日本は侵略国家にあらず、戦前の地図を見れば誰でもわかる

(誤操作で消えてしまったようなので、再掲載)

 

 

2WW前の東南アジアの状況は図の通り。

東南アジアの独立国は日本のみ・・・・

東南アジアを侵略したのは西欧列強は明白

東南アジアは、西欧列強によりはぼ食いつくされ、残るは日本のみ

(タイは、英仏の緩衝地帯として残された)

 

日本が、植民地化されれば、東洋民族は、全て西欧の奴隷となっていた・・・・

帝国陸海軍は、これと正面から戦ったのだ。

 

常軌を逸した要求に追い詰められ、挑発され、とうとう戦争にされてしまった。

実力の圧倒的差は、いかんともしがたく、結果負けた。

 

西欧列強は、明治以降、西欧列強の日本への圧力は厳しかったが、

何とかしのいできた(日清・日露)。 これが、彼らのプライドを大きく傷つけた。

要は、いうことを聞かない日本が憎いのだ。

 

超大国「米国」と正面から戦った国は「日本」以外に無い。

極東の小国が、3年を越す長期にわたって死闘を続けたのだ。

帝国陸海軍の戦いぶりは、常識を超えた凄まじいものとなった。

硫黄島の戦いなど、日本の損害より、米国の損害が多かったのだ。

 

その功あって、負けはしたが、植民地にならずに済んだ。天皇制も維持できた。

彼らには、日米戦の惨状、悪夢の再現は心理的に耐えられない。

 

俺たちにもできる、東洋人が、白人アレルギ-の呪縛を解かれ立ち上がった

啓発された、東南アジア諸国は目を覚まし、すべて独立し現在に至っている。

 

この地図を見れば、誰でもわかる。しっかり見てほしい。

 

彼らが、侵略と言っているのは、「東南アジアを植民地化した西欧列強」を侵略した・・

こういうのは、通常侵略とは言わない。

 

真珠湾奇襲は、アメリカの「やらせ」だった

 

卑怯な奇襲、「リメンバ- パールハーバ-」米国の合言葉になっている

日本側の連絡が遅れたのは、日本側の失態であるが、この攻撃は奇襲ではなかった。

 

                 日本が攻撃する前兆(暗号書破棄)は4日前、

     宣戦布告、開戦の正確な時間を、約5時間前に承知

 

開戦前後の状況は以下の通り

1941年 

11.26  日本、ハルノ-ト~交渉打ち切り、12月7日13:00/東部時間 通告 決定

 

12.01  日本政府⇒米国日本大使館 暗号書焼却の準備指示   (傍受・解読) 

 

12.03  日本政府⇒米国日本大使館 暗号書破壊命令        (  々   )

      (まじかの戦争突入を意味する)

               

12.04  ワシントンの他、ロンドン、マニラ、香港大使館等 暗号書焼却指示 (  々  )

12.06  15:00 宣戦布告電文の受信開始

12.07   09:00  ル-ズベルト、日本宣戦布告の全電報解読 (東部時間)

           緊急会議等開催せず、ハワイへの連絡は、正午過ぎにあえて商用電で

           発信したためハワイが受信したのは、日本の攻撃の後となった。  

 

  

      

 

       ルーズベルトは、ある目的のため、あえて軍に通知

   せず、日本軍に先制攻撃をさせた。

    米兵2000名を犠牲にし、米艦隊に大損害を与えた 

 

 

 フ-バ-前大統領は、著書の中で「狂気の沙汰」と非難している   

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       Freedom Betrayed(裏切られた自由) 50年封印後、公開

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                                       何故か・・・・・・

 

 

 

      2WWは、1939年9月 ドイツのポーランド侵攻から始まった

      ドイツの勢いは凄まじく、欧州を短期間に制圧した

    

    ドイツに席巻されたイギリス、フランス、中国

              ⇒  米国の参戦を強く要望・・  

  

