二十七回忌
本当は10/23なのだが、明日親父の二十七回忌をする。
と、言っても親族(俺の家族&お袋)だけなのだけども。
親父は直腸ガンで亡くなったが亡くなる五年前、大腸ガンで大腸を1メートル切った。
今まさにその年齢に差し掛かっている自分がいる。
当時、中学生だったのでその時にガンであった事はお袋と親父の兄(長男:熊本)以外誰も知らなかった。
手術は8時間位掛かった事を記憶している。
その4年後定期健診を毎月欠かさず受けていたのにも拘らず再発。進行が早く余命3カ月と診断される。この時もお袋と伯父(長男)だけが知っていた。
入院して半年ほどは貧血と痛みはあるものの体力の衰えは少なかったが人工肛門に切り替えたあたりから少しずつ見えるように病状が進行していく。
痛みが大きくなり開腹手術をするも手の施しようもなく、脊椎にチューブを挿入して直接痛みどめを打つ状態に。
そうなると衰えは激しくみるみる痩せて小さくなる親父。
お袋から知らせられなくても親父の死期が近い事を思い知らされる。
あとからお袋に聞いた話だが、親父は何度も病院の屋上から身を投げようと考えていたらしい。その度、家族の事を想い思いとどまったと。
親父の亡くなる1か月前長年のヘアスタイルをやめ、丸刈りにした親父。後からお袋に聞くと病魔に打ち勝つための意思表示だったらしい。その際、親父は泣いていたらしい。
そして熊本から伯父が最後の別れとも言うべき見舞いに来てくれた。
親父は伯父と二人きりで話したらしい。
親父は故郷の阿蘇へ歩いて帰る夢を見たらしい。それを号泣して伯父に語ったらしい。そして故郷へ帰りたいと。
そして親父は逝ったが、俺は泣かなかった。
男たるもの人前で泣くなと親父に教え込まれたのもあるが、日々一刻と朽ち果てて行く親父を目の当たりにして当時高校生だった俺も覚悟を決めていたのだろう。
親父の骨は、親父が夢にまで見た故郷の本家の納骨堂に納めさせてもらっている。祖父の隣に。
今、自分がその年代へと突入し、子供もいる。
親父の無念はよくわかる。死んで行くのが怖いというより独り立ちしていない子供を残して死んでいかなければならないのが悔しく惨めだったのだろう。
取りあえず、俺は今日は生きている。妻、娘、俺を必要としてくれる人の為、明日も生きたいと願っている。
と、言っても親族(俺の家族&お袋)だけなのだけども。
親父は直腸ガンで亡くなったが亡くなる五年前、大腸ガンで大腸を1メートル切った。
今まさにその年齢に差し掛かっている自分がいる。
当時、中学生だったのでその時にガンであった事はお袋と親父の兄(長男:熊本)以外誰も知らなかった。
手術は8時間位掛かった事を記憶している。
その4年後定期健診を毎月欠かさず受けていたのにも拘らず再発。進行が早く余命3カ月と診断される。この時もお袋と伯父(長男)だけが知っていた。
入院して半年ほどは貧血と痛みはあるものの体力の衰えは少なかったが人工肛門に切り替えたあたりから少しずつ見えるように病状が進行していく。
痛みが大きくなり開腹手術をするも手の施しようもなく、脊椎にチューブを挿入して直接痛みどめを打つ状態に。
そうなると衰えは激しくみるみる痩せて小さくなる親父。
お袋から知らせられなくても親父の死期が近い事を思い知らされる。
あとからお袋に聞いた話だが、親父は何度も病院の屋上から身を投げようと考えていたらしい。その度、家族の事を想い思いとどまったと。
親父の亡くなる1か月前長年のヘアスタイルをやめ、丸刈りにした親父。後からお袋に聞くと病魔に打ち勝つための意思表示だったらしい。その際、親父は泣いていたらしい。
そして熊本から伯父が最後の別れとも言うべき見舞いに来てくれた。
親父は伯父と二人きりで話したらしい。
親父は故郷の阿蘇へ歩いて帰る夢を見たらしい。それを号泣して伯父に語ったらしい。そして故郷へ帰りたいと。
そして親父は逝ったが、俺は泣かなかった。
男たるもの人前で泣くなと親父に教え込まれたのもあるが、日々一刻と朽ち果てて行く親父を目の当たりにして当時高校生だった俺も覚悟を決めていたのだろう。
親父の骨は、親父が夢にまで見た故郷の本家の納骨堂に納めさせてもらっている。祖父の隣に。
今、自分がその年代へと突入し、子供もいる。
親父の無念はよくわかる。死んで行くのが怖いというより独り立ちしていない子供を残して死んでいかなければならないのが悔しく惨めだったのだろう。
取りあえず、俺は今日は生きている。妻、娘、俺を必要としてくれる人の為、明日も生きたいと願っている。
2011/10/9 秋の宮前まつり
2010/4/29 2010春の宮前まつり
2010/10/10 2010秋の宮前まつり
そして今年も宮前まつりが帰ってきました。
布団太鼓を差す図(高々と持ち上げる)

