今年になってから一番の厚着をしている。
「寒の戻り」というらしい。
外の風は強いし、晴れとはいえ空は雲がちなので
家屋があたたまらない。
春だと思ってる身体が適応できなくて
室内でも着込んだ。そしてコタツに。。。
*
あったかいミルクコーヒーが飲みたいな
と、ふと思いながら目を覚ます。
ゆうべ見た、刑事コロンボのあのシーンだ。
普段はブラックを飲むのだが、
1970年代のドラマを見ながら、
久しぶりに甘いミルクコーヒーを口にしたいと
なぜか思わせられたのだ。
コロンボ第4話「指輪の爪あと」は傑作だった。
こんなのが見たいとずっと思っていたような
ドラマだった。 今年見た中では一番!
時間の流れといい、音楽の素晴らしさといい。
映像には映らないが、画面に合わせて吹いてる
ファゴット奏者とオーボエ奏者の挙動まで脳裏に浮かぶ。
こんな素敵なドラマ回を今まで知らなかったとは・・・
寝返りをうちながら、70年代の子供部屋と
教科書とノートとコーヒーとひざにかけた毛布と
定規と鉛筆と、電気スタンドの灯りを思い出した。
甘いミルクコーヒーの湯気がのぼる。
棚にある新潮文庫のホームズの青い背と、
ラジオのカバーとスイッチと選曲つまみと・・・
ジャニス・イアンの曲が突然、頭で流れだして・・・
ぱちっと目を開ける。
Janis Ian - Miracle Row (1977)ってアルバムの
六曲目「 Let Me Be Lonely 」
が脳裏にリズムを刻みだしたのだ。
ベッドを降りて、時計を見ると 02:22 だった。
*
起きてしまったので、その音楽を検索して
聞きながら、電子書籍でも見る。
ジャニス・イアン「奇跡の街」、一曲目が流れて来た時に
開いてみたのは、
モンゴメリの「青い城(The Blue Castle)」という小説だったが
なぜだかグッドマッチした。
ジャニスはニューヨークの都会の街の孤独を歌い、片や
赤毛のアンのモンゴメリは、カナダの田舎で29歳の未婚女性
の気持ちをつづるのだが、
片方が片方をおぎなうように時間が過ぎてゆくのであった。
意外と合うじゃないか。
*
眠れないままに徒然と書き始めたのだが、
せっかくだから、季節のメモもしたためておこう。
桜のソメイヨシノはそろそろ散り終わって葉桜に変わるであろう。
家の前の藤はまだ満開である。
モズとクマバチが電線の高さを制空している。
畑地はレンゲとハルジオンとハハコグサ。
そのジャングルに子連れの猫が潜んだり踊ったり。
四月二十日(月)にアマサギが初飛来した。
ダイサギ、コサギ、チュウサギ、アマサギがそろった。
川で「2の字」になっているのがコサギ。対照的にせせらぎの
中に、重機の様にクレーン立ちしているのがダイサギ。
掘られて耕されて土色になったレンゲ畑の周囲には、
フラミンゴ色したアマサギの、すぐそばにいる白鷺が
尾にレース状のふわふわしたすそを伸ばしていて、
初めて見るサギの種類かとぐぐってみたのだが、
ただチュウサギが夏羽に生え変わったタイミングと
いうだけのことなのだった。 シーズンは着々と
スプリングからサマーへ頁をめくっているのだろう。
たまたま今日が「寒の戻り」。
甘いミルクコーヒーが飲みたい日が
たまに間に挟まってもいいだろう。
モンゴメリの「青い城」は、五月の雨の描写から始まる。
季節的にもちょうどいいだろう。
*
ニュースとか見れば、 トランプさんもプーチンさんも
「SF-2020」とかいう、SF物語のキャストのようで
想像通りのことをいい、想像通りの動きをしているかのようだ。
むしろ名も知らない意外な小国の首相とか大臣とか知事の方が
死角や盲点をつく本来的人間的な何かを見せてくれるのかもしれず。
私の空想の「SF-2020」の中の、日本の大臣は
「冬眠施行法」を発布。よりよい「冬眠の仕方」を模索中。
家賃も給料も労働も燃料も運賃も商品価格も、冬眠経済法を施行。
三月中に✕5%冬眠(縮小)、四月に10%、五月に40パーセント・・
新々年度、及び学校も九月からの開始に移行。
暮らしを徐々に冬眠するってどういうことなのだろうと思うけれど、
空想上の「SF-2020」はとりあえずそんな流れで、
その冬眠中に 究極のカレーライスや究極のラーメンや
究極の囲碁や将棋や、究極の新一年生や、究極の小3や中2や
究極のパパやママや、究極のダイエットや上腕二頭筋や、
究極の小説や詩や俳句や、交響曲や協奏曲や、消しゴムはんこや
究極の水や空気や木や土や、、、が
いつの間にか熟成されてることになっているのですが、
現実の一年後にはどうなっていることやら。
とりあえず台風や水害の季節の前には
いくらか収束を見せてないと、避難や救助も一段難しくなるのだろーか