    1940年6月 フランス 降伏

         9月  日本、仏領インドシナ侵攻  援蒋ルート遮断(中国の補給路)

 

      ル-ズベルトは、欧州戦線に参加したかった

 

       ドイツに仕掛けてみたが、うまくいかない・・

   3国同盟の日本に着目した・・・・

   日本からの先制攻撃があれば、最高の参戦条件になる

      

 

    ル-ズベルトは

  「欧州の戦争には参加しない」公約にして 選挙に勝った。

 

   日本にに、なんとか先制攻撃をさせて

        欧州参戦の大義名分が欲しかった。

 

  

       このため、無理難題を押し付け、日本を挑発しつ続けた。

       譲歩を重ねる日本の和平交渉など、全くの茶番であった。

 

  

    結果は、 「リメンバ- ・パ-ルハーバ-」が米国を動かしてしまった。

 

     日本が、真珠湾の大勝利に酔いしれているとき、

    同様に、英米首脳も、歓喜の盃を挙げていた。

 

     ル-ズベルトは、強大な工業力を背景に、堂々と欧州戦線に加入する。

     更に、目障りな日本を潰す機会も得た。  

    

 

         戦後、フーバ-前大統領、マッカ―サ-占領軍司令官も、

         日本は自衛戦争だったとはっきり回想している。

             

    米国欧州参戦の口実作りに、利用されたともいえる

     

    ◎ ル-ズベルトの演説原稿は、前日に用意されていた。

   ◎ 太平洋艦隊の新鋭空母は、急遽の土日演習を命ぜられ 

      パールハ-バ-を離脱している。

 

       裏付け資料も次第に明らかになってきている。

 

    

 

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○ アラモの砦 守備隊全滅

○ フィリピン  艦船撃沈      被害実績を自ら作り、報復!                 

○ 真珠湾    奇襲される

 

リメンバ-・アラモ の形にもってゆく                         

アメリカの常套手段と言うのがわかってきた。

 

 

    

 

 

 

     

 

 

 

 

 

 

白人は、日本人が好き ??

 

日本人が気付かない、欧米列強の屈辱の歴史

特に、英国の悔しさは、その極致にある

 

 

第二次大戦前の東南アジアの様子

              ⇓

米国の圧力に耐えきれず、東南アジアに進出、この日本侵攻が

東南アジアの欧米を駆逐した。これが、東南アジア独立の契機となった。

1942年頃、日本の最大版図

 

 

 

第2次大戦前までは、アジアの主要部は英国が押さえていた。

イギリス、フランス、オランダ、ポルトガル、アメリカ・・・

東南アジアを抑えた英国等西欧列強は、何百年も間、世界に君臨していた。

 

英国 東インド会社設立 (1600年~ )

香辛料、綿織物、絹織物、陶磁器、茶などアジアの特産品を

ヨ-ロッパで売りさばき、莫大な利益を上げていた。

 

 

 

  数百年にわたり、栄華を極めた大英帝国等

  日が沈むことはないとまで言われた白人帝国を・・・

 

 

 

あろうことか、東洋の島国の黄色い猿が・・

 

現地の欧米列強を瞬時に駆逐し、

この数百年続いた統治システムを

崩壊させてしまった・・・

 

 

白人のプライドは・・・・地に堕ちた・・・・・

 

 

 

      日清・日露では、中国、ロシアを破り、

  英国皇室も天皇には表向き、

      敬意を払ってはいるが、

  内心・・・日本により、大英帝国・ヨーロッパ   

  諸国は、アジアを失い、2等国になった

     

 

  この屈辱、怒り、怨念・・・・

  第2次大戦を戦った、西欧列強の共通の認識である。

  

 

 白人の奴隷となるはずの黄色人種「日本人」に潰された

 日本憎し・日本憎し・日本憎し・・・

 

  この「屈辱・怒り」は、根深い「怨念」として今

 も残っている。

 

 

 

 

例えば、慰安婦問題

 

