アメリカ・アイオワ州の小さな町スペンサー。町の中心に位置するダウンタウンの商店街には、今も懐かしさの残る建物が立ち並ぶ。
その商店街の大通りからほど近い場所にスペンサー公立図書館がある。
2006年まで図書館の館長をつとめていたのはヴィッキー・マイロンという女性。物語は彼女が館長に就任したばかりの20年前にさかのぼる……。
━━ときは1980年代後半、不況の波に襲われたアイオワ州の銀行はのきなみつぶれ、農地の値段も大暴落。労働者が多く“ブルーカラーの町”と呼ばれていたスペンサーは工場が相次いで閉鎖され、失業者であふれ返っていた。
「それじゃあな」一組の夫婦の夫が、知り合いのレストラン経営者の男に別れを告げる。
「どうしても行ってしまうのか?」
「ここじゃやっていけない。生きるためだ……」そういい残して男は妻を連れてスペンサーをあとにした。
彼らの背中を唇をかみしめて見送るレストラン経営者夫婦。
多くの人がスペンサーを離れ、数年間でスペンサーの人口は1万1000人から8000人に激減していた。
また、あるところでは主婦たちがこのような会話をした。
「今度は食品工場がつぶれるらしい。また失業者が増えるわ」
「裏通りのレストランもつぶれたって聞いたわ……」
もはや暗い話題が人々のあいさつ代わりになっていたのである。
さらに━━。
「やめてくれ!」
ひとりの中年男性が人通りのないところで若者たちに殴打をくわえられていた。
「少しは金持ってんだろ、出せ!」若者たちはそういいながら中年男性を暴行し、財布を奪ってその場を去っていった。
町の治安も悪化する一方であった……。
世の中全体が暗く沈んでいた1987年の冬、ヴィッキーは市議会に足を運んでいた。
「内装をきれいにして、新しい本も書い足して、図書館をもっと気持ちよく利用してもらいたいんです」
そう提案するヴィッキーに市議会議員が顔をしかめていう。
「図書館にお金だと?冗談じゃない。町の経済は破綻しているんだぞ!」
ほかの議員もいう。
「この町に今必要なものは図書館じゃない、仕事です」
彼らにヴィッキーはいった。
「仕事が大事なのはわかってます。ですから就職情報を提供したり、履歴書作成できるようにパソコンも導入しました」
「だったらそれでいいじゃないか」
「いえ、こういう厳しいときだからこそ、フレンドリーで癒される場所が必要かと」
しかし市議会議員はつっぱねる。
「図書館を変えたくらいで町が変わるとは思えんな」
「これ以上失業者が増えたら、すべての予算を救済にまわすべきですね」
「それに図書館がなくたって人は死にはしない。なんならつぶしてしまったっていいじゃないか」
言葉をなくしてため息をつくヴィッキー。不況の魔の手は小さな町の図書館にまで忍び寄っていたのである……。