先日、妻の調子がよろしくありませんでした。
色んなことが重なった結果ではありますが色々な原因のうちの中の主因として僕が家の大事なことを一人で考え一人で答えを出し、一人で納得しているという事への不満が溜まったということがあります。
今、家を買おうかどうか、買うので有ればどのような家をどのように買うのが良いのか、今後の生活に与える影響はどのようなものがあるのかを悩んでいるところなのですが、それらを僕一人で考えていて、妻と共有し共に考えて答えを出すという事をしていない事に気がつきました。
家庭における妻と夫は一家の共同経営者であると思います。
そのように考えた場合、課題を共有せずに、夫が見つけた課題を夫だけで考えて結論を出して、妻ははそれに従うだけというのはあまりに妻に対して酷いのではないかと思いますが、僕がしていたことはまさにそういう事でした。
妻は妻なりに、夫は夫なりに家庭の事を日々考えて悩んでそれでも決断を下しながら毎日を過ごしているはずです。何故、悩み考えて決断を下すかというと今をより良くしたいという思いがあるからではないでしょうか?
夫の悩みを妻も悩み、妻の悩みを夫が共に悩むことで二人又は一家にとってのより良い決断に近づくのではと思います。
妻だってそのプロセスに参加したいし、参加して当たり前なのですが何故か僕はそれをさせませんでした。
そりゃあ妻としては不満が溜まると思います。
だって妻としても大事な課題の検討と決断に参加したいのにさせてもらえていないんだから。
文字にすると改めてよくないことをしてしまったんだなと反省しています。
一人で悩むより二人で悩んだ方がより良い決断ができるかもしれませんし、より良い決断以上に夫婦で一つの課題に向き合う事を重ねる事自体が大切なことかもしれません。
20年後、30年後もより良い関係でいるために今できることすべきことの一つが、夫婦で共に悩み考え決断することかなと思っています。
ここまで読んで頂きどうもありがとうございました!
今度は何故夫は一人で悩むのかについて考えてみます。