こんにちは。アデレード在住のソーシャルワーカーですニコ

 

色々書きたいな―っと思う事はあるものの、人のブログは欠かさず毎日チェックするのに、こと自分の事ととなると後回しで今の今までブログから遠ざかっていました・・・仕事でもないのに定期的に更新できる人ってまめだなーっと尊敬しますおねがい

 

とりあえず、準備体操がてら短文を書いてみたいと思いますニコニコ

 

人間関係の主なイライラって相手が自分の思うように動いてくれないことからくることがほとんどだと思います。自分が”正しい”と思っているので、なぜ相手が自分の希望するような動きをしないのかやきもきして、一生懸命、説明したりいろんな方法で相手に働きかけて自分の望むような動きをしろ!!っと頑張ります。

 

が、しかし、そう思うように相手が変わってくれない、動いてくれないと落胆し、愚痴を言い、相手を責めがちになってしまいます。

 

一方で天気が雨の場合はどうでしょう?雨降りそうだなっと思ったら、傘を持ってでるなり予定を変えるなり、何らかの対策を練ろうとします。天気に一生懸命変われってキレるのでなく、自分がどんな対策をすればいいか考えてそれを淡々と行う。

 

勿論、雨嫌だなーとか、なんで今日なのーとか愚痴はいう事もあります。でも、仕方ないな…と受け容れて自分にできる事を淡々と行ってやり過ごすと思います。おそらく延々と天気の愚痴を一日中言う人はいないんではないかと思われます。

 

それはおそらく人は天気は自分の力では変える事ができないし、怒っててもしかたないし傘持ってでかけるしかねーな、嫌だけどっと割り切れるからなんじゃないかなっと思います。

 

それに対して、人間に対しては自分が働きかければ相手の態度や行動を変えれると思いがち。なんせ自分の言ってることが”正論”だしそっちのほうがいいから。

 

でも海外に住んでいると、自分の常識は他の文化の人とは違うし、世代でも価値観がちがう。文化も宗教も生まれ育ってきた環境も性別も遺伝子も何から何まで違う。自分の子供でさえも違う一個人の人間で私が経験してきたことと全く違う事柄を経験し自分なりの価値観や信念を色んな人と関わる事や色んな経験をすることで形成していくんだなっと思うと、人を”自分の思うように”変える事っていうのは、天気を変えるのと同じくらい不可能だよって思っていた方が、人と接するときに楽に自分が過ごせるんじゃないかなっと思います。

 

 

勿論、自分の態度や意見、生き方など間接的に他の人に影響を及ぼすことは多々あると思います。でも、それは他人を変えようとしての結果ではなく、その人が自分の人生に集中して自分の課題に取り組んでいる結果、偶然に他の人間にいい影響を与えたというもの。

 

毎日の天気に一喜一憂するのではなく、ああ今日は雨なのね、じゃあ傘がいるな―、週末雨なのね、じゃあ外出は控えて家で過ごそう。今日は朝から気持ちがいい春日和‼洗濯しよう!!冬は寒くていやだわー、夏は暑くていやだわーっといいつつも、冬にできる楽しい事、夏にできる楽しい事を探して生きていくのが、楽しく生きる秘訣かなっと思います。

 

人間関係でも同じで、相手を変えようとするのではなく、相手を知れば対策ができます。相手を変えようと無駄な努力で疲れるよりかは、相手のパターンやサインを理解して、自分がより少ないストレスで過ごせるかそちらに力をいれると平和にすごせると思いました。

 

 

 

 

 

みなさん、こんにちは。

 

アデレード在住の千波です。

 

日本に6月中旬から3か月帰っていたのですが、あんな湿気の高い暑い中日本に住む皆さんは外でもマスクを着けられていて、厚生労働省がテレビ何度外ではマスクを外しましょうっと呼びかかているのも関わらずかたくなに外さない人々・・・凝視

 

そんな中、外では絶対マスクつけないと信念をもってマスクは着けず、歩き回っていた私はたまに非国民を見るような目で見られました・・・ちょっとヤバ目の人って思われていたんだろうなぼけー

 

なんだかマスクが民族衣装の一部のようで、個人的には日本に住む人達がいつマスクをとるのだろうととても興味津々でいますニコ日本に住むお友達は、きっと日本人は政府からマスクをとらないと罰金です!!って言われない限りとらないんじゃないかといっていて、なんだかほんと顔の一部になってるな~と思いました。息苦しく無いのだろうかと単純に思うんですが。日本人の我慢強さってすごいなって。外で汗ダラダラでぜーぜー言っていてもマスクをとらない・・・なんの我慢大会なんだろう凝視

