ナレーション

  昔々、とあるところに、貧乏な亭主とかみさんが
小さな家に住んでいたのでございます。
この夫婦は、仲の良い夫婦でございましたが、なかなか子供ができず、
時々そのことで口論になることも珍しくなかったのでございます。
ところで
この家の裏側には薬草園がある大きな農場が、ございまして、
小さな人、今でいう、生まれつき障害を持たれた方々が、集団で生活を営んで
薬草を大切に育て、薬を作って、生活の糧にしていたのでございます。
村ではそこのことを妖精の園といって、
そこで暮らす人たちを妖精と呼んで敬っていました。
しかし、薬を作るための牧場や農場ですから
農園の関係者以外には立ち入ることができなかったのでございます。
ただ
夫婦の家には農園側に小さな窓があり、ここから、薬草園が見えたのでございます。
ある日
夫婦は、いつもの通り、子供ができない責任をなすりあい
大きな声で口げんかをしておりました。
すると
玄関の戸をたたく音が聞こえてきたのでございます。

ブルーノ


イルザ、客だぞ、お前がギャーギャー騒ぐから
ご近所が苦情言いに来たんじゃないのか


イルザ


なによ、あんただって、でっかい声で怒鳴り散らしてくせに


ブルーノ


いいから、出ろ


イルザ


んーもう、
あらー妖精さんじゃない


ミハエル


あのー・・・薬草園の管理人のミハエルだけんどな
あんたたちのケンカな
うちの農夫たちが気になって気になって
仕事が手につかないっていうのじゃ
んったく、朝から晩までやってくれるからのー
それでな、わしが事情を聴きに来たっていうことじゃ
いったい何が原因なんだい


イルザ


それは、ご迷惑様なことで
申し訳ありません。
実は私ども、夫婦には子供ができなくて
それで、私は主人の種のせいじゃないかと


ブルーノ


なーにいってんだ
おめーの畑が肥えてねえからだろーよ


イルザ


そんなことないわよ
毎月来るもん来てるし
あんたこそ、こっちがまだまだっていうのに、すぐ出ちゃうじゃないのよ


ミハエル


まあまあ、お二人とも
そっかー、そういう事情があったんかい
確か、いっしょなにって十年なるな
それは、さぞ、辛かろう
それでは、「あるじ」に頼んで
体を温める薬と精力剤を作って持ってきてやろう
この薬を飲んだからと言ってかならず子供ができるということは
約束はできないが、少しは役に立つかもしれないぞ。


ナレーション


そういって、ミハエルは農園に帰ってゆきました。
あくる日
また、ミハエルがやってきて、薬を持ってきてくれたのでございます。
イルザにはからだを温める薬、ブルーノには精力剤をあたえたのでした。
そして、数か月後
その薬がきいたのでしょうか。
イルザは待望の子を授かり、臨月を迎えたのでございます。
しかし、イルザは臨月だというのに体調がすぐれず
つわりのような状態がずーっと続いて
なにも食べられない日が続いたのでございます。
心配したブルーノは、農園に行ってミハエルに相談したところ
ミハエルは一抱えのノヂシャを持ってきて
これをサラダとして食べるといいと言ってブルーノに渡したのでございます。


ブルーノ


おい、かえったぞ
あの、ミハエルから妊婦にはとても、いい効能のある薬草をもらってきたぞ


イルザ


あら、薬草園から貰ってきたの
それは効きそうね。
あら、これ、ノヂシャじゃないの
そこらじゅうに生えてるわよ。


ブルーノ


でも、おまえ、ミハエルさんが折角くれたのだから
喰ってみろよ


イルザ


そうね。子を授かったのも薬草園の薬のおかげだし、
試してみるわ


ナレーション


イルザは早速サラダにして食べてみました。
あまりのおいしさに一抱えのノヂシャを瞬く間に食べてしまったのでございます。


イルザ


これ、そこらのノヂシャと全然違うわ
すっごくおいしい、
他のものは何も食べられなかったのに
これならいくらでも、食べられるわ。


ナレーション


そういって、
イルザは農園のノヂシャを大そう気に入ったのでございます。
ブルーノは農園に行ってもっと分けてほしいとて言ったのですが
薬草なのでタダでは分けられないと断られました。
しかたなく、そこらの野っぱらで、ノヂシャを摘んで、家に持ち帰りましたが
イルザの口にはあわず
食べようとはしませんでした。
仕方なく、ブルーノは薬草園の農場主に
「子供が生まれたら何でもする」と約束し、
ノヂシャを分けてもらえるようにしていただいたのでございます。
イルザはすっかり体調を戻し、そんなことがあった次の週に
男の子と女の子の双子の赤ん坊を産んだのでございますが
食べられない日々が続いたせいでしょうか
男の子は産まれてすぐに死んでしまい。
イルザも間もなく後を追うように、この世を去って行ったございます。
そこへ、ミハエルがやってきました。


