おじさんの語る日本史(近代編)
第一部 江戸時代の終わり
第一章 ペリー来航
1 近代の幕開け
1853年6月3日 ペリーの率いる4隻の黒い船が浦賀(神奈川県)横須賀市にやってきた。これが、近代日本の幕開けをつげる出来事であり、歴史の教科書の近代もここからたいてい始まる。
日本の近代を学習するには、近代とは何かをきちんと定義しなくてはならない。しかし、教科書にはっきり書いてあるわけではなく、教師達できちんと説明できる人は少ない。多くの学生が近代とは何かここからつまずくことになるのだ。
近代とは一言でいうと、資本主義社会のことである。では、資本主義社会とはなにか。学生、教師ともどもなんとなくはわかっているが、実は良くわかっていないということが多い。私たちは資本主義社会に生きているので、なんとなくわかった気になっているし、学校でもきちんと教えずにそのまま先へ進んで行くのが普通だろう。
しかし、資本主義がわからなくては、歴史を理解するのはおぼつかない。歴史において社会制度は大きなテーマの一つだからだ。とはいえ、資本主義社会ほど巧妙で、理解するのに苦労する社会制度はないといえる。なにしろ、近代という資本主義社会が始まったときといえども、資本主義社会とはなにかを人々は理解していなかったくらいなのだ。資本主義社会が何かをきちんと解明できたのは、有名な経済学者マルクスであるといっていいだろう。それは、有名な『資本論』の中で、明らかにされている。資本論なんて過去のものだと言う人も今は多い。ソビエトなどの社会主義諸国の崩壊により、マルクスは間違っていたなどと述べる人もやたらと出て来たが、そういう人に限って、資本論すら読んでいないことが多い。少なくとも人を批判するにはその人の主張を理解してから反論すべきだとおじさんは思っている。おじさんが思うに、資本論は現在でも少しも古びていない本だ。資本論は近代経済学批判と副題がついており、基本的には経済学の論文なのだ。共産主義について述べた訳でもなく、純粋に資本主義社会の分析である。この内容は正しいとおじさん実は思っているし、少なくとも歴史の理解には必要な本だと思う。学生のみんなも大学生になったら、是非読んで欲しいね。ここで、資本論について話し出すと、それだけで一冊の本になってしまうので、簡単に述べることにして、なるたけ先へ進もう。目の前の受験があるんだろうから、深入りをしないのが得策だ。したがって、近代という言葉の理解も曖昧になってしまうが、学生にそんな厳密なことは要求されないだろうから、イメージが掴めればそれで十分だ。
そもそも、資本論を書いたマルクスは、もともと哲学に興味があって、ドイツの観念論哲学を研究していた。哲学とは何かと問う人もいるだろう。哲学とは何かということも本当はきちんと説明しなくてはいけないんだ。でも深入りはやめて、ここでは、よく考えることを哲学というと思ってくれ。
何でもよく考えてみる、よく考えてみると、なにか、わかって来る。この世の中のことが理解できるようになってくる。そして、この世の中のことをなんでもうまく説明できるようになるはずだ。
そして、世の中を説明する法則を発見できるようになるはずだ。このようにして、哲学は、世の中を説明する法則を見つけ出そうとする。もちろん、これはなかなか難しい。簡単に述べてみよう。
世の中には、観念(理想ともいえる)の世界と、現実の世界がある。例えばある男子学生が女子学生と世界平和について論じているとしよう。世界平和とはなにかは難しいことだが、なんとなく、イメージは出来そうである。このイメージは、観念の世界のものである。目に見えるわけではない。ところが、その女子学生がなかなかかわいらしくて、胸の谷間が丸見えの服を着ていて、おまけに超ミニのスカートなんかをはいていたとしよう。男子学生が思わず胸元へ目を、太腿へ目を移してしまったら、たちまち妄想が沸いて来て、世界平和はどっかへ行き、下半身がいうことをきかなくなることもありだろう。これは現実の世界である。ところでこの場合、世界平和と男子学生の体の変化とに何か関係を見いだすことができるのか。これは別々のものと言ってしまったら、世の中をきちんと説明したことにはならない、説明放棄だ。きちんと考えれば、二つの間にはなんらかの関係があるはずだということになる。その関係を説明できるものが、哲学の法則にほかならない。 そして、マルクスの生きていた時代にその法則が発見された、それは弁証法だ。これはヘーゲルという人によって発見されたもので、非常によくできている。では、さっきの関係はどう説明するのか。実はこれはここで簡単に説明できるものでない。なかなか、難しい説明をしなくてはならない。
