Something Strange
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どちらが嘘を言っているのかな?

昨年末に取り上げられた『上海総領事館員自殺事件』がここに来て、報道した読売新聞からあらたな進展を迎える記事が出ましたね。


中国側、機密執拗に要求…自殺上海領事館員の遺書入手

2004年5月、在上海日本総領事館の館員(当時46歳)が自殺した問題で、館員が中国の情報当局から外交機密などの提供を強要され、自殺するまでの経緯をつづった総領事あての遺書の全容が30日判明した。本紙が入手した遺書には、情報当局者が全館員の出身省庁を聞き出したり、「館員が会っている中国人の名前を言え」と詰め寄るなど、巧妙かつ執拗(しつよう)に迫る手口が詳述されている。中国側が館員を取り込むために用いた中国語の文書も存在しており、これが、日本政府が「領事関係に関するウィーン条約違反」と断定した重要な根拠となったこともわかった。中国政府は「館員自殺と中国当局者はいかなる関係もない」と表明しているが、遺書と文書はそれを否定する内容だ。


最初の報道では「なぜ過去の話を蒸し返すんだ」といった論調で、日本政府を批判していましたけど『証拠』となる「遺書」が公表できなかったのをいい事に、とにかく叩いて黙らせる方法を行ってました。


上海総領事館員自殺:外交部見解を国営通信社、伝える

秦・報道官はさらに、「日中双方ともこの事案の性質に対して、すでに定論を固めている。1年半も経った後に、日本側がこのことを持ち出し、自殺を中国側と関連付けるのは、完全に別の意図によるものだ」ともしている。中国脅威論を強調し始める一部日本の政府高官による、中国パッシングと考えていることを示唆したとも受け取れる。


外交部:領事館職員自殺問題、日本の批判「道理ない

中国外交部の秦剛・報道官は5日の定例記者会見で、在上海日本国総領事館の男性職員が自殺したことについて言及。日本側の対中批判に対し、「道理がなく、挑発的だ。冷静かつ適切にこの問題を処理し、日中関係に新たな面倒を起こさないよう求める」と非難した。また、「中国外交部及び中華人民共和国駐日本国大使館はともに、この問題に対する立場を明確に示した。中国は責任ある国家であり、『ウイーン条約』を厳守し、中国に滞在する外交官の権利を保護している」と主張した。


上海領事館員自殺で中国外交部「中国に責任ない

中国外交部の孔泉・報道官は8日、駐上海の日本総領事館員が自殺し、日本政府が「中国当局者による遺憾な行為があった」と抗議している問題について、「中国側に責任はない」と反論した。9日付で中国新聞社が伝えた。孔泉・報道官は、「中国の警察はこの事件が起きた当時、駐上海の日本総領事館関係者から事情聴取を行い、事実関係を確認した。記録があり、該当職員による署名もある」と反論。「日本が事実を無視し、中国のイメージを損なうような企みごとを続けていることに激しく憤っている」と非難した。


今まではこういった批判に対して事を荒立てないように日本政府はしてきましたが、『遺書』と『文書』があったことでそれをまず日本のカードとして中国へ知らせた。中国にも「記録と該当職員による署名」があるそうなので、公表してきちんと説明して欲しいですね。


事件が起こった時に発表できなかった外務省の不手際もありますが、いろいろある問題を後回しにしたりせずに、ひとつづつ「白黒」をハッキリさせて欲しいものです。


今月末に橋本元総理らを北京に呼んで日中間系の修復を図っています。いつものように、言いなりになる人だけを寄せ集めて、何らかの発表を行うのでしょう。今回の問題に、進展はあるのでしょうか?


追記:Let's Blow! 毒吐き@てっく様のエントリー「自殺した上海領事館員の遺書 」に
   「自殺した在上海日本総領事館員が総領事にあてた遺書の要旨」が掲載されております。

あなたはもう忘れたかしら

『従軍慰安婦』にことさら熱心だった朝日新聞さんは、ご自身の使う用語も時代の潮流に合わせるようですね。さて、この『従軍慰安婦』なる言葉はどこから出てきたのでしょうか?


