ある日の夕方頃のことだった。私の部屋のふすまを母がノックし、『なに?』と振り返ると母がふすまを開け、『フフ、ラヴレターよ』とニヤニヤしながら1枚のハガキをひらひらさせていた。
そのハガキには【ケイノ】と書かれていた。そう。あの小学生時代の恩師のケイノ先生からの手紙だったのである!
私はさっそくケイノ先生に手紙を送り、数日後、数年ぶりに再会することになった。
━━1995年の8月頃だったと思う。外は夏真っ盛りで、強烈な太陽の光が私の全身を照らしていた。
と、そのとき、すらりとした女性の姿が目に飛び込んできた。ケイノ先生である。
「お久しぶりです」彼女はやさしく微笑みながらいった。
一方、私は『ど、どうも』といいながら、ぎこちなく頭を下げるだけだった。
それからケイノ先生の車でファミレスに向かう。
「メシアくんからの手紙を読んでびっくりしたのよ。どうすればこんなふうに書けるのかなーって」
どうやらケイノ先生は私の文才に舌を巻いたようである。
「ただ、内容のほうはちょっとショックだったけど……」
私は手紙にこれまでのいきさつや、現状などを軽くまとめて書いたのだ。その内容にケイノ先生は言葉を失ったみたいだった。
ファミレスにつき、私たちは少しずつ雑談をふくらませていった。
「メシアくんは今、小説を書いてるんだ?」
「まあ、そうです……」
「いったいどういうものを書いてるのかな?」
「そうですね……【人間とはなにか】━━ということですかね……」
「人間とはなにか?」ケイノ先生は不思議そうにくり返した。
「主人公の少年は……人間をすごく憎んでいて、人類を滅ぼそうと考えているんです」
私の言葉にケイノ先生は目を丸くした。
「……あの、あまりへんな目で見ないでくださいね。私なりに真剣に考えてのことなんです……」
「ううん、へんじゃないわ」ケイノ先生はいった。「それはとてもすごいことよ。すごいことだと思うわ」
「そ、そうですか……」
「私がメシアくんくらいの年の頃、そんなこと微塵も考えもしなかったもの」
それから私たちはファミレスを出、ケイノ先生が現在つとめている学校を訪れた。
学校内は夏休みのためひとっこひとりいず、私はケイノ先生とふたりきりで職員室で話をし出した。
が、私にはまだコミュニケーション能力が戻っていず、ケイノ先生がいろいろ話をふってくれるのだが、それに対して一言二言返して終了という感じだった。
そういえば以前、ひきこもりから脱した青年をテレビで見たことがあった。そしてスタジオの出演者が『テレビの前のひきこもりに苦しんでいる人たちに、なにかメッセージをお願いします』というのだが、元ひきこもりの青年はなにも言葉を発することができず、カメラの前で延々と無言のままでい続けた。
ほとんどの人がそんな彼を笑うのだろうが、私はそれを見て『わかるなー、彼の気持ち』と同調していた。
いいたいことはそれなりにあるのだが、何年も人と口をきかない生活をおくると、どうしても言葉が喉から出なくなってしまうものなのである。
いつまでも続く沈黙。そのとき、ケイノ先生がいった。
「ある子から、メシアくんが学校にこなくなったっていう話を聞いて……」
「はあ、そうですか……」
スーパースターの私の不登校を耳にして、ケイノ先生もさぞや驚いたことだろう。
「中学で一緒になった他校の子たちって、どういう子たちだったの?」
「そうですね……どれだけ人をうまくバカにできるか、それによって立場やステータスがきまるというか……」
「一部でしょ?」
「まあ、いい人もいましたよ……」
それから私たちは別れたのだが、絶望から脱却できたもののまだまだ強烈な苦悩に苛まれていた私にとって、この日のケイノ先生との再会は非常に新鮮な気持ちにさせてくれるものだった。