ミハエル


ブルーノ、大変だったな
ブルーノ わざわざ、弔いにきていただきありやとやんした
ミハエル 今日ここに来たのはほかでもない
実は約束を果たしていただこうということでな
参ったのじゃ


ブルーノ


なんでございましょう
まさか、こんな時に金をだせとでも


ミハエル


金がないのは分かっておる
先ずな、胎盤をいただこう


ブルーノ


た胎盤でごぜーますか


ミハエル


そう、胎盤だ。へその緒もいただくぞ
どうせもういらないだろう


ブルーノ


そんなもの何になさるんで


ミハエル


胎盤やへその緒は薬になるのじゃ
お前は知らぬかもしれぬが、遠い国では
胎盤を焼いて、産後のおなごに食べさせて精をつけさせるところもあるんじゃ
親戚にふるまうところもあるそうじゃ


ブルーノ


へーそーなんですかへその緒だけに


ミハエル


この状況でよくそんなことを言えるな
それとな、この、母と息子の遺骸をな
こちらで葬りたいのじゃ
母と子をいっしょに棺に入れて立派な墓にいれてしんぜる。
どうせ、お前さまでは満足な墓も建てられまい。


ブルーノ


確かにそうでございます。
そこらり庭にでも埋けてしまおうかと思っていたところです。
ありがたい申し出、お受けしたいと思います。


ミハエル


それとな、最後に
この、生まれた娘をいただきたいのじゃ


ブルーノ


えーーまさか、切り刻んで薬にでもするのですか


ミハエル


まさか、殺しはせぬ
実はな、ここだけの話
赤子のうんちは薬用酒になるのだよ。


ブルーノ


それでは、別につれていかなくともよいのではないですか
ここで、とったものをお持ちすればよいのでしょう


ミハエル


いやいや、そうではない
食べるものがきまっておるし、育て方があるので
この家では無理なのじゃ


ブルーノ


そんなー、母ちゃんも、息子も失ったってのに
娘まで持ってってしまうなんて いくら約束といったって
そりゃあんまりだー


ミハエル


ブルーノ、考えてもみろ
お前ひとりで乳飲み子を育てられるのか
乳は誰から貰うのじゃ
どうせ、親戚に預けっきりなるんだろ
挙句の果てにどこかに養子に出してしまうのだろ


ブルーノ


それだって、俺の娘だべ。
そーか、預けるのは何年だべ
少しの間だったらかまーねーぞ


ミハエル


いや、一生、農園ですごしていただく


ブルーノ


えーーそんなこと、おらできねーよ
近所からなんて言われるか


ミハエル


案ずるな
ここに少しばかりの金スがある
他の土地に行ってな、やり直すといい
娘は悪いようにはしないさ


ブルーノ


はーー
一晩考えさせておくんなさい


ミハエル


いやいや、
娘には何も飲ませるものがなかろう
農場に行けばヤギの乳もある
牛の乳もある


ブルーノ


そうでごぜーますか


ミハエル


遺体はまもなく、うちの農園の者たちがやってくるから
運ばせていただきたい、農園できれいに着飾って、棺に入れ
明日の朝、墓地で埋葬になる


ブルーノ


そんな、もう持って行っちゃうんですか
娘とももう会えないんですよね。


ミハエル


残念だがそのとおりじゃ
今までのことはすべて水に流して
なかったことにするのじゃ


ナレーション


ブルーノは泣く泣く、ミハエルの言うとおりにしたのでございます。
母と息子の遺体は農園に運ばれ
薬になる臓器をくり抜かれて、わからないように綺麗な服を着せられ
棺に入れられました。


ミハエル


だんな、すべて思惑通りいきましたな


農場主


このことは一切、他言無用じゃ


ミハエル


わかっております。だんな
どうせ死体は墓に捨ててしまうのですから
まだ生きている人を救う薬となるならば
死んだものとしても本望でございましょう


農場主


それでは、あの娘のためにな
明日から塔を作るぞ
そこらの梯子では届かない高さの塔だ。


ミハエル


塔の中の階段はいかがいたしましょう
農場主 作らなくてよい。空洞にしておけ
空洞の入口も作るな
そしてな、下から漏れぬように石をきれいに敷いて
水も漏れぬようにしておけ


ミハエル


わかりました。
あしたから、とりかかります。


農場主


それにしてもよく泣く娘じゃ、きっと良いものができるぞ


ナレーション


農場主はいったい何を考えているのでしょうか
今夜はここまで、物語は来週に続きます。
それまで、皆様におかれましては、ご機嫌ようお過ごしくださいませ