【2024盛夏・濃尾-その6】雨は止んだが
予選3回戦は、17時10分からの予定だが、このペースだと16時半前には始まってしまうかも知れない。それでも4時間近くはありそうなので、予定通り稲沢市内でのテーリングを行うことにする。 再び奥田駅に戻ると、13時01分発の普通・名鉄岐阜行に乗れた。隣の国府宮駅までは3分ほどだ。 稲沢市の中心部、というか1889(明治22)年の市制・町村制施行時の中島郡稲沢町は、現在の稲沢市稲沢町、稲葉、小沢、桜木などの辺りで、そもそも「稲沢」という地名自体が「稲葉」と「小沢」からの合成地名だと思われる。 国府宮は、1906(明治39)年に稲沢町と合併した中島郡国府宮村にあるが、同時に合併した同郡下津村にあった稲沢駅よりも、この中心部に近い。しかし稲沢駅の開業は、1904年と下津村が稲沢町と合併する2年前だった(が駅名は当初から「稲沢」を称していた)のに対し、国府宮駅の開業は1924(大正13)年と、稲沢駅よりも20年後である。 それでも、稲沢駅には「普通列車」しか停車しないのに対して、国府宮駅には特急を含めた全営業列車が停車し、中心市街地にも近いということから、利用者数などは名鉄のほうが圧倒的にアドバンテージが高い。 その国府宮駅から南西へ歩いて数分の所に21489:稲沢国府宮局があった。『[7,304] 21489:稲沢国府宮郵便局(稲沢市)』稲沢国府宮郵便局(7,304局所目)ameblo.jp ここで7,304局目のテーリングをすると、ゴム印は局名の前に「はだか祭りの~」と冠した「宝」のゴム印だった。近くにある尾張大国霊神社(おわりおおくにたまじんじゃ)で旧暦正月13日に執り行われる儺追神事の「国府宮はだか祭」のことらしい。 今回、初日の米原東簡易郵便局でも「宝」印が数種類用意されてはいたが、愛知県内(というか東海管内)ではここが唯一の「宝」印の郵便局ということになった。 稲沢国府宮局から、更に南西へ数百m進むと、21898:稲沢大塚簡易局に到着。『[7,305] 21898:稲沢大塚簡易郵便局(稲沢市)』稲沢大塚簡易郵便局(7,305局所目)ameblo.jp 間口は広いが、窓口ロビーは横に細長くなっていて、それほど広い訳ではなかったが、簡易郵便局としてはそこそこの広さだと言える。局長と思しき男性が、一人黙々と処理してくれた。 処理を待っている間も、ある程度空調の効いた局舎内にいるにもかかわらず、汗が止まらない。前日に大治で購入したタオルも常に手に持って拭い続けているが、一向に止まる気配がない。含んだ水分としては、ほぼ「汗」だけの筈だが、充分それだけで絞れそうなほどである。 大塚簡易局を後に、今度は北東方向へ1km弱進む。 ここに郵便局がある、と知らなければ絶対に見落としてしまいそうな住宅街の中に、21714:稲沢稲葉局がある。『[7,306] 21714:稲沢稲葉郵便局(稲沢市)』稲沢稲葉郵便局(7,306局所目)ameblo.jp 元々「稲葉」は、東海道の脇街道であった美濃路の宿場町で、稲葉局のすぐ西側を美濃路が南北に通っている。その稲葉宿の中心だった稲葉村が、1875(明治8)年に宿場の一部を含む小沢村と合併して稲沢村となったのが、現在の「稲沢」という地名のはしりである。 つまり、この辺りが旧来からの「稲沢」の中心に当たるということだ。 今度は南西に1kmほど進むと21018:稲沢郵便局がある。『[7,307] 21018:稲沢郵便局(稲沢市)』稲沢郵便局(7,307局所目)ameblo.jp すぐ近くには稲沢市役所もあり、一見すると、この辺りも元の稲沢町かと思うのだが、稲沢郵便局のある朝府町は、旧・中島郡明治村だった国分村や光郷村だったようで、市役所のある稲府町も、中島郡大江村の一部に当たる。 