人生の目的には幸福に生涯を送れることにある。
人生をいかに考え、行動するか。
それは四諦を理解し、八正思、八正道を記憶し実践することにある。
人生を幸福に生きるためには八正思、八正道が初めの心の物差しである。
特に若い人には八正思、八正道を心の物差しとして利用してもらいたい。
人生の目的には幸福に生涯を送れることにある。
人生をいかに考え、行動するか。
それは四諦を理解し、八正思、八正道を記憶し実践することにある。
人生を幸福に生きるためには八正思、八正道が初めの心の物差しである。
特に若い人には八正思、八正道を心の物差しとして利用してもらいたい。
心の中に浮かぶ考え想念は四つの領域に分けることができます。
理性、智性、感情、本能です。これが考える時の物差しです。チェック項目です。これに4つの項目を足して八正思とします。八正思は八正道の別の道ではなく同じですが、視点を変えた物差しです。
理性 真実を深く見る。
真実を間違いのないように深く探る。
正しい真実を知ること。
考えるときは真実な情報が必要である。間違った情報からは、正しい結
論は引き出せない。
智性 真実の情報でも自分の都合でデータを曲げないこと。
情報にバイアスをかけない。嘘で事実を曲げない。
真実に基づいて考えること。
感情 自己本位にならないで人に親切であること。
感謝の心を持つこと。
本能 人の欲望にはきりがないことを知ること。
人の欲望には満足することがなく、限度がないことを知ること。
欲望には足ることを知ること。
四つのチェックポイントを強い意思をもって実行して、反省をし念ずること。
意思 思うこと行うことを正しくすることを強く思うこと。
実行 正しく思うこと正しい行いを実行して結果を学ぶ。
反省 実行した結果を常に反省をして正しく思うこと正しい行いを修正するこ
と。
想念 正しく思い習慣になるように念ずる。
人間の脳は簡単に記憶できないので、何度でも繰り開始記憶すること。
小学校の1年生が字を覚えるとき、何百回、何千回字を書いて覚えるこ
とができるように反省したことを何回となく頭に叩き込むこと。
本来ならば我々は、答えのまだ見つかっていない苦しみ以外は幸福なはずです。人生は考え方次第で幸福にも不幸にもなれる。
人の病気には頭痛、腰痛、発熱、動悸、めまい、 しびれ、下痢、便秘、むくみ、
発疹、不正出血など、気になる症状から見つかる場合と健康診断から発見さ
れる時があります。
心の病は、恨み、妬み、謗り、愚痴、嫉み、憎しみ、怒り、嫉妬、情欲、私利私欲、自我我欲、自己保存、愛欲、無慈悲、権力欲、金銭欲、増上慢、偽善、誹謗、卑しい心、貧しい心、中傷などの心のくもりと自らは気が付かない他人からの意見にある。特に言動一致の人の批判は耳を傾ける必要がある。
ナイフなどで切った切り傷を塩水につけるとしみる様に自らの嘘のつけない心が心の在り方や行為の深さによって痛みを感じる。
心の痛みこそ心の病であり不幸の原因である。その原因の考え方を修正すればよい。苦しみを消すことができるのは自分しかないのである。
人生はいかに考え、行動するかが命題です。いかに行動するかは八正道に教えられていますが、内容は全く同じですがいかに考えるかを別な視点から
八正道を人に説明をすると当然のことだと答えが時として帰ってきます。
頭で理解していても実践しないと意味がないのです。
頭で考えているだけでわからなかったことが実践して初めて発見される事実もあります。人類におおきな功績を残した科学者が発表会見で何千、何万回の実験の結果だとか、偶々失敗が成功につながったと言います。人生の失敗を乗り越えて、何度でも八正道を実践して新しい発見をした次の課題を人としての成長につなげましょう。実践してみないとわからないことがたくさんあるのです。
反省を十分重ねてから正しい瞑想を行う。