 

オーストラリアに戻ってきて、ほぼ誰もマスクを着けていない環境はとても健全で空気が美味しいです。日本はご飯が美味しく、物も安くで性能もよく種類も豊富。便利できれいで貧しくなってきていると言われるけれど、他の国と比べてもレベルはやはり一段と高いと思いました。

 

ただ、人に関してはマスク着用であまりしゃべらない方がいいという雰囲気だったので、人とのかかわりが乏しく、なんだか皆さんイライラしてせかせかされているように感じました(住む地域にもよるんでしょうが)。そして周りの”早くしないといけない”空気感に押される自分がいまして、娘に常に早く、急いでとイライラしていたように思います。

 

そしてアデレードに戻ってきたら、とても心穏やかに娘に接している自分がいますニコやはり環境が人の行動や価値観に与える影響は大きいんだなっと実感した次第です真顔

 

食べ物もとても便利なお惣菜が種類豊富にあり美味しくて安くて素敵だな~とは思ったんですけどね・・・お惣菜以外にもですが添加物多すぎチーンフルーツ高すぎゲッソリ(クオリティーは高いんだと思いますが)漬物なのになんでこんなに色んな横文字のものが入っているのだろう・・・と。

 

オーストラリアでは外で食べると高いしそんなに美味しいとも思えないので、基本家で手作りです。そして日本のように種類豊富で美味しいデザートもまあアイスぐらいしかないな、と思うので最近は季節のフルーツ、ブルーベリー、ラズベリー、ミカン、オレンジをスナック代わりに食べたりしています。こちらにいる時は、はあ・・・日本のケーキ食べたい、シュークリーム食べたい、和菓子食べたい、大学芋食べたい、プリン食べたいって恋焦がれてたんですけどね。

 

日本は食べ物の種類も豊富で醤油っといってもいっても味噌といっても何述種類もズラーっと並んでいてまた違うお店では違うブランドが置いていたり、選択肢が多いのは素敵な事なんだと思いますがなんだか私は疲れてきて、日本人の食べ物にかける情熱っておそらく世界トップクラスなんだろうなっと凝視 基本何食べても美味しいですしね・・・

 

もう私はこちらの醤油はシンガポールで作られたキッコーマン(それしかない、減塩はあるけど)味噌はスーパーのアジアンセクションで売っている日本製の赤みそ(それしかない、白みそもあるけど)。もう、それで、いいです。普通に美味しいですしね・・・(スーパーで買えるだけでありがたいね!)

 

なんだか3年帰らない(れなかった)間になんだかすごく逆カルチャーショック状態で。日本、大丈夫なのだろうかと、外から眺めると思うんですけどね。教育とか特に。

 

日本はマスクもワクチンも初めから義務ではなかったのに、8割の人がワクチンを打ち4回目も嬉々として打ちに行くお年寄りが多いようです(外食時に横にいたご婦人も早々と4回目を打ちマイナンバーカードも作ってきたそうで、国からしたら鑑のような国民だなっと~思いながら昼食を頂きました。)

 

そして今もマスクは義務ではなく、いろんな事情があって着けれない人もいるだろうに、つけていないと変な人に絡まれるニュースがあったりで、マスクを着けない人はルールを守れない自己中な人かちょっと自分の意見が強い関わりたくない人的な空気感がすごく漂っていたように感じられました。

 
セブンイレブンでの自分での清算や、コーヒーの買い方も分からず、100均での買い物はなにこれ、安い、かわいい、こんなのオーストラリアにはない、必要かどうかと言われれば多分なくて全然いけるんだけど・・・でも今しか買えないしねニヤニヤ、とレジでかご山盛りの商品を買い6000円くらいのお会計をクレジットカードで払うちょっとなんなんだろうこの人的な視線を感じたり、娘ががちゃがちゃにはまったり(500円で監修つきのカエルのおもちゃ・・・すごくいらない真顔)、すごく暑くて湿気が高くて雨も多くて、もう絶対今後は夏には日本に帰らないと誓いました。でも花火もできて、花火大会も遠くで豆粒みたいだったけど・・・見れたし。夜市に浴衣着せていけたし(次に浴衣はいつ着る機会があるのか・・・ないのか凝視