総代を始め役員と係りの方たちと女将さん班、乗り子、担ぎ手、そして観客、支えて下さるみんなが祭りを盛り上げていく。

各所で、協賛店様から酒やお茶が振舞われ

そしてまた担ぐ。

途中、担ぎ手による剛力選手権(腕相撲)も!
そして担ぎ手の疲れもピークに達する頃、ふとん太鼓に灯が燈る。

写真がぶれてるのはご愛嬌で、実は手が震えて上手く撮れません。
ええ、今回は参加させて頂いてますから。
宮入り前に楽しい余興がありました。
総代始め役員のみでの布団太鼓。

房が激しく揺れています。凄い迫力。 合力のM氏おそるべし(笑)
その後宮入り、と、なるはずが参道を行ったりきたりで体力が(笑)
宮入り後も、本殿の周りを奇数回ふとん太鼓は回ります。
何とか3週回りました。
総代の西田さん、誘って頂いてありがとう!
役員、担ぎ手の皆様、女将さん班の皆様、乗り子さん達も有難うございました。
番外編
その頃娘は


綿菓子に負けるとは!(笑)
いえいえ、ちゃんと記念写真も(笑)
でも、太鼓の音が怖かったらしい。

おかみさん班の作った豚汁を美味しそうに食べる総代も載せておきましょう(笑)

で、家に帰ったら・・・・

仕方ないけどそのまま出社してます。
男の勲章なのか? orz
詳しいお祭りの様子は速水さんのブログ
「熱い伊丹の街。「秋の宮前祭り 宮前ふとん太鼓巡行」初参加!感動!完全燃焼!」に書かれています。
追記:担ぐ前に両肩のパッド「カツゲール」を貸して下さったおかみさん班のマダムMさん有難うございました。
マダムMさんのふとん太鼓ブログ
「宮前布団太鼓」に感動&「おかみさん班」・初仕事
2010/10/10 2010秋の宮前まつり
そして今年も宮前まつりが帰ってきました。
布団太鼓を差す図(高々と持ち上げる)

総代を始め役員と係りの方たちと女将さん班、乗り子、担ぎ手、そして観客、支えて下さるみんなが祭りを盛り上げていく。

各所で、協賛店様から酒やお茶が振舞われ

そしてまた担ぐ。

途中、担ぎ手による剛力選手権(腕相撲)も!
そして担ぎ手の疲れもピークに達する頃、ふとん太鼓に灯が燈る。

写真がぶれてるのはご愛嬌で、実は手が震えて上手く撮れません。
ええ、今回は参加させて頂いてますから。
宮入り前に楽しい余興がありました。
総代始め役員のみでの布団太鼓。

房が激しく揺れています。凄い迫力。 合力のM氏おそるべし(笑)
その後宮入り、と、なるはずが参道を行ったりきたりで体力が(笑)
宮入り後も、本殿の周りを奇数回ふとん太鼓は回ります。
何とか3週回りました。
総代の西田さん、誘って頂いてありがとう!
役員、担ぎ手の皆様、女将さん班の皆様、乗り子さん達も有難うございました。
番外編
その頃娘は


綿菓子に負けるとは!(笑)
いえいえ、ちゃんと記念写真も(笑)
でも、太鼓の音が怖かったらしい。

おかみさん班の作った豚汁を美味しそうに食べる総代も載せておきましょう(笑)

で、家に帰ったら・・・・

仕方ないけどそのまま出社してます。
男の勲章なのか? orz
詳しいお祭りの様子は速水さんのブログ
「熱い伊丹の街。「秋の宮前祭り 宮前ふとん太鼓巡行」初参加!感動!完全燃焼!」に書かれています。
追記:担ぐ前に両肩のパッド「カツゲール」を貸して下さったおかみさん班のマダムMさん有難うございました。
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