ミヤマホタルブクロ (nmvc. K氏撮影・提供)
真っ青なお空には、白い雲がプカリプカリ。
ピーチクチクピー ピーチクチクピー
樹上から聞こえる小鳥のさえずりに誘われて、ふと見上げると
幾層にも重なる柔らかい緑の若葉を透かして、光の筋のように降り注ぐ木漏れ日が、
大きな大きなギシギシの葉っぱの上に止まるのが見えました。
葉っぱの上では、おひさまのスポットライトを浴び
クルクルと踊るがごとくに動き回るナナホシテントウムシ。
二匹の白いチョウチョが、仲むつまじく目の前を横切っていきました。
そよ風も、少女の頬をなで、
道ばたの青々茂る草たちを さわさわと揺らしながら通り過ぎていきました。
雑木林の小道の陽の当たる場所には
ヘビイチゴの赤い実が、緑の絨毯にちりばめられた宝石のように輝きます。
白い野バラの甘い香りに誘われて、ミツバチたちが小刻みに羽を震わせます。
buzz buzz buzz buzz
優しく香るシロツメクサの白い群がりが、目に飛び込んできました。
『明日、お母さんに花の冠を作ってあげよう。』と、心に誓う少女でした。
『あっ、まぶしいな。』
突然開けた視界の向こうに見えたのは、牧場の柵。
どこからか、のんびりとした声も聞こえてきます。
moo moo moo moo moo
目的地はもうすぐです。
今日は、幼稚園の遠足。少女は4歳。
柵沿いの小道を 牧場目指して歩く子供達。
虫を見つけては、捕まえようと追いかけ、
小川から飛び出すカエルに驚き、
オタマジャクシをとろうとして、水たまりにはまり、
仲良くおててつないで、歌を歌い、
カワラナデシコ、レンゲ、カラスノテッポウ、ムラサキケマン、ウマノアシガタ・・・
野の花を摘んでは、大好きな先生にプレゼント。
もうすぐ牧場に着くワクワク感に、少女の胸も膨らんでいました。
その時です。
柵を乗り越えて、行く手の道にしだれるあれが目に映ったのは。
赤紫色の大きなフクロのようなものが三つ四つ、
俯いて、風にゆれています。
始めて見るお花です。
一瞬にして、周りのすべての景色が消えました。
少女の目には、その不思議な花しか映りません。
『ああ、あれ、お家に持って行きたい。お母さんに見せてあげたい。』
手を伸ばそうとしたとき、先に伸びた手がありました。
前に並んでいた、T君の手でした。
「あっ、だめ。とっちゃ。お花、可哀相だよ。」
少女は必死で叫びました。
T君は、慌ててのばした手を引っ込めました。
T君がひるんだ瞬間、手を伸ばしたのはもちろん少女です。
右手にしっかり、ホタルブクロの一枝を握っていたのです。
「あっ、とーちゃった。とっちゃったー。せーんせに、いっちゃうぞ。」
子供達に周りを囲まれ、ワーンと泣き出す少女。
楽しい思い出となるはずだった遠足が、・・・・・・・・。
その後半世紀が経っても忘れられない思い出の一ページになりました。
そしてこの日、少女は人生の大切な教訓を学んだのでした。
※ この物語は、ノンフィクションですが、
一部記憶の不鮮明な部分はフィクション化しています。ご了承下さい。