 

 

とても充実した時間をすごせて、アデレード生活の良さを再確認できた帰国でした照れ

 

おしまい、おしまいニコニコ

みなさん、こんばんは。

 

気分が乗っているので寝ないといけない時間なのにブログを続けて書いてます。きっと明日の朝起きる時にひどく後悔し、”今日の夜は絶対早く寝る・・・”と心に誓うんだろうなと思っています。そしてその日の夜また本を読むのをやめれず夜更かしをするという、未来が今から予測されています。

 

 

進化の過程で鳥科なのに飛べない鳥達がいますよね。世の中に生きる生きづらさを抱えたセンシティブな人達(私を含めHSPの人達)って鳥に例えるとこの飛べない(進化の過程で飛ばない方を選択した)鳥達のようなのかなっと。

 

鳥って飛ぶものとして認識されていて、マジョリティの鳥たちは種類や大きさに差こそあれ飛ぶわけですよ。羽はそのためにそなわってるのさっといわんばかりに。むしろ飛ばないならなぜ羽があるの!?的なね。そして、飛べない鳥たちは別に自分で飛ばないことを選択したわけじゃなく、生れて来た時から体のつくり的にそうなってるから・・・というかんじなんですけども、それを大多数の鳥たちに話してみると、え・・・?ってひかれるわけですよ。そして、飛べないのはおかしなこと、悪い事前提で話をされ、飛べるようになるように勇気づけられたりね。そしてマジョリティで自分と違う飛べる鳥たちに混ざって生活していると自分の存在がおかしいのではないかと否定的な気持ちになり飛べないことはおかしいことだと思い始めて、自分を責め人生を呪う。

 

でもマイノリティの鳥達にはそれぞれ長所があって、オーストラリアに棲息するエミューは時速50キロで走れるそうです。ペンギンも地上ではよちよち歩きですが、いったん水の中に入るとスイスイとすごいスピードで泳ぎ回れます。その他色々飛ばない鳥たちはいるんですが、私は詳しくないのでここには書きません。

 

そう、ここで言いたいのは飛べない代わりにすごいスキルが他の鳥たちと比べてあるという事。でも、飛べる鳥たちの世界では飛べる事が常識だから飛べない鳥でいると劣等感を感じ自分がおかしいと思ったりしてしまいす。なので、飛べない鳥たちは、同じ飛べないグループの鳥たちを見つけて、仲間になって自分たちの安心できる環境を作ればいいんだと思います。別にマジョリティに属さなくても全然いいし、マジョリティは数が多いから”一般的”というだけで、”正しい”わけでも”素敵”なわけでもない。時代時代、土地度地に代わるので、今のマジョリティが以前のマジョリティと看護のマジョリティと同じとは限らないしむしろ変化していくものだと思います。そして、今のマイノリティが増えればそれがマジョリティになりその時の”常識”になる。

 

飛べない鳥は飛べる鳥と違って違う世界を違う角度から見れるのです。飛べる事がいい事とは限らないですし、飛べないことが悪い事とは限りません。どういうわけか鳥なのにとべないという使命を与えられた鳥たちは、まあそういう人生なのねっと、自分の特技にフォーカスして同じ仲間達と楽しく生きればいいなと思った次第です。

 

ユーチューブでオリラジの敦ちゃんが昨日”周りの人に振り回される人達?”というようなテーマで講義をしていました。本を多く出版されている大嶋信頼さんというこの分野では有名な心理カウンセラーの方の本なのですが、振り回される人の特徴として、人の気分にすごく影響される(誰か不機嫌だとドキドキしてしまう等)、自分より他人を優先する、仕立てに出すぎて辛い、人からの評価に一喜一憂してしまう等だったのですが、私は全部そうその通りすごくわかると頷いていたのですが、敦ちゃんは全く逆で気持ちがわからないなーっといっていました…きっと健全な育ち方をしたら彼のような思考になるんだろうなっと羨ました。私にとってはむしろこうじゃない人達の方がわからないんですけどね・・・

 

眠いのに、思う事を書き綴っただけなので文章のまとまりがないです。

 

それでは、おやすみなさい。

 

 

 

 

みなさん、こんばんはニコニコ

 

夜中に久しぶりにブログに書き留めておきたいという事がムクムク出てきたので、心のゆくままに徒然と書いていきたいなと思います照れ

 

