子供のいじめは解決が難しい問題です。
なぜなら、その時、その場所でしか起きない事件だからです。
その時、というのは、子供時代にしか起きない、という意味で、その場所というのは学校または学生生活を送っている場所、ということです。
---
先日、妊婦税と揶揄された妊婦加算の話題がありました。
子供のいじめと同じで、妊婦でかつ、病院にかかる、という限定された範囲だからとりやすい金でした。
要するに、ずっと妊婦の人はいないわけです。
だから、"当事者"が不満の声を上げ"続ける"のが難しいわけです。
結果的に、いいカモにされた訳です。
---
義務教育は基本的には年齢が決まっているため、ずっと学生ではいられません。
子供は、ずっといじめの当事者とはならないのです。
もちろん、卒業後も関係が続いて、という話もありますが、子供時代よりはずっと逃げやすいでしょう。
子供の時代にだけ起きる、大半の大人には直接関係のない問題なのです。
だから、解決が後回しにされたり、いまさえ良ければ良い、という大人の論理が出てきます。
---
さて、教員がどのように対応するか、という議論が続いています。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190820-00010002-yomt-soci
基本的に、教員は管理者として、子供のいじめに関係しています。
そして、いじめをなくす、という原理原則が教員を縛っています。
この原則をどのように履行してもらうか、という話です。
---
ニュースを拝見したところでは、いじめを見過ごし隠蔽した、あるいは解決できない教員には罰を与えるべきだ、という声があるようです。
ただ、これでは解決できません。
この罰を避けようとすると、隠蔽が増え、あまつさえ最終的には教員をやめてしまえばよい、という方向になるでしょう。
開き直ることが次善策になる構造を生み出すのは、悪手です。
---
私は、解決報酬と隠蔽罰にするのが最善策だと考えています。
いじめを解決した教員には報酬を出し、隠蔽した教員には罰を与える、という訳です。
いま議論が進まないのは、減点法の話しかしていないからです。
リスクと面倒なことだけが増える話しかないため、教員から反対の声があがり、モチベーションも下がるのです。
いじめは問題だ、というなら、その問題を解決した者にはお金を、問題を助長したら罰を、というのがフェアなやり方です。
もちろん、でっち上げや、報酬を出すための"解決の判定"の難しさや、公正性の公表の問題もあるでしょう。
しかし、少なくとも、多忙な教員がいじめにむかうための名目になる意味で、最低限有効だと考えています。
---
学校は、職員の評価が難しい職場の一つです。
基本的にプラス面は全て相対評価で、明確な判定基準は欠勤などの減点ばかりです。
そんな中にあって、いじめはむしろ、唯一明確に評価できそうです。
アンケートをとり、いじめがあると分かったら対応、事後アンケートで解決すれば金一封、というのでどうでしょうか。
---
いじめの問題は、最終的には保護者の問題にもなります。
教員は、保護者とも対峙していく必要があります。
特に、加害者側への説明や説得は、並大抵の大変さではないでしょう。
教員に、そこまでの仕事をしてもらう必要もないと思います。
教員の仕事は、子供の育成です。
ここも、教員が担当しなくても良いような制度が必要そうです。
たとえば、教育委員会の皆様方が対応するようにする、あるいは学区ごとに顧問弁護士をつけるなどが良いかもしれません。
保護者との対峙の負担が減るだけでも、教員のモチベーションは上がるのではないでしょうか。
---
子供のいじめを無くすためには、少なくないお金をかける必要があります。
将来の納税者確保のため、逃れられない義務教育制度を謳っている以上は、ここにも資金投入すべきでしょう。
ちょうど、消費増税という金のなる木があるようです。
こちらの用途のひとつに、お勧めします。
それができないならば、義務教育制度は廃止したほうが良いでしょう。
義務教育でなければ、きっと教員も、問題のある生徒は簡単に退学させられるはずです。
いま話題の吉本興業さんの話です。
宮迫さんや田村さんたちの話は別記事としました。
今回は、吉本興業さんの話です。
---
宮迫さんたちの事件を発端に、同社と契約している芸人から不満が殺到する自体になっています。
中には、会社に同調していらっしゃる方も多く、大きくは二分されているような様相です。
このような事態を招いた一番の原因は、お金と待遇、の様子です。
この点について、吉本システムの問題点を考えてみたいと思います。
---
吉本興行さんと、いわゆる”所属”の芸人の方々は、コンビニオーナーのフランチャイズシステムのようになっている様子です。
芸人さんは、吉本興業と業務提携し、仕事をもらう代わりに、ギャラをシェアするシステムになっている訳です。
そのため、いわゆるサラリーマンではありませんので、手取りが1000円とか、極端な例が出てくるわけです。
---
本来、芸人さんたちも、このルールは把握されていると思います。
ではなぜここまで不満がたまっているかと考えると、”NSC”という存在があるように考えられます。
NSCとは、吉本興業ホールディングス配下のタレントエージェント会社吉本興業が運営する、タレント育成塾です。
いわゆる学校ではありませんので、何らかの資格が得られることはなく、その代わりに”吉本興業所属の”タレントになる道が開ける、というのがウリの様子です。
https://www.yoshimoto.co.jp/nsc/topics2020.html
入学金が10万円強、学費が30万円強、と、決して安くない額のようです。
詳しいことが記載されていませんが、この学費というのは、おそらく年額でしょう。
複数年所属するとなると、それなりのお金が必要になる訳です。
おそらく、このシステムがいまの芸人さん方の不満を生んでいるのではないでしょうか。
---
吉本興業”所属”の多くの芸人の方は、この学校が出身のようです。
つまり、芸人になるために、吉本興業にお金を払ってきた方々、という訳です。
