75歳?なのか、よく覚えてないが
年始早々に倒れて
今年、色々な入院治療を繰り返して
不死鳥🐦🔥のように蘇った我が父
昭和の時代の父は
まーったく子育てに関与せず
タバコ🚬をばかすか吸い
夜は飲み🍺に出歩き
母には、辛辣にあたる
頭の回転が速く、完全なる理系頭
手先が驚くほど器用で
地方国立大の工学部機械科卒のため
廃材で何やら色々な機械を作り
破天荒で気分屋
孫からは「ジジソン」
(ジィジ+エジソンの造語)とあだ名をつけられて
一目置かれた存在
母からいつも父の悪業を聞かされているので
娘の私は、第三者的な、、、、距離感で
特に話すこともなく、元気?程度
実家に帰った時
数年に一度の頻度で
お酒と夕食を共にする時だけ
酔って上機嫌にバカ話しをして
それに大ウケする娘
そして冷めた表情の母
これが私と父の関係
これまで、大した相談もしたことがなかったが、
母に小5娘の扱いが難しいと電話した時
母のそばに父がいた
母が、小5の娘の気分屋さんは父にそっくり、父にどうしたらいいか聞いてみたらいいんじゃない?と
父に電話をかわった
えーっと、父に相談したことないから
どうやって伝えたらいいものかと悩みながら
反抗的な小5娘の状況を伝えた
「そりゃ、あんたが小5の時を思い出してみろ。」
…えっと、生意気なそりゃ反抗的な、何でも自分が正しい、大人はいちいちうるさいなー…って
父から言われると自分が忘れていた子どものころの感情がスラスラと…
「で、あんたは、娘をどうしたい?」
「だから、勉強が嫌いだから、高校受験とか大学受験しなくていいように中学受験で…」って説明したら
「それは、あんたの勝手な考え。娘がそう思ってるのか?」
ぐっっ…。
「ほっとけばやるときがきたらやる。」
「やる時がきてもやらなかったら?」
「そりゃ、しょうがない。でもどうとでもなる。」
「じゃあ、私は何も言わないのが正解?」
「そりゃ、言いたければ言ったらいい。」
「でも、言っても聞いてくれないもん。」
「そりゃ、信頼されてないからや。そして信頼してあげてないからや。」
…ぐぬぬ。
「そっか、ありがとう。わかった」
子育て
何もしてこなかった父だったけど…
アドバイス、胸に刻みます。