米軍は、、東京裁判のため、日本の悪事探しのため、徹底的に調査している。

その膨大な記録から、慰安婦、性奴隷と言った資料・記録は全く出てこない。

再調査調査報告書等から、その事実のないことは公表されていた。

 

    ヨ-ロッパや、米国の各州で慰安婦の像が立ち始めた時・・

    ヨ-ロッパ諸国、合衆国政府は、何も言わず、放置しているのである。

 

        同盟国の日本が、アメリカ、イギリス」、フランスで・・非難され侮辱されている

    日本人の子供たちがいじめられている・・

 

    「そんなことはなかったよ・・」、米国政府の一言で解決できたはずなのに

    何も言わない。不思議でならなかった。

 

 

  この「悔しさ・怒り」は、根深い「怨念」として・・・

 

    これだと悟った。 日本憎しの感情は、白人の根底にうごめいている

   

    紳士fだから、表向きは穏やかだが、内心にはこんな感情が渦巻いている。

    若い世代は、それほどのことはないだろうか・・・・・・・

 

  米国・ヨーロッパ諸国でのの反日プロパガンダは

 感情的に、受け入れられやすく

 反日にあえて異議を唱えない体質を持っている

 

 世界の主要国は、日本にそんな感情を持っている。

 これは、大切な認識であろうと思う。

 

 

 連合国戦勝史観の妄想 (ヘンリ-スト-クス著 祥伝社) から

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

太平洋戦争の真の敗因は

 

永野軍令部総長

山本五十六連合艦隊司令官の

裏切り行為だった

 

太平洋戦争の敗因は

東条率いる「帝国陸軍」の無謀な暴走であり、

国民はその被害者であった・・・ 

と私たちは教えられた。

 

 

日本の英知を集めた帝国陸軍は

本当に常識のない馬鹿だったのか

 

真実は全く異なるようである。

 

 

 

 

日本を敗戦に導いたのは、

帝国陸軍の暴走ではなく、

近衛首相と

海軍~永野海軍軍令部総長、

山本五十六連艦隊司令長官が

 

共産革命工作にのってしまったことにある

 

結果、日本に対する裏切り行為となった。

 

近衛首相は、共産主義の信奉者であり、その側近も同様であった。当時の政府中枢は共産党工作員の手中にあった。

 

この功績により海軍には戦犯はいない

戦後も高い評価を受けた

 

 

 

 

 

陸軍の当時の戦略見積もりの結論

(秋丸機関)

 

南方の石油を確保したのち、

インドの制海権を取り、英国と戦う。

合わせて、蒋援ルートを遮断する

 

併せて、フィリッピンで米国ともめれば、直ちに

返還、米国との摩擦は最大限避ける・・

(米国の経済力=日本の20倍)

 

          (昭和20年6月大本営決定)

 

 

この形で、陛下から開戦の承認を得ている。

 

この判断の中、何故「真珠湾攻撃」がなされたのか??

 

結論は、端的に言えば

 

① 近衛文麿首相 と 山本連合艦隊司令官

   の裏切りであった

 

② 日米を戦わせ、負けるであろう日本に

      共産革命を起すことが狙いであった

   (敗戦革命理論)

③ 彼らはコミンツエルン(国際共産主義)

   の工作に沿って行動した

④ ルーズベルトも同様であり、その連携は成

  功している

 

 

     近衛首相は、山本五十六の真珠湾攻撃に

  火をつけ、マスコミで日米戦争を煽る・・

  

  この「真珠湾攻撃」実施の段階で

  米国との戦争は不可避となり、

  この時点で実質、日本の敗戦も決まった

 

 

 

  「日米開戦 陸軍の勝算」  林 千勝 著

  一読をお勧めします。

 

  一次資料に基ずく詳細な積み上げです

  「東京裁判史観」を覆す快挙!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

   

 

 

 

 

 

   原爆は、戦争を早期終結させるため・・  も嘘だった

 /47年の沈黙を破って フーバ-著 「裏切られた自由」

 

    

(終戦までの流れ)