まあ、とにかく、法則が発見できたとしよう。すると、その法則を使って、未来を予測出来ることになることになる。世の中を説明する法則なのだから、現在の世の中と未来の世の中の関係を説明できるはずだからだ。ところが、弁証法では、これは上手くいかなかった。
とすると、ヘーゲルの考え方は非常にすばらしく思えたが、どこかおかしいわけだ。哲学に興味のあったマルクスは、非常に苦労をする。そして、彼が考え出した一つの解決法は唯物史観というものだ。
ところで、おじさんはさっきから何を言っているのかとみんな疑問に思っただろう。歴史の話から、資本論の話、そして哲学へとどんどん話がそれていっている。いいかな、ここがもっとも肝心だ。歴史というのは人間の行動すべてを含んでおる。すなわち、歴史を理解し、説明するというのは、人間全部を相手にするようなものだ。そしてそれは、実は非常に難しいものだ。歴史を理解すると言う事は、ものをよく考える、世の中のことを理解しようとすると言う事で哲学ともいえるのだ。さっき述べた哲学というのも当然歴史も説明しようとするものだ。歴史と言うものは過去と現在の関係だけでなく、現在と未来の関係も明らかにできなくては本当はいけない。なぜなら、過去と現在の関係がわかったならば、過去を現在に置き換えて、現在と未来との関係も説明できなくてはいけないんだからだ。でも、ヘーゲルはそれに失敗した。そこでマルクスは代わりに唯物史観で説明し、未来を予言した。では、未来はどうなるかと予言したのか、それは共産主義社会が到来すると予言したのだ。
ここで、勘違いしてはいけないのは、未来を予言するといっても、明日の競馬の予想のようなものとは違うと言う事だ。世の中のことといっても競馬とかではなく、もっとスケールの大きなことなのだ。スケールの小さいことのほうが、予言は実は難しいのだが、まあ、ここでは深入りしないようにしよう。 現在、共産主義社会が消滅しつつあることを考えると、マルクスの予言は違っていたとも思える。これに対して、ソビエトなどはマルクスのいう共産主義社会ではなかったという人もいる。その評価は難しいが、歴史の教科書はいまもって唯物史観がベースになっていると思われるものが多い。だから、ともかく、マルクスのいったことをある程度理解して、歴史を勉強する必要がある。実のところ、唯物史観にかわる説明方法はなかなかないのが現状なのである。そこでおじさんはこれまでとうとうと述べてきたわけだよ。 では、唯物史観とはなにか。これも、この本で説明するのはあまりにも難しい。いいかげんに言うとすると、マルクスがヘーゲルの哲学を克服するため生み出した哲学であり、歴史の中心に物質をすえ、世の中が原始共同体制、奴隷制、封建制、資本主義、共産主義の五つに段階を追って発展して行くとする考え方である。観念の世界を否定したので、唯物という名前がついているのだが、その詳しいところは、ここでは述べない。が、この発展段階の資本主義に対応するものが近代である。封建制に対応する時代が中世であるとされている。この近代と言う時代の日本における幕開けがペリーの来航となるわけである。これで、ようやく話がもとに戻った。ペリーの来航は実は日本が資本主義の段階に入ることを象徴する出来事であったということになるのだ。
これまでの話がどうも良くわからんという人もいるだろう。わからなくて当然、みんな簡単に(いいかげんに)説明しているのだから。ただ、イメージだけは掴んでくれ。すなわち、歴史を説明する唯物史観という哲学の法則があって、それは、社会を五つの段階を追って発展していくものとしていること。そして、近代とは、資本主義の社会のことをさすことだ。よいかな。