なぜそうしてきたかというと、芸人として大成する可能性が開ける、と思ったからです。
ところが現実はそんなに甘くはなく、手取りが数万などということがザラにある訳です。
この、NSCが掲げる希望と、現実のギャップがきつすぎることが、問題の根本にあると考えています。
なぜこのようなことが起きるかと考えると、このNSCという学校の利益が吉本興業を支えているからだと考えられます。
---
本来、ホールディングスにしているのであれば、育成分野の運営は別会社にしてぶら下げたほうが、たとえば所属芸人を講師として派遣して利益を循環させるなど、何かと取り回しが効きそうですが、あえてそうせずに、主幹の吉本興業を運営者としています。
なぜそうなってるのか考えると、本体の利益を補っているからではないでしょうか。
テレビが斜陽産業になりつつある現在、そこを主戦場とする芸能プロダクションや興行師は収益化に苦しんでいると考えられます。
それは吉本興業も同じでしょう。
---
この状況下で、定期的に安定して利益が見込める塾事業は、本体の経営を支えるにはうってつけです。
そのため、ある程度大言壮語してでも、生徒を集めて集金する必要がある訳です。
ただそれには、NSC卒業者が”芸人になった”という実績が必要になってきます。
実際は稼げていないのに、肩書芸人となった方が多くいらっしゃるのは、この循環があるせいだと考えられます。
ただでさえ減っている芸能人の仕事を、あふれる芸人に分けていかなければならないため、一人当たりのパイが小さくなってしまい、結果として不満の温床になる訳です。
また、このNSCの初期の生徒よりも、現在に近い世代の生徒ほど、先行者で埋まった席をみて不満に感じることが多いのかもしれません。
---
このように見ると、吉本興業さんの足元も意外と厳しそうだと感じます。
それだけ、芸能プロダクションという事業が稼ぎ辛くなってきているのでしょう。
このような業界は、漏れなく統廃合が進むものですが、芸能界はどうなっていくのか、注目して見てみたいと思います。
世間を騒がせている闇営業の話です。
まずは、犯罪者と懇意にしていた芸人側の話を見てみたいと思います。
---
>橋下徹「宮迫さんはそんなに悪いのか」
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20190703-00029146-president-pol
いわゆる、量刑の話でしょうか。
この問題は、今のところ脱税を除けば、違法行為は見られないということです。
その点を踏まえて、橋下先生は”民間企業が取引先に下した”罰が重すぎる、とおっしゃっています。
不思議な話だなぁと思いました。
なぜこんな話になっているのか、少し考えみます。
---
今回、”所属”事務所を通さずに行った事業の取引先が、犯罪者集団だった、という問題です。
まず、相手の罪の範囲がどこまでかと考えると、犯罪者集団自身になるでしょう。
たとえばその人達が使っていた商店などは、たとえ相手が犯罪者集団だと知っていたとしても、罪にはなりづらいでしょう。
(購入の都度、反社ではないという一筆をもらうのは現実的ではありません)
そして、犯罪者集団のサービス利用先に、宮迫さんがいらっしゃったわけです。
もちろん厳密に、反社をすべて廃しましょうという原則があり、被害者の方の救済が最優先だということが大前提です。
---
奇妙な点は、宮迫さんが課せられた謹慎や契約解除が、宮迫さんの働く権利を奪っているように話している点です。
実際はそんなことは無く、たとえば宮迫さんが自宅の前にたこ焼き屋を開店することはできるでしょう。
よくわからない懺悔本も書けるかもしれません。
宮迫さんの権利は全く害されていません。
つまり、かわいそうかかわいそうで無いか、だけの話です。
---
吉本興行さんの対応がどうとか、当事者以外にとっては、全くどうでも良い話です。
特に、どうやら社員として会社と契約している訳ではないようですので、なおさら、各企業は単純に自身の態勢をどうするかだけを考えればよく、芸能人も自分の今後の収入源についてどうすればよいか自分で考えるだけです。
---
なぜこういう話になったからというと、芸能人が”人気商売”だからです。
たとえば一般企業で、社員が友達の結婚式でアナウンサーを任されてお金をもらったとして、その友達が反社に属していたとして、その事が会社に知れればクビになるかもしれませんし、処分で済むかもしれません。
そのウワサは良くて取引先か同業他者程度になるでしょう。業態によってはブラックリストに入るかもしれません。
ただ、その範囲が限定的なため、再帰の難易度が低い、ということはあります。
---
一方で芸能人は、一度不祥事が明るみが出ると、場合によっては知れる範囲が大きく、芸能人としての再帰が難しい、という訳です。
その代わり、彼らは大きな対価を得ている訳です。
宮迫さんは、普段ハイリスクハイリターンな事業を自身が営んでいることに対して、認識が甘かったのでしょう。
周囲の芸能人は、気づいていたかどうかに関わらず、いまそれを認識して、自らの発言を行っている、という訳です。
---
そして橋下先生は、今の日本が極論になりがちだと警鐘を鳴らされています。
インターネット以前に比べて、手に入る情報量が圧倒的に多くなっています。
意識して暮らしていないと、過多な情報を仕分けできずに圧迫されて、単純な答えに縋り付きなくなるものです。
今回のような事象も、俯瞰的にみればただの不祥事で、契約当事者以外は好き嫌いでサービスの授受を判断すれば良いだけでしょう。
宮迫さんが水道の蛇口から出てくるなら話は別ですが、嫌いなら選ばなければよいだけ、です。
---
これが原理原則善悪論に見えたり、正しいか間違っているかというように見えたりするならば、その方が恐ろしいことです。
また、その様に話していたり書いているメディアや人がいれば、何か目的があるのでしょう。
共通しているのは、二元論で思考を単純化していきたい、という思惑です。
芸能人の下らないやらかしでさえも、そういう事に使われるのが恐ろしいと感じます。