1943年1月 カサブランカ会議 ル-ズベルト、枢軸国に対し無条件降伏を要求を発表

1944年7月 サイパン陥落 (日本本土空襲可能となる)  

 

              ここでほぼ勝敗は決まった

              サイパン陥落以降、戦争終結への模索 

 

1945年2月 ヤルタ会談  ソ連参戦に合意

     3月 東京大空襲という無差別爆撃

         フィリピン陥落

     4月 沖縄上陸

 

    戦争終結への動きが活発化する  (和平努力へ向かう)

 

     4月就任の東郷外務大臣は、日ソ中立条約のソ連に対し和平斡旋を依頼   

        ソ連は全く無視 (同年2月ヤルタ会談にてソ連参戦が決まっていた)

 

     5月 ドイツ 無条件降伏

     7月 ポツダム宣言 (日本への無条件降伏勧告)

         日本はソ連の仲裁に期待していた・・・

 

     8月6日・9日  原爆投下

 

 

 

    フ-バ-大統領の主張 (裏切られた自由)/前大統領

     (共和党)

     1945年5月、6月、7月 日本は白旗を掲げ、ベタ降りの和平交渉を求めたが

     ル-ズベルトは、これをすべて無視した

     日本は、天皇の地位保全さえ認めれば、いつでも受諾の用意があった。

 

     極端な「無条件降伏」の要求が、戦争終結をいたずらに伸ばしてしまった。

    

     

    ル-ズベルトの3つの大罪

    ① 欧州参戦のため、日本を戦争に巻き込んだ、ルーズベルトが戦争を仕掛けた

    ② 41年の日米和平交渉以降、日本側の和平努力をすべて潰した

    ③ 45年に原爆を使わず、早期に日本を降伏させるこは十分できた。

    

     日本の真珠湾奇襲を知ってて、放置   ・・・ 狂気の沙汰と非難している

 

 

  アメリカが原爆投下に踏み切ったのは

  アメリカの歴史において、未曾有の残虐行為であった。

  これは、アメリカの良心を、永遠に責め苛むであろう・・・

  私たちアメリカの恥ずべき行為として、永遠に残ってしまった・・・・と悔やんでいる。

 

米大統領経験者による、東京裁判史観の否定が、初めて世に出た。

これは、日本、日本人にとって、画期的意義のあるものである。

 

戦後、47年間、隠されきた、元米大統領の告発

 

元大統領が告発するアメリカの責任とは

フ-バ-大統領が明かしたルーズベルトの裏切り

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      新興勢力「ソ連」に対する威嚇、アメリカの覇権を世界に示すためと思われる

            原爆を市街地に落とす必要は全くなかったのだ。

            海上爆発でも、その効果は十分あったと思われる。

 

(太平洋戦争の大嘘 藤井厳喜 著)

 

   ※ ルーズベルトは、国家統制による経済に関心があり

      共産主義を容認する考え方が強かった。

 

      日本を徹底的に破壊しつくして、

      日本敗戦後 ⇒ その混乱の中「日本を共産化」する意図もあった? 

 

 

 

 

 

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札幌近郊には、フクロウがいるのだ・・・・・

 

12月~1月、札幌近郊、野幌森林公園でエゾフクロウを見ることがでる。

いかにもおとなしそうなフクロウだ。

こんな近間で、野生のフクロウを見たのは初めてだった。ちょっと興奮!

 

心無い写真家が、飛び立つところが撮りたいと石を投げたことがあった。

しばらく来てくれなかったが、やっとまた来てくれた。よかった!と

 

こんな素晴らしい撮影ポイントは荒らさないようにしたいものだ。

 

 

 

 

 

 

 

組織の秩序を見る場合の大原則

注意深く、2-3回、読んでみよう。

 

      共通の権力のないところには、法はなく

      法のないところには、不正はない

 

          ホッブス(1588-1679)著「リバイアサン」により提示された。

 

 

     現在、世界共通の権力は、あるのだろうか

 

 家庭の場合、両親の考え方が、家庭の法(ルール)になる。

 日本という国家の場合、政府が共通の権力を持ち、検察庁が執行する。

 

 世界の場合はどうだろうか、国際連合が共通の権力の様には見えるが??