前にふと思ったことなんですが、人生って料理のようだなっと。人それぞれ色んな食材を与えられていて、人によっては数十種類の材料が与えられているけど、ある人は2種類しか与えられてない。人によって持ってる食材も数も違う。これは所謂、どんな家族のもとにどういった遺伝子をもって生まれたということ。例えば、お金、家柄、健康、頭脳、才能、容姿、性格といったもの。

 

そして、郷土料理がその土地特有や名産の材料を使って発展したように、その料理が作られるのに影響を与える風土(環境)。これは、時代、文化、属するコミュニティ、 国、家庭、学校、友達といったもの。

 

食材が新鮮で何種類あってもレシピを知らなかったり、料理のセンスがなかったり、料理の仕方を知らなかったり、食材の使い方を間違ったりすると、美味しい料理は作れないし多くの種類の食材を使う事で料理を台無しにする可能性もある。もちろん、材料を上手く選び料理を決め美味しい料理を作れる人もいる。

 

逆に食材が限られていても、レシピや調理方法を検索してどんな料理に適しているか、食材のよさ(長所)、活かし方を知っていればたった一つ、2つの食材でも、すごく美味しい料理が作れる。

 

昔の若かりし頃の私は、多分に漏れず多くの色んな素敵な食材を持っている人達が羨ましく、自分の食材の少なさや、ありきたりの食材に不満を覚えていました。自分に与えられた食材に不満を持ちありがたさを感じず不平不満をいって、私の美味しい料理が作れないのは新鮮でいい食材がないからだっと思い込んでいましたぼけー

 

そして月日が経ちそれなりに人生経験を積んだ今思う事は、人生は自分に与えられた食材で料理をするしかないという事。でも、調味料やレシピは自分で調達できるし、何度も色々試行錯誤しながら自分が満足いくオリジナルレシピの料理は作れる。たとえ二つの食材しか持ってなくても、工夫を凝らせば何種類もの料理が作れる(調味料ありきで)。

 

そして一番大切なことは作った自分自身が美味しいと感じる事にやり、一緒に食べてくれる人がいる事ニコぶーイヒ。有名店の手の込んだ料理でなくてもフレンチのイタリア料理でもなく、私は白いご飯に漬物があればとっても幸せです(実際に海外暮らしで今一番食べたいものは日本のご飯と柴漬け)空腹が一番の調味料?でしたっけ、ほんとその通りで、食べられるご飯がある事のありがたさ。

 

一流グルメからB級グルメに至るまで世界中には様々な料理の種類があってそしてそのどれもが、ユニークで、ある人にとってはとてもおいしくてある人にとってはまずくて、またある食材は超高級食材で、でも他の人には全く価値のない食材で(ちなみにヨーロッパでは高級なキノコがオーストラリアのアデレードの森林に生えていて雨の時期に行くとヨーロッパ系の人達がこぞって取りに来てるのですが、そのキノコの価値を知らないオージーは蹴って踏みつぶしていました・・・ガーン)すべての人が美味しいという料理はないし(大多数の人が美味しいという可能性はありますが100%はありえないので)、文化や、時代や、環境や、体調や年齢いによって人が美味しいと感じるものは様々です。

 

万人受けする完璧な料理なんて物はないし(あるようにメディアにコントロールされていますが)人生は不平等で理不尽なものです。自分より少ない材料で腐りかけまたはくさってる食材しかもっていない人もいるし、また逆にすごく豊富で新鮮な材料をもっている人もいる。他の人の食材を見て嘆いても優越感に浸っても意味がないので、与えられた食材に感謝し、自分は自分が好きな味の自分のレシピを試行錯誤しながら、いろんな調味料を手に入れ、色んなレシピを学び、料理の上手な人に教えてもらったり、食材の知識を深めその食材の良さを活かした料理が作れるように日々学び生きていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今日はシティまでインタビューに行ってきましたニコ

 

私が応募したのはエイジドケアファシリティに住む老人の方たちを対象としたカウンセリングと鬱や認知症のアセスメントをするポジションで、私が応募した理由はこのオーガナイゼーションが2年以上メンタルヘルスの分野で働いた経験のあるソーシャルワーカーを対象にメンタルヘルスソーシャルワーカーのアクレディテーションを取得するのをサポートしてくれるから。こんなポジション募集初めて見て、常日頃からいつかアクレディテーションをとって日本人の人対象にメディケアを通してカウンセリングしたいなーっと思っていたからまたとないチャンス!!と思って応募したら面接に呼んでもらえたという次第です。

