【遠藤のアートコラム】ティツィアーノvol.3 ~ティツィアーノのパトロン~ | 文化家ブログ 「轍(わだち)」

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落とした筆を皇帝が拾ったというエピソードを持つティツィアーノ。彼は、当時絶大な力を持つパトロンたちからの誘いを断り、ヴェネツィアを拠点にし続けました。

 

今月は、東京都美術館 (東京・上野)で開催されている「ティツィアーノとヴェネツィア派展」の作品を紹介しながら、ティツィアーノについてご紹介します。

 

■今週の一枚:《教皇パウルス3世の肖像》(※1)■

ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《教皇パウルス3世の肖像》1543年
ナポリ、カポディモンテ美術館
© Museo e Real Bosco di Capodimonte per concessione del Ministero dei beni e delle attivita culturali e del turismo


―徳をもつ者は、賢明に自らを持することによって、幸運を築き上げる―

 

上記は、イタリアの美術理論家ロドヴィコ・ドルチェ(1508/10-1568)による『絵画問答』の一節です。

 

当時、フィレンツェの画家で建築家のジョルジョ・ヴァザーリ(1511-1574)が、『芸術家列伝』(第一版1550年、第二版1568年)を出版し、大ヒットしていました。

『芸術家列伝』は、著名な画家や彫刻家のエピソードを収集して伝記にまとめたもので、今でもルネサンス芸術のバイブルとなっています。

しかしこれは、全編においてフィレンツェ出身の芸術家を賛美し、そのなかでもミケランジェロを最高の画家とするものでした。

 

これに触発されたロドヴィコ・ドルチェは『絵画問答』(1577年)を出版。

彼は作品のなかで、ヴェネツィアの画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオ(1488/1490-1576)を最高の画家としています。

 

“徳をもつ者”は“自らを持”して“幸運” を築き上げるという一文も、ティツィアーノが自らの作品の価値を把握し、パトロンの間を巧みに渡り歩き、類いまれな名声と成功を手に入れたことを示しています。

 

実際ティツィアーノは、ミケランジェロが対抗心を抱いていたのではないかと想像されるほど、有力なパトロン達から引く手数多な画家でした。

 

ティツィアーノを寵愛したパトロンの一人が、神聖ローマ帝国皇帝カール5世です。

ハプルブルク家出身の皇帝は、スペイン国王としてはカルロス1世と呼ばれます。

当時のスペインは大航海時代の只中で、新大陸と呼ばれた当時のアメリカ大陸から、東はアジアにまで至る世界帝国を築き上げた黄金期。「太陽の沈まない国」と称された絶頂期を迎えていました。

 

そんな絶大な力を誇った皇帝ですが、あるとき、ティツィアーノが落とした筆を、身をかがめて拾ってやったというエピソードがあります。

 

事実かどうかは分かりませんが、そんな伝説が語られるほど、ティツィアーノという画家が比類のない位置にいたことを伝えています。

 

当時スペインのライバルだった国がフランスです。

フランス国王フランソワ1世は、芸術を庇護し、晩年のレオナルド・ダ・ヴィンチをフランスへ呼び寄せたことでも知られる王です。

 

フランソワ1世はティツィアーノに対しても、あらゆる気前の良い条件を示してフランスへ招こうとしていたようです。

 

ティツィアーノを求めたのは2大国の王だけではありません。

これらの王たちと巧みな外交戦略を繰り広げたローマ教皇パウルス3世とその一族であるファルネーゼ家もまた、ティツィアーノを一族の画家に迎え入れようと画策しました。

 

※1 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《教皇パウルス3世の肖像》1543年

ナポリ、カポディモンテ美術館

© Museo e Real Bosco di Capodimonte per concessione del Ministero dei beni e delle attivita culturali e del turismo

 

こちらは、ティツィアーノが描いた教皇パウルス3世(1468-1549)の肖像です。

 

皇帝カール5世と教皇が面会するという際に、ティツィアーノはファルネーゼ家の要望で教皇に同行し、この作品を描きました。

 

絵の中で、教皇は腰から下げた袋の上に手を置いています。

古代ローマ時代、新しく選出された教皇が、サン・ピエトロ大聖堂に集まった群衆に向けて金貨を投げたという慣例があったそうです。

この袋は、それを思い起こさせ、カール5世への資金的な援助を暗示しているという解釈もあります。

また、その手にはめられている指輪は、カール5世が教皇に贈ったダイヤモンドの指輪だという説もあります。

こうした財布と指輪は、皇帝カール5世に対する友好的な姿勢を示していると考えられています。

 

 

 

※1 教皇パウルス3世の肖像 (部分)

 

教皇の渇いた肌やふさふさとした顎髭の質感は、精緻で写実的です。

一方で、教皇が纏うモゼッタと呼ばれる緋色の祭服の、特にハイライトの部分には、激しい筆跡が残っていますが、それでいて、ビロードの質感が見事に表現されています。

筆跡を生かすような描き方は、19世紀の芸術を先取りするかのようです。

 

驚くのは、至高の座にある教皇の肖像でありながら、その表情には生々しい人間性が表されていることです。

 

疲れたような前傾姿勢と、肌や表情に表された年齢には、苦労にさいなまれた人生と憔悴が描き出されています。

光の点が置かれたその瞳には、教皇の知性と明晰さ、そして狡猾さが表されているようだともいわれます。

 

※1 教皇パウルス3世の肖像(部分)

 

この肖像画は大変な人気を博し、多くのコピーやヴァージョンが作られたそうです。

 

権威を誇示する輝かしい肖像画ではなく、人物の心理的な部分を迫真的に表現したティツィアーノの作品は、絵画表現の新たなステップを踏みだしています。

 

注文があってはじめて作品が描かれた時代に、有力なパトロンの間を渡り歩いた姿勢にも、近代的な一面が見えるそうです。

 

ティツィアーノが生きたルネサンス時代は、職人だった絵師が、「画家」という表現者に変わっていった時代でもあります。

皇帝、国王、教皇の間を渡り歩いたティツィアーノは、画家の地位を大きく高めた一人といえるのかもしれません。

 

参考:「ティツィアーノとヴェネツィア派展」カタログ 発行:NHK、NHKプロモーション

 


 

※1 ティツィアーノ・ヴェチェッリオ《教皇パウルス3世の肖像》1543年

 

油彩、カンヴァス、113.7×88.8 cm

ナポリ、カポディモンテ美術館

© Museo e Real Bosco di Capodimonte per concessione del Ministero dei beni e delle attivita culturali e del turismo

 

 

<展覧会情報>

「ティツィアーノとヴェネツィア派展」

2017年1月21日(土)-4月2日(日)

会場:東京都美術館 企画展示室 (東京・上野)

 

開室時間:9:30~17:30(入室は閉室の30分前まで)

夜間開室:金曜日は9:30~20:00(入室は閉室の30分前まで)

休室日:月曜日、3月21日(火)

※ただし、3月20日(月・祝)、27日(月)は開室

展覧会サイト:http://titian2017.jp

 



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