怒涛の年始から帰宅してだいぶ経つのに
常に床に物が落ちている家で泣きそうになる

なぜリセットが出来ていないのかというと年始の荷ほどきが終わらぬうちに日常が始まり日常に追われているから
そして、荷ほどきの残骸がちらほら…

うちの日常が始まったのは17日からだから…あ、もう1週間だ
もう少しで終わりそう

ついでに階段下収納も手前だけ見直しした
夫のゴルフバックも階段下収納に
毎月ゴルフへ行くわけではないので階段下でもいいかなと思ったのだけれど

みんなゴルフバックってどこに収納しているのかな?


そして、シーズンオフのものはキャリーケースに収納することにしてみた




年始の旅行からの帰省でわかったんだけど、3日分か4日分の服があれば暮らせるんだよね
持っていかなかった服は、なくてもいい服なんだとわかった(季節物は別として)

お下がりを沢山持っている子がいて、着ていない服もあるので整理しよう

帰省先と旅行先で過ごしてみて、家の中で使わずでもなんとなく残してあるものってまだ沢山あるな~って気付いた

いつでも人を招き入れることが出来る家に憧れもあるのだけれど、何より生活しやすくしたい
身軽に生きやすくなりたい

引き続き整理がんばろう




子供が不登校で家にいると、また、イライラしちゃうようになった
少しずつ、子供が家にいても気にならなくなってきている感じだったのになぁ
ちゃんとやれよ!
っていう気持ちが強い
ちゃんと朝起きろ
ちゃんと学校へ行け
ちゃんと課題やれ
ちゃんと部活へ行け

すごくキツイ

これは私が私に思っていることなんだろうな



子供が出来ていないと口うるさく言いたくなる
口うるさく言わなくても良いように
穏やかに見守ることが出来たらな



子供(不登校っ子とは別の子)のズボラさと忘れ物で先生から連絡があって私が思ったことは
「ちゃんと出来ていない親の私が恥をかく」
ということ
どうしてこんなにも人の目を気にするのか
自分でもしんどい
でもまだこの子は小さいから、親のサポートが必要と思ったら、サポート出来ていない私を責めてしまう

これは、子供を使って私が私を責めているのかもしれない

子供がちゃんと出来ていなくても私は私を責めなくて良い
と、頭ではわかっているのになぜ責めてしまうのか

私自身、「お母さんがちゃんと準備してくれなかったから恥をかいた」と思っている経験がある
小さい子供の私ではどうにも出来なかったことだから、母がしっかりしていれば…
でも、大人の母のせいだったとしても、私は母が好きだ

ちゃんとしないとダメだ

ちゃんとしないと愛されない
それは、家事を疎かにして父に起こられていた母を見てきたからかもしれない
「お母さんを怒らないでほしい」
「ちゃんとしないと怒られちゃうんだ…」
と思っているのかもしれない

でも、父と母はまだ夫婦だし、なんだかんだ父は母を愛しているんだろうと思う
それは、逆もそう
母もなんだかんだ父を愛している

だから、大丈夫

ちゃんとしていなくても愛されている

私だってそうだ

学校を中退した私を
両親は愛してくれている

ちゃんとしていなくても大丈夫

安心して暮らそう















年始に悲しいこともあったから
こんな時、実家の近くに住んでいたらな…沢山会いに行ってそばで寄り添えるのに…と、思った。

今日、子供を公園で遊ばせていて
「今からおばあちゃんに会いに行こうか」
と、会話している親子を見て、羨ましいと感じた
義理の母だったかもしれないけれど、近くに親族が住んでいる人たちを「いいな~すぐに会えて」と、羨ましく思い、そして、それが出来ない自分の状態を悲しく寂しく思う

母親に会いたくて泣きそうになった