 世界共通の権力(軍事行動)の執行機関は、安全保障理事会である。

 

 安全保障理事会に、正義を追求し、軍事行動をおこす機能があるのだろうか。

 回答は否。 現在、常任理事国の拒否権により、国連は全く機能していないのだ。

 

    ※ 現在の理事国と拒否権

    常任理事国    アメリカ、イギリス、フランス、ロシア、中国 の5ケ国

    非常任理事国   (細部省略 世界5地域より選出、連続再選なし)

    拒否権  常任理事国に与えられた権利で、1国の拒否権で議案不成立となる

      

    拒否権は、過去500回を超え発動されている ⇒ 要は、何もできない

    拒否権ため、逆に常任理事国の利益を擁護する組織になってしまった。

 

    常任理事国の利害にかかわる事項は、何もできない

   結 論   現在、世界には共通の権力はない

 

  ホッブス流に言えば

  「現在の世界には法はなく、法のないところに不正はない」

 

  極論すれば、現在の世界は無法状態なのだ。

 

   中国(常任理事国)が、チベット、東トルキスタンに侵攻し、南

  沙諸島を埋め立てて所有権を主張しても、何もできない。

   

  今の世界には、正も不正もない。

  中国は、このことをよく知っている。

 

       インド 、 ブータン、 日本

     現在、中国が領土問題を持ち出し、係争中の国々である。

  

 

   平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して・・作られた日本国憲法が、 

     いかに非常識であり、危ういものなのか理解できるだろう。

 

    1945年8月15日 終 戦  

   2WW終了後4年~

   1949年~現在    東トルキスタン 侵攻

   1950年~現在    チベット 侵攻

 

 

 中国や北朝鮮のような

 平和を愛する諸国民の公正と信義を信頼して日本国憲法  

 を・・・・

 

 おかしいと思わない??     

 

  

 

 

                                                              

 

 <面白国防ビデオ>

 

 

 

 

 

 

現在、中国は、核心的利益の形として

第1列島線、第2列島線を、戦略上の重要目標に設定している。

 

核心的利益・・・

第1列島線 ⇒ 第2列島線 であると公言してはばからない。

 

私は、この図に大きな違和感を感じる。

第1列島線は、日本の南西諸島をすべて含んでおり

第2列島線は、関東付近まで含むこととなる。

 

これに対し、政府は認めたわけでもないのに

何も反論はしていない・・・・

 

 

第2列島線の前提?

こんな地図が数年前からネットに多数出回っている

 

(赤線、第2列島線:筆者記入)

 

東海省の保有が、第2列島線の前提には見えないだろうか。

 

日本に攻めてくる国なんかないよ・・・・・と知識人は言う。

しかし、そうでもなさそうである。、

 

中国は、静かにつぶやく・・・

 

世界の状況は、どんどん変化している。

我々は、原爆は怖くないよ、1億死んでも特に影響はない。

人類は平等だとあなたたちは言う。

世界は一度、人口に応じた陸地を再配分すべきだろう。

                 又は、移民の自由を認めるか・・・

何んとか、平和的に解決したいものだ。

特に 日本は、北半分でいいのではないだろうか?

