時代を見直す動きがあるという。歴史街道という雑誌では「池田勇人と所得倍増政策」の特集が載っている。
「所得倍増」と聞いて、当時、そんな夢みたいなこと」と子供も大人も思ったことだろう。しかし、時代の先に夢があった。働けば生活が向上するという希望があった。
今の時代、「幻日」現象は、この上さらに国民に何の災難が起こるいう「凶報」なのだろうか? いいえ、「幻日」は、ただの自然現象。科学的に説明がつくのですから「凶報」なんてと心配しなくても、という声も聞こえてきます。
何はともあれ、体が資本。まずは自己の健康、家族の健康が第一! 還元水飲んで、人生の荒波など吹っ飛ばして乗り切っていくパワーを身に付けることです。