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大下徹朗のアメブロ

大下徹朗のブログです。

201444日、奇しくも「4」が並ぶその日に、母が永眠しました。
乳癌発覚から数年、切除後の骨転移発見から約1年でした。

4/4未明
の父からの電話で訃報を知りました。
すぐに駆けつけましたが、もちろん冷たくなっていました。

ちょうど数日前に病院に見舞いに行こうと思い立ち、
でも父から「あー、その時間なら多分眠っているよ」と言われ、
その日に行くのをやめたことが心残りです。
土曜日に行くことを予定していましたが、金曜日に亡くなりました。

定期的に行くようにしていた中、急遽「行こうか」と思うのも虫の知らせ
なのでしょうね。直感に従って会いにいけば良かったと後悔しています。

最近は、夜に会いに行くと鎮静作用のある薬で昏睡していることが多く、
暗い病室の中で眠ったままの母の横で、
聞こえているか聞こえていないか分からない中、
あーだこーだ昔話や近況を語ることが多かったのです。
僕の指で母の目を開いても眼球は動くけど起きたような気はしないし、
逆に本当に起こしてしまっては痛みが復活しても可哀そうなので、
横で独り言っぽく語ることが多かったです。

もちろん不可能なことですが、4/4に逝くことが分かっていれば
もっともっとずっとずっと横に居てあげて、
日中起きている時間に談笑していれば良かったなぁ、と悔やまれます。

母の様子が少し変化したとき、父は深夜ごろ病院に呼ばれたそうです。
でもすぐに母の様子は元に戻り、父はいったん早朝に再訪問の準備のため
自宅に戻りました。そして、その合間に母が急逝。
1年近く毎日看病していた父です。母の「その時」に横に居られなかった父の
ほうが悔やんでいると思います。

ここ数ケ月の母は、終末期ガン患者特有の「助けてくれ」という発言も多く、
辛そうな表情を見せることが多かったです。
なので、いつもと違う、安らかな表情をした母を見て真っ先に僕が思ったことは
「やっと楽になれたんじゃない?」
と。
涙が出るよりも先にその一言が出てきました。
こんな安らかな表情の母を見るのは数ケ月ぶりでした。
父も、横になっている母を見て真っ先に「やっと楽になれたね」と
母を撫でながら声を発していました。
それだけ終末期ガン患者は大変でした。
父も足腰に爆弾を抱えながらもほぼ毎日母の看病のためにホスピスに通い、
ホントご苦労様です。夫婦愛はすごい。今年は結婚50周年のようです。

冷たくなった母が眠っている部屋で、母の横で兄と僕でいろんな昔話をしました。
母は眠った「ふり」をして、僕ら兄弟の会話を聞いているみたいでした。
次第に僕ら兄弟は「あえて母に聞こえるような」喋り方になっていました。
そして、
「母に話しかけるように」
「母からの返答を待つような」話し方になっていることに気付きました。
いまにも、いつもの母の口調でのツッコミが飛んできそうな感じでした。

葬儀は身内だけの家族葬で行いましたが、母が居ない中で家族が集まって
飲んでいても仕方ないなぁと思いました。
母の前での兄弟の会話や家族が集まって飲んだとしても
「母さんが居ないのに、、」という後悔です。
なぜ「母が生きているときにこういう場をもう一度持っておかなかったのか?」という
後悔の念が強いのです。
母が入院している間に全員集合してあーだこーだ語ったり、
3時間だけ外出許可を得て実家での飲みに参加してもらう、とか。
その位の試みをしても良かったと思います。

たくさんのストレスを与えてしまい、ごめんなさい。
耳が悪くなってきた母さんに声を荒げてごめんなさい。
物忘れもひどくなってきたときに怒ってごめんなさい。
バッグは一つしか買ってあげなかったね、ごめんなさい。
数々の悪態をついてごめんなさい。
都会の学校に通っていたとき、田舎者扱いしてごめんなさい。
作ってくれた弁当の彩りに文句言ってごめんなさい(美味しかったのに)。
読めと言われた本、買っていません、ごめんなさい。
元気だった頃、もっと僕とデートしたかっただろうに、全部断ってしまって
ごめんなさい。
もう一回、母さんと口ゲンカをしたいです。
いつもタイミング悪くかかってくる電話、もう一度かかってきて欲しいです。
母の日はいつも宅急便でごめんなさい。
なんか、謝ることしか出てこないんですね。

どうやってこの文章を締めくくれば良いのか分かりませんが、
「親が病弱になってからの親孝行は遅い」ということ。
時間を戻せるのなら、25年くらい戻って親孝行を開始したいです。


P.S.
今までは、身内の有事をブログ等に書く人を見て「?」と思っていましたが、
その人たちの気持ちが分かりました。
気持ちは整理する必要はないんですが、気持ちを整理できて、
残しておきたいんですね。
この文章を書いて、少し償えた気がします。落ち着きました。