まだ、ひんやりとした空気が広場にみなぎっています。
メヒシバ、スベリヒユ、カヤツリグサ、カタバミ、コマツナギ・・・・
足下の小さな草たちの葉先には、夜露が集まり、小さな滴となり、
その中に、朝日が閉じこめられているのが見えました。
屈折して虹色に輝く朝日は、滴の中でくるくる廻っているようにも見えました。
少女が、足を一歩踏み出すたびに、
虹色の光は、ひんやりとした空気の中にはじけて消えていきます。
夏休み、近くの広場に集まってみんなでラジオ体操。
早朝の広場の端っこの草むらの中、体操が始まるまで、
サンダル履きの裸足を濡らしながら、虹色の滴が消えていく様を見るのが、
少女の毎朝の楽しみでした。
11歳の夏休みです。
ラジオ体操とドッジボールの練習が終わる頃には、
今日の暑さを予感させるジリジリとした空気が、そこまで忍び寄ってます。
小さな草たちの葉先に、滴はすでになく、
ノカンゾウ、ヤブカンゾウ、ドクダミの葉の上に、
小さくなった水玉が、コロンコロンと揺れるばかりです。
お腹が空いたなあ。今日の朝ご飯は、ふんわり甘い卵焼きだといいな!
家路を急ぐ少女。
おみそ汁の優しく温かい香りが鼻腔をくすぐると同時に、
お陽様色の大きな姿が、目に映り込みました。
少女は、今日もにっこりです。だってそうでしょう。
手塩に掛けて育てた向日葵です。
背丈は、少女の2倍ほど。大きく大きく育ってくれた向日葵です。
花径は30cm以上も。大きな大きな花を咲かせてくれた向日葵です。
通りかかる人がみんな立ち止まり、見上げては、「ほうっ。」と言ってくれる向日葵です。
8歳で蝦夷菊の種を蒔き、ガーデニングに目覚めた少女は、
9歳の時は、美女撫子の種を蒔きました。
10歳の時は、貝殻細工と前の年に採った美女撫子の種を蒔きました。
50cm四方の花壇は、もう手狭です。
でも、今年は違う。
春先に、広いお庭のある二階建ての家に引っ越したのです。
母が、、庭の半分を好きなように使っていいと言ってくれたのです。
美女撫子に貝殻細工、ダリアとグラジオラス、
種袋の絵を見て一目で気に入ったピンクのローダンセ、
少女の花好きを知って、近所のおばさんが種を分けてくれた名も知らぬ花、
そして、向日葵が今年のお花たち。
少女はとりわけ、向日葵にご執心。
始めっから立派な花を咲かせたくて夢中なのです。
その理由は、・・・・・・・・・。
学校の図書室で第一巻から順々に借りている「少年少女世界文学全集」。
分厚い本の扉を開けると、必ずそこに世界の名画がありました。
花瓶に活けられ、水色の背景に浮き上がる12本の向日葵。
少女は、ゴッホの「ひまわり」に一目惚れしていたのです。
「糸杉」や「アルルの跳ね橋」も好きでした。
ゴッホ先生の筆致をまねて写生画を描いたら、
絵画展で入賞し、ますます好きになりました。
だから、どうしても尊敬するゴッホ先生にあやかりたくて、
向日葵にご執心だったのです。
それと、もう一つ・・・・・・・・・・でも、今はまだ内緒。
子供用の園芸書などありません。
少女は、周りの大人達の会話の中にアンテナを立てていました。
「種を蒔いて芽が出たらね、間引きをするといいよ。」
「芽が伸びてきたらね、土を根元に寄せてやるといいよ。」
「油粕はね、そのままやると肥料やけをおこすことがあるよ。
一升瓶に油粕と水を入れ、しばらく置いてからやると効くのがはやいよ。」
どれもやってみました。
特に効果があったのは、油粕の腐った臭い臭い液肥。
こんなに大きな花を咲かせてくれたのです。
8月26日
夏休みが終わった次の日、少女は、大切な向日葵の花を数本切りました。
包み紙で包み、リボンを結んで、花束を作りました。
今日は、母の誕生日です。
後ろ手に持っていた花束をそっと差し出しました。
♪♪ お母さん、お誕生日おめでとう ♪♪
11歳の少女は、雨の日には水やりをしなくてもいいことを既に知っています。
間引きや土寄せ、肥料やけのことも知ってます。
もう立派な green fingers (or green thum) の卵でした。
注釈) 英国では園芸に才能のある人、上手に植物を育て人るを
green fingers とか green thum と呼ぶそうです。