 

ここ一週間、面接に向けてひたすら老人性うつ病や認知症についてしらべまくり、ユーチューブでもドキュメントも見て、レミニセンスセラピーやライフレビューイングやバリデーションセラピーといった聞いたこともないセラピーをひたすら学び、聞かれるであろうありとあらえる質問を書き出し答えを考え、日常的に一人でぶつぶつ言っている怪しい人でしたにやり

 

面接に着くと受付の人達も感じがよく立派なオフィスで面接官も今までの面接官と比べて圧倒的に経験値が高く頭がいい人なんだろうなともう雰囲気や言動でわかるぐらいで、あいさつした瞬間からああ、帰りたいぼけーと思ったくらいです。

 

そして、準備していた質問(今までの面接では必ずと言って聞かれるTell me about yourself的な事は全く聞かれずアセアセ、カウンセリング経験を一番にきかれ、インフォーマルなカウンセリングしかしてきてないサポートワーカー出身の私は答えに詰まり、インタビュー始まってすぐにああこれは終わったなと悟りました・・・えーん

 

カルチャーセンシティビティに関する質問にはとてもよく答えれたみたいで超笑顔で頷いてもらえたんですが、インタージェネレーショナルトラウマについては(ジョブスクリプションに書いてくれてれば調べたのに・・・)まったく答えられず知りませんとしかいうしかなく、アボリジナルと働いた経験、ないです・・・リスクアセスメントの使用経験は?あー、メンタルヘルスに使いましたが名前覚えてません、そして老人の方対象の物は使ったこともちろんないですガーンガーンガーン。でも、ちゃんと調べたんだよという努力の証で、ミニメンタルステーツエグザムとかK10やコーネルスケールなど名前を挙げた分の努力は伝わったようでした。

 

このポジションはメンタルヘルスでカウンセリング経験がある人達が応募するポジションで、今回は私の経験不足でおそらく受からないとは思うけど、ショートリストに選ばれたことには自信を持ちたいなっと思いました。

 

あと、久しぶりにこんなにインタビューのために頭をフル回転させて質問を砕いて砕いて理解して言語化するっという作業を、ここ数年娘の世話だけしてのほほんと暮らしてる主婦の私にはすごい刺激になりました。今日からまたぐっすり寝れるドキドキ緊張と緩和たまには大切ですよね。

 

でも、今までこんなポジションは見たこともなくて、インタビュアーの人達も言っていたけど2019年からの試みだそうです。老人の方にカウンセリング特にエイジドケアなどで自由が少ない生活をしている方達にはすごくいいプログラムだと思います。

 

2019年のメンタルヘルスオーストラリアのリサーチによると45%の新たに入居するお年寄りの方がなんらかの鬱の症状があり52%の永住居住者の方も鬱の症状があるそうです。ていうかほとんど全員?に近くないか??と思うんですが・・・(意思疎通のできない人もいるしさ)で現在のエイジドケアのメンタルヘルスのサポートが適切でないという事でこのプロジェクトが立ち上がったそうです。老人のカウンセリングに政府がファウンディングをいれるってすごいなーっと思いました。

 

そしてまあ、受からないだろうけど、今回の面接のために勉強したことは今後自分の親や自分自身の老化に立ち向かうときに役に立つ知識で、こういう機会があたえられてよかったなーと。なんとなくわかっているつもりだったけど、知らないことが多く、やっぱり年老いていくというネガティブな事に目を背けてしまうのが人の常だと思うので、人生のまだ時間のある時に少しづつでも自分の老後の事など向き合うって大切だなっと思いました。

 

 

にしても私が準備した想定されるインタビュー質問ほぼ聞かれなかった・・・チームワークとか、コミュニケーションスキルとか、リファーラルや老人性うつ病やセラピーに関して準備万端だったのにな・・・笑い泣き

 

フルタイムの募集だったけど、面接の最後でパートタイムで働ける可能性は??と聞いたところ週何日が希望なの?と聞いて貰え、友人等の話でもフルタイムの募集だったけどパートタイムに変えてもらった等(フルタイムのポジションは2名雇ってフルタイムにしてもいいそうです)ときくので、もしフルタイムは無理だからとやりたい仕事応募してない人がいるなら、是非一度可能性を聞いてみるといいと思いますニコオーストラリアはすごくフレキシブルなので日本の感覚で行くと損しちゃいます。

 

それでは、また~パー