裁かれるのは誰か-従軍慰安婦連行のウソ-

(1) 日本ではじめて「従軍慰安婦」を戦争犯罪として世に広めたのが、千田夏光著「従軍慰安婦」(1973年)および「続・従軍慰安婦」(1974年)です。

(2) 次に発行されたインチキ本は「私の戦争犯罪-朝鮮人連行-」吉田清治著(1983年)です。この本で吉田氏は韓国済州島で慰安婦にするための女性狩りを度々行ったと告白した上、日本・韓国およびアメリカなどで謝罪講演をして廻りました。


このあたりが、初出と定着に一役買ったのでしょう。その後に朝日新聞さんが「従軍慰安婦強制連行に関する一大キャンペーン」をされて、世界的に有名になったようです。


作られた「従軍慰安婦」(1)

慰安婦問題の経緯
1) 昭和58年、吉田清治が著書「私の戦争犯罪・朝鮮人連行強制記録」の中で、
昭和18年に軍の命令で「挺身隊」として、韓国斉州島で女性を「強制連行」して慰安婦にしたという「体験」を発表。朝日新聞はこれを平成3年から翌年にかけ4回にわたり報道。
2) 同3年8月11日、朝日新聞は「女子挺身隊」の名で戦場に連行され、売春行為を強いられた「朝鮮人従軍慰安婦」の一人が名乗り出たと報道。
3) 同4年1月11日、朝日新聞は一面トップで「慰安所、軍関与示す資料」、「部隊に設置指示 募集含め統制・監督」と報道。この直後の16日から訪韓した宮沢首相は首脳会談で8回も謝罪を繰り返し、「真相究明」を約束。
4) 同5年8月4日、河野官房長官談話、政府調査の結果、「甘言、弾圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、更に、官憲等が直接に荷担したこともあった」と発表。
この河野談話によって日本政府は慰安婦が軍によって強制徴集されたことを公式に認めてしまったことになる。


どこの報道機関が熱心に『従軍慰安婦』なる言葉を取り上げてきたかが、上記ブログの内容で良く解ると思います。さて、この『従軍慰安婦』がどういった経緯で強制連行されたかというのは、前のエントリー でもお話させて頂きました。では、2006/3/13日付の朝日新聞さんの社説を見ますと…


韓国徴用者 ようやく光が差した

朝鮮半島が日本の植民地だったころ、多くの朝鮮の人たちが故郷を後にし、日本や戦地に渡った。自らの意思で行った人もいれば、企業や軍に徴用された人も少なくない。日韓条約で決着していたはずの韓国の徴用被害者の救済が、40年以上もたってようやく動き出す。ただこれで終わりではない。サハリン残留の韓国人や在韓被爆者、慰安婦など当時は想定されなかった問題があることを忘れてはならない。


いつもの『強制連行』や『従軍慰安婦』なる用語の表記が、かなりソフトに変わっていますね。

大変に参考になるブログ「依存症の独り言 」様でご確認下さい。

朝日の偏向・ねつ造【社説】

語り継ぐ事

敗戦後の日本でとある時期から生まれた言葉「従軍慰安婦」。この悲惨な出来事を、後世に語り継ぐ方たちが「ナヌムの家」におられるのは、ご存知の事と思います。


韓国 元慰安婦たち、静かに寄り添って

韓国南東部の蔚山(ウルサン)で、住み込みのお手伝いとして働いていた42年、大通りを歩いていると、背の高い男2人に突然、両脇をつかまれた。トラックに放り込まれて両手両足を縛られ、口をふさがれた。連れて行かれたのは中国東北部の延吉。


この方たちにとっては嫌な思い出かもしれませんが、その事実関係はどうやって検証されてきたのでしょうか? 李玉善さんのお話を、順を追って調べていくと、とあるページが出てきました。


韓国人元「慰安婦」が見た靖国神社 「どれだけ苦しんだか」
一九二七年に朝鮮半島東南端の釜山で生まれました。「養女にしてやる」という飲食店主にだまされ、釜山から約六十キロ北方にある蔚山の居酒屋に売り飛ばされます。十五歳のとき、買い出しの途中で日本人と朝鮮人の二人組みによってトラックに押し込められ、そのまま貨物列車で延吉に送られたといいます。

元日本軍「慰安婦」が語った日本兵による性的虐待

李玉善さんは1927年釜山で6人兄妹の長女として生まれた。家が大変貧しくて学校に行きたくても行けなかった。14歳の時、お金が稼げるし、学校にも行かせてやると言われ、飲み屋の養女として売られたが、仕事がうまくできないと雇い主からよく殴られた。その後李さんはその店を解雇され、別の飲み屋に売られた。ある日、店の人からお使いに出された時、日本人と朝鮮人の男性2人に拉致され、行き先も告げられず無理やりトラックに乗せられた。李さんが到着した場所は中国の延吉にある空軍部隊の飛行場だった。