 

こんなことを言い出す可能性は相当」高い

 

 

<面白動画>

 

 

 

戦後の ”WGIP”と ”Press Code for Japan

 をご存じですか

 

WGIP : ウオー・ギルト・インフォメ-ション・プログラム

 (War Guilt Information Program)

  (戦争を起こした罪悪感を、日本人の心に叩き込む計画  1945~7年間実施)

  (検索でいくらでも出てきます)

 

内容は

① 日本が悪かった           喧嘩両成敗は、日本では常識ですが

②、軍人が暴走した            一方的に7年間徹底して教育・洗脳されました。

③ 皆さん(国民)は被害者だ   

 

          この教育、解説で日本中が埋め尽くされました     

           また下記↓により、その反論は一切許されませんでした

 

 

 

+ この中に「プレスコ-ド」Press Code for Japan/報道規制事項) があり

  以下の事項が禁止されました。(発刊物は日本人によって詳細に検閲されました)

 

 

      「プレスコ-ド」により禁止された事項

 

 ① SCAP(連合国軍最高司令官もしくは総司令部)に対する批判

 ② 極東国際軍事裁判批判

 ③ GHQが日本国憲法を起草したことの言及 と 成立での役割の批判

    ◎天皇制維持と天秤にかけられ受諾、まさに敗戦の屈辱を象徴する憲法です。 

 ④ 検閲制度への言及

 ⑤ アメリカ合衆国への批判

 ⑥ ロシア(ソ連邦)への批判

 ⑦ 英国への批判

 ⑧ 朝鮮人への批判         ◎ 戦勝国等の批判は一切禁止= 言論の自由なし

 ⑨ 中国への批判

 ⑩ その他の連合国への批判

 ⑪ 連合国一般への批判(国を特定しなくとも)

 ⑫ 満州における日本人取り扱いについての批判

 ⑬ 連合国の戦前の政策に対する批判

 ⑭ 第三次世界大戦への言及 等・・・・・     全30項目                                           

 

 

 このため、ラジオ、テレビ、新聞、雑誌等での連合国側の批判は一切できなくなり、

 学校の教科書、書籍等も、米国に不都合なものは、すべて焼却され(焚書)、

 その使用・流通もは禁止されました。 

 

   よって、当時日本がどう考えていたかといった書籍はほとんど残っていません。

  善意による復刻版に頼るしかありません。

 

 更に、 この趣旨に賛同する人が、要職 (政治家、教育者)に登用されたため、

 この形は継承され、「日本が悪かった」 史観は、現在に至るも、いまだ残っているのです。

 

 

 まだ皆さんの記憶に残っているかと思いますが

 2008年、自衛隊の航空幕僚長の田母神俊夫氏は、「日本は悪くなかった」といった

 趣旨の懸賞論文を発表し、最優秀賞を獲得しましたが、政府の考えと異なるとし、更迭

 されてしまいました。

 

 

  戦後70年近くたった時点においても状態でした。

  敗戦直後は、仕方ないとしても、米国の認識も相当変わってきている(共和党)

  現在、日本の考えを主張する時期には十分来ているようにも思います。

  ただ、国の防衛を米国に依存した状態で、相手の嫌がる、米国の批判は、なか

  なか言えないのも現状です。

 

 

 

(当時の状況)

 

From:西鋭夫
マッカーサーの日本占領で大きな業績は、マスコミに言論の自由を与えたことです。

敗戦まで15年ほど……日本軍による痛いような検閲が行われていましたので、これは非常に大きいニュースでした。それまで、書きたかったことを書けなかった日本のマスコミ。解放された喜びでワッと記事を書きました。


しかしそれを読んだマッカーサーのGHQ、動転するどころか、激怒です。

早速、日本の新聞社の社長さんを呼び出して、「お前たちは自由をはき違えておる」とお説教。

そこで社長は「わかりました」と言うのですが、それぞれの新聞、雑誌がまた同じようなことを書くのです。


それでマッカーサー側は「こいつらは言論の自由というのを理解してない」と、プレスコードを出します。本当のニュースしか発表しちゃいけない。占領軍について悪いことを一言も言ってはいけない。公共の秩序を乱すような言葉や記事や社説は書いてはいけません…と10ヵ条。
=====


こうして始まった、GHQの検閲。開始からわずか5ヶ月の間に、GHQが拒否した新聞記事は670にも及んだといいます。
その徹底した検閲の目が向けられたものの1つが「原爆」でした。