では、資本主義って何かというのが次の問題だ。これも、前に言ったように、実は簡単ではない。やはり、いい加減に説明することになってしまうが、雰囲気を掴むように頑張ってくれ。その前に、資本主義の前の段階の封建制について、説明しよう。
日本に封建制があったのかどうかそのことすら実は、歴史学者もかんかんがくがく言う大問題である。だが、とりあえずは、いい加減かもしれないが、江戸時代は封建時代であると考えることとしたい。イメージが掴めればとりあえずはいいのである。
封建制は御恩と奉公の関係などと歴史の本には良く書かれていたりするけれども、マルクスのいう封建制の意味は少し違う。簡単にいうと、誰か力のある者が、農民を支配して、その作物を強制的に取り上げる制度である。
江戸時代でいうと、殿様がいて、自分の領地(藩)の中に農民を住まわせ、田畑を耕かせ、収穫を年貢として取り立てるという関係が封建制というものである。農民は、奴隷とは違って、自分の家や田畑というものを持っているが、殿様には逆らえない。
ここで、注意すべきは、年貢はお金でなく、作物であることである。日本ではこれは米であった。お金ではないのだよ。ここに注意だ。江戸時代では殿様の実力を石高(米の量を計る単位)で表わしていた。加賀何万石などと呼ばれていたりするのを大河ドラマなんかで見たことがあるだろうかな。
これが、資本主義になると、米でなく、お金になる。そして、資本主義の現代の世の中で言うと、年貢にあたるのは税金だな。もし、国が殿様にあたるもので、サラリーマンとかが、農民にあたるとすると、世の中は江戸時代とたいして変わらないとも思えてくる。資本主義の世の中も、封建制も構造はそんなに変わらず、昔より多少自由になったにすぎないとも思えてくる。でも、実は全然違うのだ。その秘密はどこにあるか。それは、お金と言うものにあるのだ。いいかな、お金は貯金できるのはみんな知っているはずだ。お米はできるかな。できそうにも思えるね、蔵を作って、取っておけばいい。米屋さんに売っぱらえばいいなんてのはだめだぞ。実は、米屋さんのように、米をお金で買い取ってくれるのは実は資本主義なのだ。仮に米を蔵に保存したとしても、そのままの価値を保存はできない。米は古くなってきて古米になっちゃうし、いずれ腐って来る。お米は貯金にあたるようなことはできないのだ。ここは実は大変な違いなんだ。このような、お金は貯金と言う形で価値を保存できるという性質が重要だ。この性質のため、資本主義社会では、お金がお金を生むことが可能になるのだ。
お金がお金を生むということはみんなもなんとなく理解できるだろう。例えば大金を持っていれば、銀行に預けて利子だけで生活できることをみんなも知っているだろう。そこで、資本主義社会では、人々は食べ物が欲しいなどと言う具体的な動機でなく、お金持ちになりたい、とにかく、お金というものが欲しいと言う理由で動くようになる。とにかく、なんかに使うためというよりも、お金だけが欲しいということをみんな思うようになる。君達の中にも、銀行の通帳の金額が増えて行くことにのみ喜びを感じる人がいるかもしれない。これを利潤目的という。だが、これは、大変なことだったのだ。詳しく説明する余裕がないが、この性質によってお金持ち(資本家)と貧乏人(労働者)いう人達が出て来ることになるからだ。封建制で大金持ちはいない。大米持ちはいるかもしれない。しかし、いくらたくさんお米を持っていてもいずれは腐ってしまう、それだけなのだ。
世の中にはお金持ちと貧乏人がいるのが常だ。お金持ちは、優秀だからお金持ちになり、貧乏人はどんくさいから貧乏人なんだと、みんな思っているかもしれない。ところが、マルクスが資本論の中で明らかにしたのはそうではなかった。彼はこういうことを明らかにした。お金持ち(資本家)と言うのは、資本主義の社会の初めの方でお金を一杯集めた人のことで、彼等は何もしなくても、貧乏人(労働者)をこき使うことによって、どんどんお金持ちになっていける。これに対し、貧乏人というのは、資本主義の最初でお金を集められなかった人のことで、彼等はお金持ち(資本家)に使われて、一生懸命働けば働くほどますます貧乏になっていく。そして、お金持ちは、資本主義の最初にお金を集める時、暴力を使った。いうなれば、お金持ちは強盗と一緒だ。しかし、お金持ち(資本家)を強盗と呼ばないのが資本主義だと。働かざる者食うべからずなどといいながら、働かないお金持ち(資本家)の存在を許しているのが資本主義だと。
