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更新が滞ってしまってすいません。
「日本はバブル崩壊後成長が止まった」とよく言われるけど、
この表現は厳密に言えば正しくはありません。
(僕も使ってるけど)
バブルが崩壊したのは1991~92にかけてですが、
実はその後も1997年までは日本は経済成長をしていたのです。
(バブル期に比べると鈍化しているけど)
http://ameblo.jp/arahatik/entry-11328989134.html
ちょっと↑これ見て下さい。
友達の「きた」からグラフを拝借してきました。
僕は経済にしても歴史にしても、とにかくウンチクを語るのが好きだけど、
きたはそういうデータを集めるのが好きなようで、
たまに「こんなデータある?」みたいに頼んでは引用したりします。
これをみるとバブル崩壊後の日本は、
そのGDPの成長過程からしていくつかの段階に分けることができます。
決して衰退しつづけていたわけではありません。
1. 崩壊直後から97年まで
2. 97年から2000年まで
3. 2000年から2007年まで
4. 2007年から2009年まで
データが載っているのはここまでなので、
とりあえずここまでの話をします。
まず「1」崩壊直後から97年までですが、
なんとこの時期、バブルは崩壊しましたがGDP自体は増えていました。
なぜかというと政府が財政出動によりGDPを下支えしたからです。
この時期は消費税も導入したとはいえまだ3%で、
それ以上にたくさんの公共事業を続けていたため、
相対的にはGDPは少しずつ成長していました。
ただし赤字国債を膨大に発行し続けたため、
(デフレ期には正しい政策ですが)
マスコミや大蔵省がこぞって「借金が増えていつか破綻する」という、
冷静に仕組みを考えると荒唐無稽としか言い様がない、
いわゆる「増税キャンペーン」が本格的に強まり出したのもこの頃です。
消費税などの明らかな失敗策もありますが、
経済学の観点からいえば相対的には、
「デフレにデフレ対策」が取られていたわけですが、
そのことが財政赤字を嫌う大蔵省を刺激してしまったわけです。
このままではインフレが抑制できなくなる!
早く増税しないととんでもないことになる!
こういう大増税キャンペーンが展開された結果、
97年の第二次橋本内閣の時に、
消費税が5%に引き上げられました。
実は崩壊から97年までの5,6年の間で、
「相対的なデフレ対策」を取り続けた結果、
97年の頃にはデフレを脱却しつつありました。
そのため橋本龍太郎に全ての責任を擦り付けるのは酷だとは思います。
第一次橋本内閣の頃はデフレ対策をとっていましたが、
やればやるほど大蔵省から、
「デフレはもう脱却した!」
「今度はこのままだともうすぐインフレが抑制できなくなる!」
「消費税を上げないと国の借金が返せなくなって破綻する!」
「公共事業を減らさないと財政赤字が抑制できなくなる!」
などと煽られ、
マスコミにも支持率低迷しているかのような偏向報道をされ続けた結果、
物価上昇率がマイナスからプラス(デフレからインフレ)に転じた97年に、
橋本内閣は緊縮財政に舵を切ってしまいます。
デフレが終わって今度はインフレが進むと思ったのでしょう。
本当は完全にデフレから脱却したとは言い切れない時期でした。
もともと正常な状態は適正「インフレ」なので、
ようやくプラスに転じた程度では脱却しきったとは言い切れません。
3%程度のインフレが3年ほど続く状況なら、
やっと脱却したと言えるでしょう。
しかし大蔵省の言葉を真に受けた橋本龍太郎は、
97年から今度は「インフレ対策として」一気に緊縮財政に舵を切ってしまいました。
・消費税率の引き上げ3→5%
・公共事業の削減
・赤字国債の抑制
これを一気にやってしまったため、再びデフレに逆戻りしてしまい、
GDPがマイナス成長する時代に突入するわけです。
ちなみに大蔵省があれだけいった財政赤字の解消ですが、
緊縮財政に舵を切った結果、逆に「拡大」してしまいました。
理由は単純明快で、GDPが減ってしまったからです。
財政赤字を削減するために導入した消費税によって、
国民の消費がドーンと落ちた結果、
GDPそのものが縮退してしまい「税収が減ってしまった」わけです。
考えてみて下さい。
税負担が増えたことで、国民の可処分所得が減って、
逆に税「収」が減ってしまって、税「率」だけが上がるという状態を、
どう擁護すれば正しいと言えるのでしょうか?
明らかに大蔵省のミスリードでした。
(今でもまだ増税キャンペーンを展開している)
それに引っかかった橋本龍太郎は、
最後にとてつもない過ちを犯してしまったことで、
悪い意味で歴史に名を残してしまったわけです。
緊縮財政の結果、日本の衰退が鮮明になってきた頃、
橋本龍太郎は猛烈に後悔したそうです。
「大蔵省に騙された」と死ぬ間際まで言い続けていたそうです。
ちなみに騙された経験をもとに、
後の総裁選では「反・緊縮財政」を掲げて立候補しましたが、
一度付いた汚点はぬぐえず小泉に負けてしまいました。
なんかちょっと可哀想な気もします。
ただ政治はどこまでも結果責任ですので、
大蔵省という官僚集団を使いこなせず逆に利用されてしまったということは、
はやり橋本龍太郎には責任があるのでしょう。
はらいせに大蔵省というカッコいい響きを財務省に変えました。
その上、財務省から国税庁を切り離しましたが、
抵抗はここまででした。
しかしこれは橋本龍太郎一人の責任か?というと、
最近思うようになってきたのですが、
これは国民にも責任があると思います。
ここ数年でだいぶ認識は広まってきましたが、
国家財政の正確な知識などは、
当時の国民はほとんど知りませんでした。
ネットが普及していなかったことで、
メディアの流す情報をそのまま鵜呑みにしていたという面もありますが、
当時の人は今より政治に関心がなさすぎた。
自分から勉強するという意識が、当時は浸透していなかった。
今も完全に普及したとは言い難いですが、
着実に増え続けています。
知識とは何も教科書や新聞から得るばかりとは限りません。
というかむしろ「新聞を読むとバカになる」というのは、
そこそこ的を射ています。
なにしろ記事は記者が書くものですので、
その記者の意思、ひいてはその新聞社の意思が働いてしまう。
記事を書いている新聞記者が完全無欠の天才で、
一切の妥協を許さず、ただひたすら国民のことを考える人間ならともかく、
実際はただのサラリーマンです。
記事を書いているからといって自分達より優れているわけでもなければ、
その会社(=新聞社)の決定にも逆らえません。
となると究極的には国民が自分達の意思で、
能動的に勉強しなければ世の中変わっていかないんだと思います。
いくらネットが普及してもそれは同じです。
民主党政権の4年間は、個人的にはただひたすら
国益と国力と国民の生活を損耗し続けた暗黒時代だと思っていますが、
これくらいの高い授業料でなければ、
国民が目覚めなかったかもしれないと思うと、
「国民に危機感を持たせた」という一点だけは評価したいわけです。
断言できますが民主党の4年間がなければ、
安倍政権のアベノミクスはなかったでしょう。
(次回に続く)