1947年4月に行なわれた広島市長選では、原爆について肯定的なことを言わなかった候補者の話の最中にラジオの放送中止命令が出され…
当時の原爆報道では「原爆は、戦争を短縮したのであり、平和のために投下された」という記事だけが許可され…
被爆地・広島と長崎の惨状を記録するために製作された映画は、GHQに提出され、直ちにワシントンに送られ…日本に返還されたのは20年以上経った後のことでした。


もちろんこれはほんの一部に過ぎません。新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、映画、果ては政治家の演説まで…
ありとあらゆるメディアが検閲対象となり、GHQにとって都合のいいことしか言わないように徹底的な「しつけ」が行われたのです。


そしてこのGHQのメディア支配は、決してすでに終わった昔の話ではありません。
朝から晩まで続く芸能ニュースや、チャンネルを変えても申し合わせたかのように同じ論調が続く各社報道など…占領が終わって約70年たった現在でもなお、その影響は残り続けています

 

 

 

  

中国共産党の「二分法」って何だろう。

 

毛沢東、周恩来は、敵を倒すことより、敵をどう使うかといった発想が強い。

これを「用敵」といい、彼らは用敵に極めて長けているのである。

 

その一つの形が二分法である

二分法とは、対象国の国民を二つに分類する。 加害者と被害者

 

一つは、権力を持ったグル-プ             (例えば旧軍)          

一つは、その力により被害を被っているグル-プ (例えば徴兵される国民)

 

ブルジョアとプロレタリア、軍国主義者とその被害者として、二分して

その片方を味方につけるのである。

 

日本と戦いながらも、

我々は、虐げられている皆さん(国民)のため、帝国主義の日本と戦っている。

私たちは、あなた方を帝国主義者から開放するため、日本と戦っている。

 

相手の勢力を2分し、反目させて、自滅に追い込む。

要は、敵同士を戦わせて、漁夫の利を得る巧妙な手口である

 

このため、例えば、日本軍捕虜の取り扱いにおいては厳しい規制が設けられた。

「優待」と呼ばれ、日本人捕虜を 「優遇する」 これは、党の方針だったのだ。

 

通常拷問、強制労働のところ、車に乗せ、食事も別、希望によっては原隊に返す・・

その手厚い処遇に、恩義を感じる日本人は、心を許し、やがて恩返しとして協力を惜し

まない。 日本人の場合は特にこれが顕著だという。

 

  その段階は次の通り。(詳細にマニュアル化され、幹部が保有)

  第1段階 相手を手厚く、友人として扱う

  第2段階 捕虜の反戦組織を作り、日本の侵略反対への思想改造

  第3段階 捕虜自身の活動として、プロパガンダ、後方攪乱の実施

  第4段階 帰国後、党の工作員として活動させる

 

  毛沢東は、この手法により、蒋介石との戦闘において、日本人捕虜と武器を

  最大限活用し勝利した。同時に、米国の取り込みにも成功している。

 

 これを、敵の中に育てることにより、、中国共産党の貴重な戦力として活用する。

 

 日本を軍国主義者とその被害者に分ける「二分法」はルーズベルト政権にも伝わり、

 その後の東京裁判史観の基本的考えに育ってゆく。

 

 戦後の教育、憲法解釈・・、この手法で処理された。

 結果、軍と民は離反し、今だ、憲法も変えられず、自衛隊も中途半端のままである。

 

 中国で優遇されるのは、相手方の好意ではなく、党の基本的方針、命令なのだ。

 そして、自分も気づかないまま、洗脳の罠に堕ち、利敵行動をとってしまう・・・・

 

 極めて巧妙な戦略であり、当然現在も続いているのである。

 ハニ-トラップもその一形態、超優遇の裏には、脅迫も当然ついてくる。

 

      中国の厚遇は、「用敵」の第一歩 !

 

        又、共産党内に置いても、この二分法は適応され、「敵」にされた党員は、

        粛清を逃れられない。党内の抗争が激しいのも、この二分法が戦いの定番

                  になっているからである。