稲沢局は、郵便区「〒492」を受け持つ集配局で規模もそこそこ大きいが、ゆうちょ銀行の直営店ではなく郵便局の貯金窓口での取扱。 それにしても暑い。蒸し暑い。 半ば脱水状態に近く、熱中症寸前にも感じたので、そのまま稲沢市役所に「緊急避難」。『稲沢市役所(愛知県)』 長男の「JOCジュニアオリンピックカップ・第48回全日本高校ボウリング選手権大会」(全高)出場に合わせて,愛知県へ. 同時に「文部科学大臣杯・第48回全日本…ameblo.jp 飲料水の自動販売機くらいあるだろう、と探してみたが、何ということだ。軒並み「売切」の表示で、唯一、コーラだけが点灯しているという有様。それでも「コーラでも何でも冷たいものを……」と買ったら、途端にそれも「売切」ランプが点いた。最後の1本(ラストワン賞なら何かオマケ的に貰えてもいいようなものだが)だったらしい。 当初の「計画」では、この日はここ辺りまでが限度だと考えていた。 というのも、「稲沢グランドボウル」近辺の稲沢奥田、大里、稲沢日下部の各局も、この日の昼からの予定に入っていたからだ。 ところがこれらの郵便局を昨日のうちに巡っておくことができたお蔭で、国府宮からのスタートで良くなった分余裕が生まれた。これら3局を巡るために「飛ばし」てきた清州丸之内局も、今朝のうちに片付けられた。 こうなると、あと1~2局を訪問できるのではなかろうか。 考えられるのは、北西に進んで一宮市域に入り、一宮西御堂局、一宮戸塚局、と巡るパターン。そして南西に進んで、矢合局、千代田局と稲沢市内を巡るパターン、このどちらかだ。 この時点で、14時半になろうかというところ。候補に挙げた郵便局間の距離は、1km前後から2km近い所もあり、所要時間的にはバラつきが出るだろうが、16時には充分間に合うと見た。 しかし、この酷暑はキツイ。湿度も恐ろしく高く、いつものようなペースでは歩くことができない可能性も高い。 色々と考えた結果、後者の案を採用。この日は稲沢市内に集中しよう。 稲沢市役所を出て、南西に1km足らずと見た矢合局までは、まだマシだったかも知れない。 少しでも屋内移動をしようと、市役所内で南に抜けたのは良かったが、駐車場の中の妙な所に出てしまい、道路に出るのに難儀した。しかも、出た道路は南北に走る通り(県道65号・一宮蟹江線)で、本来は一本西側の北北東から南南西へとやや「斜め」に抜ける通り(県道121号・津島稲沢線:勝幡街道)に出たかったのだが、反対側に横断できる場所がなく、東海道新幹線の高架に近い横地四丁目交差点まで南下せざるを得なかった。 感覚的には300mほど「遠回り」に迂回することになってしまった。 交差点の傍には、「28214:ファミリーマート稲沢横地店」があり、ゆうちょATMも設置されていたがスルー。既に「20」マルチは前日の甚目寺本郷局で確保しているので、局外ATMに頼ることもない。やや曇り空になっていて、少しは楽だったこともあって、水分補給には及ばなかった。 21276:矢合局に到着。『[7,308] 21276:矢合郵便局(稲沢市)』矢合郵便局(7,308局所目)ameblo.jp この局名は「やわせ」と読む。 元々は中島郡矢合村という場所で、1889年の町村制施行に伴い、同郡国分村の大字「矢合」となった。その後、同郡明治村を経て、戦後、稲沢町に編入され現在に至る。 明治村は合併して誕生した時の元号からの命名と思われるが、国分村というのは、この矢合に尾張国分寺があることに由来するのだろう。 (つづく)