他の七つの規範に照らして反省すること。荒行をしたからと言って煩悩を滅することはできない。反省をして間違った行為をただす。
毎晩今日一日の自分の想念と行為を、行き過ぎた点がなかったかどうか振り返ったり、反省したとき、その間違いはどうして起こったのかといった、自分の心の中の原因を追究して取り除くこと。
反省なくして、同じことを繰り返すようでは、進歩がなく成功することが困難である。二度と同じ誤りを繰り返さないように、自分自身の心に厳しく念じる。
反省ばかりに終わると自らの心を小さくし、狭くしてしまう。また、取り越し苦労にならないように。
自らの反省がなく、他人ばかりを悪くいう人は、人間の哀れな姿である。
自分が慢心していないか見つめなおす。
冷静に、感情的にならないで、第三者の(相手)立場で理性の目で反省をする。
ただ祈ることが、念ずることではない。
経文を拝むための道具ではない、意味を知ることが必要である。
経文の意味を実践するところに意義がある。
寺院を参拝することが人を幸福にするのではなく、心の念と、行為が幸、不幸を造り出す。
幸、不幸は己の心の中にある。
正しい知識を得て忘れない。
正しい知恵を得るようにする。
六道(正見、正思、正語、正業、正命、正精進)を通じて、教えをいつも心に正しくとどめる。
人の脳はなかなか覚えられないので、正しい知識を得たら忘れないように反復して習慣にする。
正しく正道に精進する。努力すること。
形にすがり、形を頼りにするのではなく、普遍的な教えを正しく理解し、それを身につけ、自らを律した生き方をするように実践するをすること。
正しく生活をする。
長所を伸ばして短所を修正すること。短所は他人に迷惑になる。
短気・引っ込み思案・自信過剰(増長慢)・自分勝手・無神経などは全て自分の
都合、自分本位の執着から出ているので、反省をして直さなければならない。
執着の根源は物事を正確に見ることができない(無明)からである。
人生の不変の真理を自ら探し求め、その真理にかなった生活をし。より豊かな
心を造り出し、より良い社会を築くことにある。
日常の心と行いを(家庭生活、近所付き合い、社会生活)正しくすること。
些細なことで心を煩わし、六根に左右され、煩悩のとりこになって自分自身を
失い、苦しみの人生を送ることのないように。
もの一つでも、多くの人々の苦労によって造られ、助けられ、自然の恩恵が
あってこそであり、これに報いることが大切である。
これを報いるためにも現在の環境、立場、生きていること自体に感謝すること。
悪い環境、立場を悪く思うのではなく、それを良いように利用すること。
逆境にこそ感謝しチャンスにすること。
自らの欠点を知り、修正をして、社会人類のために奉仕をすること。
大方の不幸の原因は自分自身にあり、心の不調和がもたらしたものであり、責
任は他にはない。また不幸の原因も正法(八正道)を学び実践し続けることで
一つづつ解決されて行く。
仕事の成功と性格的な欠陥は別物である。性格的欠陥がたまたま仕事の成功
に結びつくこともある。仕事ができるから、人格が高いとは言えない。
善友と付き合うこと。
善友とは
悪行をやめるように説き、説いたように実行する人
善行を実践する人
人の迷いを説き、正しい理解を深く導く人
正しい習慣を身につけること。自動車の運転も習い始めは難しいが、運転技術
を身につけてしまえばそれほど難しいことではない。
てしまえば
正しい行い、仕事をなす。
人は行為によって支配・束縛される。しっかりと行為をなしていると、高潔な心身を得ることができる。
正見・正思に基づいた正しい言葉を語る
心を浄める丁寧かつ上品な言葉使い
言われない誹謗はなぜ言われるかを反省する必要があるが、相手には哀れな人と思いやればよい
虚言、謗り、悪口、戯言を絶ち、正しい言葉を語ると言う意志の強い人間になるように。