加害と向き合う 韓国編“傷”うずく日本名
朝鮮半島東南の海辺の町、蔚山(ウルサン)。買い物に出かけた李さんが突然、見ず知らずの男たちに捕まり町から連れ去られたのは一九四二年のことだ。貨物列車で連れて行かれたのは、中国東北部、延吉の日本軍駐屯地に置かれた慰安所。管理人を名乗る男から着物と毛布を渡され、「これは借金だ。返すまで家には帰れない」と言われた

この3件の記事内容からだと、日本人と朝鮮人に中国の延吉へ連れ去られたという事ですね。その経緯から推測すると、別の飲み屋の人に売られたという事でしょう。両親→1番目の店に売られる→2番目の店に売られる→ある女衒に売られる。女衒もそうだと思いますが、全て朝鮮人の係わり合いですね。

韓国人「慰安婦」の証言1【李玉善】

幻の従軍慰安婦

慰安婦としてご苦労されたのは解ります。しかし、関わってきた人たちの責任は、何処へ行ったのでしょうか? 朝日新聞さんは、過去から日本政府が悪いとおっしゃってますね。

慰安婦の中には、非常に高額の郵便貯金をされた方もいらっしゃいますね。

慰安婦問題年表

証言が真実である根拠を示せ

こういった事実関係があやふやな事を語り継ぐことが、両国関係にとって良い事とは思えません。

アメリカなどの第三者機関を通じて、事実関係を明らかにした方が良いのではないでしょうか?

中古船舶の不正輸出関連

最初の報道では韓国へ不正輸出かと思っていたんですが、その後の情報の出方から見ると北朝鮮関連の問題だったんですね。まず、事件のおさらいから。


■能登半島沖の工作船事件
1999年3月、石川県の能登半島沖を国籍不明船2隻が領海侵犯。海上保安庁の停船命令を無視して
猛スピードで逃げたため、政府が海上自衛隊に初の海上警備行動を命令。海自護衛艦が警告射撃したが領海外に逃げた。2隻は船体にそれぞれ「第2大和丸」「第1大西丸」と日本船名を表示。その後、北朝鮮の港に停泊しているのが確認され、政府は工作船と断定した。(産経新聞2/28より引用)

ここに出てきた「第2大和丸」の船名は、日本に実在する船舶でしたが2005/6に転売されたようです。
「松島海運」社長が約350万円で購入というのが、各紙の情報から読み取れますね。門司税関には、船舶を韓国へ輸出時に90万円と偽って申告しているところまでは、各紙とも一緒です。
違いを見せているのは、その船舶の売却代金なんですよ。

不正輸出の海運会社社長を逮捕「北」工作船と関係か
門司海上保安部は28日、経済産業相の承認を受けずに中古漁船を韓国に輸出したとして、外為法違反の疑いで宮城県塩釜市の海運会社「松島海運」社長、岸本洋二(きしもと・ようじ)容疑者(64)=同県多賀城市=を逮捕した。これまでの調べでは、岸本容疑者は昨年7月、兵庫県豊岡市の漁協に所属した底引き網漁船第2大和丸(75.49トン)を韓国のブローカーに売り渡した際、約600万円の売買価格を90万円と少なく申告。100万円以上の売買時に必要な経産相の承認を得ないまま、北九州市の門司港から韓国・釜山に輸出した疑い。

中古漁船の不正輸出、宮城の海運業者を逮捕
岸本容疑者は2005年6月末、津居山港漁協(兵庫県豊岡市)に所属していた底引き網漁船「第2大和丸」(75トン)を約350万円で購入。その後、同年7月に同船を韓国へ輸出する際、船体価格を90万円と偽って税関に申告。
岸本容疑者は、00年8月、イカ釣り漁船(130トン)をインドネシアに輸出すると偽り、通産省(
当時)の承認を得ずに、福島県・小名浜港から韓国経由で北朝鮮に輸出したとして、外為法違反などの容疑で01年6月、警視庁などに逮捕された。東京地裁は同年10月、懲役2年6月、執行猶予4年、罰金100万円を言い渡した。

