2次予選進出をきめたニールだったが、彼にはひとつだけ心残りがあった。
「飛行機のチケットが高くて、母を会場に呼ぶことができなかったんです。見てもらいたかったのに残念でした」
そしてむかえたラスベガスでの2次予選。司会者の声が響き渡る。
「ミズーリ州からやってきたニール・E・ボイドです!」
ステージに立つニール。しかし彼はあえてクラシックではない曲を選んだ。
ケイズ・ラロシ・サバン作詞作曲≪Mama≫
ママ、ボクを生んでくれてありがとう これまで本当にありがとう
今まで言葉に出していったこともなかったし 忘れていたときもあった 許してほしい
ニールの歌声を会場で聴く客の中に、なんと母エスターの姿があった。実はニールの地元サイクストンの住民がなんとか晴れ姿を見せてあげたいと募金活動し、会場に行くチケット代をつくってくれたのだ。
長年、人種差別が続いていたサイクストンの街を、ニールの歌声が変えつつあった。
エスターに見守られたニールは2次予選、準決勝と勝ち抜き、ついに決勝の舞台に立った。
優勝を争うのは細見のハンサムな白人シンガーソングライター。ふたりのルックスはあまりに対照的だった……。
司会者が口を開く。
「優勝者は……」
観客とテレビの前のすべての視聴者が固唾をのむ。そして司会者が沈黙を破った。
「ニール・E・ボイド!」
その瞬間、ニールは涙を流して喜びを爆発させた。祝福する優勝を争ったシンガーソングライターの青年。
ニールは司会者にマイクを向けられ、テレビカメラに向かっていった。
「お母さん、愛してるよ!お母さん見てる?愛してます!」
エスターはいう。
「幼い頃から我慢ばかりさせてきました。でも、あの子はけっして負けなかった。ニールは私の誇りです」
母に捧げる歌≪Mana≫を収録したニールのデビューアルバム≪マイ・アメリカン・ドリーム≫は全米で500万枚の大ヒットを記録。ニールはいう。
「母がいたからこそボクは差別に負けなかった。子供の頃は自分の境遇を恨んだこともあった。でも今はボクを生んでくれた母に心からこういいたい。“ありがとう”と」
“黒いポール・ポッツ”ニール・E・ボイドの奇跡 終わり