そして、歴史は、資本主義で美味しい思いをしているお金持ち(資本家)の貧乏人(労働者)に対する暴力、それに対する貧乏人(労働者)の抵抗を軸にして展開していく。一国の中でのお金持ちと貧乏人の対立であったり、お金持ちの国と、貧乏人の国との対立であったりする。
学生のみんなにこのような話をするのはどうかとも思う。でも、おじさんはいままで生きて来てやはり、良い悪いを抜きにして、マルクスのいうことは本当だと思う。そして、歴史の時間にこういう話を先生がしないし、教科書に書いていないのは、やはり、みんなに本当のことを知らせたくないからだろうと思う。でも、本当のことを知らなければ歴史はわからない。受験のためであれ、本当のことを知って歴史を勉強しなければ、ただの丸暗記になるだろう。まず、みんな歴史を理解して見よう。それから、年号とかを覚えたほうがきっといいと思う。そして、世の中は、変えることができるのだ。希望は捨てないでくれ。 ここで、君達は、封建制でも殿様は何もしなくても、楽してるではないかと思うかもしれない。資本主義とどこが違うんだと思うかもしれない。これも、詳しく説明すると大変なことなのだが、簡単にポイントを教えておこう。封建制では殿様は領地に強制的に農民を住まわせ(勝手に引っ越しはできないようにする。)、年貢として、農民から米を強制的に取り上げる。そして、大事なことは、農民の耕している土地は実はだれのものかはっきりしていないということだ。殿様の物でもあるし、農民のものでもある。そんなことをうるさく言わなくても殿様は年貢を取り立てられればかまわないのだ。ところが、資本主義では、お金持ちはこうする。農民を安く雇って、自分の土地を耕させる。土地はお金持ち一人のものであり、できた米はすべてお金持ちのものだ。資本主義の方では、農民は殿様によって強制的に働かされているのではない。自らの意思で働いている。一見自由に見える。ところが中身は同じだ。それどころか、実際の中身はもっとひどくなるというのがマルクスの分析だ。このように、封建制では、殿様は誰の物なのかいま一つはっきりしない土地で、強制的に農民を働かせるが、資本主義社会では、資本家の所有している土地で、労働者を安く雇ってはたらかせるシステムであり、ここが違うということになる。しかし、資本主義の方が見た目より中身は実はひどいということだ。
このように、資本主義は労働者(貧乏人)をこき使うシステムである。そして、それによって大金持ちが出現する。その大金持ちによってお金儲けのために大工場が作られ、多くの労働者が安く集められ、軍艦などの複雑な工業製品が作られるようになる。このような、複雑な工業製品は資本家(お金持ち)という人が出現する資本主義社会に至って生み出される物なのである。すなわち、資本家という人々はもっともっとお金が欲しいと思っている。そのため、今持っているお金を使って、工場を作ろうと考える。工場で作るような複雑な製品は、お金がなくて、自分で作れない人達は買うしかほかに手に入れる方法がない。そこで、工場を作り、労働者を安く雇って、一杯働かせれば、製品をいっぱい作って、いっぱい売って、いっぱい儲けが出て、ますますお金持ちになれる。資本家たちは競って同じように工場を作り、いろいろな製品を作り出す。他の工場より、良い物を作って、たくさん売ろうとするので、工場で製品を作る技術はどんどん向上して行き、どんどん複雑な製品が生み出される。このような、工業製品の存在するのも資本主義と封建主義の違うところである。
話がまたそれたが、ペリーの来航は日本の資本主義社会の幕開けなのである。これまでは、日本はどちらかというと封建制社会であったが、ここから、世の中ははっきり資本主義社会に向かって行くのである。このことを次に説明しよう。