自分の感受性くらい
自分で守ればか者よ
と茨木のり子さんは詠った
その詩を私はきちんと理解できていないけれど。
目に映る風景や光景で幸せを感じる心
でも、見たくないと思う光景もある。
そんな光景を目にした時、
何もできない自分に。同情してしまう自分に。腹がたって。
どうしようもなく苦しくなってしまう。
だから、目なんて見えなければいい。
何も感じない心なら楽なのに。
とか一瞬。大袈裟だけれどよぎる時がある。
でもすぐ後に、もし私がそうなってしまったら、お父さん、お母さんを悲しませるな。苦しませるな。
って思ってまた胸が苦しくなってしまう。
私の目に映る色々な景色で苦しくなる事よりも、幸せを感じられる事の方が何倍も何10倍も何100倍も多いから生きていられてる。
大袈裟かもしれないけれど。
感じる心なんてなければいいと思う事があるけれど、弱い心の私だけれど、
幸せを感じられるこの心を大事にしていこうと思う。
改めて。
私には春という季節は秋よりも物思いにふける季節な様です。
と茨木のり子さんは詠った
その詩を私はきちんと理解できていないけれど。
目に映る風景や光景で幸せを感じる心
でも、見たくないと思う光景もある。
そんな光景を目にした時、
何もできない自分に。同情してしまう自分に。腹がたって。
どうしようもなく苦しくなってしまう。
だから、目なんて見えなければいい。
何も感じない心なら楽なのに。
とか一瞬。大袈裟だけれどよぎる時がある。
でもすぐ後に、もし私がそうなってしまったら、お父さん、お母さんを悲しませるな。苦しませるな。
って思ってまた胸が苦しくなってしまう。
私の目に映る色々な景色で苦しくなる事よりも、幸せを感じられる事の方が何倍も何10倍も何100倍も多いから生きていられてる。
大袈裟かもしれないけれど。
感じる心なんてなければいいと思う事があるけれど、弱い心の私だけれど、
幸せを感じられるこの心を大事にしていこうと思う。
改めて。
私には春という季節は秋よりも物思いにふける季節な様です。