無承認輸出:中古漁船を昨夏、韓国に 宮城の業者逮捕へ--海上保安庁
岸本容疑者は昨年7月、第2大和丸を中古漁船として北九州市・門司港から韓国・釜山港に輸出する際、実際は約300万円の船体価格を90万円と偽って門司税関に申告、経済産業相の承認なしに輸出した疑い。
◇業者と一問一答
◆船の値段は90万円で、付帯経費を含めた取引総額が300万円になった。解釈の違いだ。

宮城県の海運会社長を逮捕 中古漁船不正輸出の疑いで
岸本容疑者は05年7月、中古漁船「第2大和丸」(約75トン)を300万円で韓国の船舶ブローカーに売ったにもかかわらず、90万円と門司税関に申告し、経済産業省の承認を受けずに韓国に輸出した疑い。第2大和丸は、兵庫県香美町の漁具会社役員(75)を通じて同県豊岡市内の所有者から350万円で買っていた。

朝日新聞は2/27付けの記事では、

船名は不審船と同一 中古船不正輸出、海運会社長聴取へ
第2大和丸は兵庫県豊岡市の所有者から同県香美町の漁具会社役員(74)を通じて社長が350万円で購入。05年7月に北九州市の門司港を出港し、韓国・釜山港で韓国の船舶ブローカーに引き渡された。このブローカーからは社長に300万円が払われたほか、同時期に韓国人女性から300万円が振り込まれた。
社長は朝日新聞の取材に「船は90万円で売った」と容疑を否定し、「船名が(不審船と)同じだった
のは後で知った。(買い主の)韓国の業者からは港で作業船に使うと注文を受けた。北朝鮮とは人脈も全くない」と説明。韓国の業者は「船は転売した。韓国で運搬船として使われている」と話している。

さて、これらの記事から正しい売却金額が解りますか?
朝日新聞の取材に「船は90万円で売った」と社長。
毎日新聞の取材に「船の値段は90万円で、付帯経費を含めた取引総額が300万円になった。」と業者。

この業者、以前にも北朝鮮へ不正輸出していますよね。誰が嘘をついているんでしょうか?

最初の工作船事件とも船名がかぶり、本物の船を韓国へ不正輸出する。疑惑が一杯の事件です。

「南京・クリスマス・1937」という映画の話

クリント・イーストウッドが南京事件を映画化
旧日本軍による1937年の南京事件を題材にしたハリウッド映画の 制作が決まり、来年12月の事件70周年に合わせ、世界で同時公開されることが明らか になった。 18日付の上海紙「文匯報」が報じた。同紙や制作協力する江蘇省文化産業グループによると、映画のタイトルは「南京・クリ スマス・1937」で、当時、南京にいた米国人宣教師の目を通して、旧日本軍が行った 中国人への殺害行為を描くストーリー。クリント・イーストウッドが監督を務め、同氏と「マディソン郡の橋」で共演したメリル・ストリープの出演が予定されている。中国では旧日本軍が南京を包囲した12月13日を「南京大虐殺記念日」としており、70年にあたる来年は、各種行事が行われる予定。(2006年1月18日23時23分 読売新聞)


こういったニュースが先月報道されたので、ご記憶にある方もいるでしょう。

クリント・イーストウッド監督は「硫黄島の星条旗」という原作から、アメリカ側から見た「父親たちの星条旗」
と、日本側から見た「硫黄島からの手紙」の2作品を撮っている最中の事です。日本にもなじみの深いクリント・イーストウッド監督が、何故反日映画をメリル・ストリーブを迎えて撮影をするのか?

その事実は、今日のニュースで明かされました。


中国「イーストウッド監督で南京事件映画」 代理人「全くのウソ」
日本軍の南京攻略を題材とする映画が米国のハリウッドで著名な俳優のクリント・イーストウッド氏の監督で制作されるという情報が中国の新聞などで流されていたが、イーストウッド氏のエージェント(代理人)は二十四日、「全く事実に反する」と述べ、同監督の関与を完全に否定した。ハーシャン氏ら当事者のこうした否定表明から判断すると、「クリント・イーストウッド氏が南京虐殺の映画を監督する」という話はそもそも根拠がなく、中国側の政治プロパガンダ、あるいは政治謀略的なディスインフォメーション(故意の虚報)として広められた可能性も高くなってきた。


この南京事件すら、戦後60年たってから事実検証が行われだしています。日本の教科書にも「南京大虐殺」として取り上げられているほどの事件。

日中の過去知り変化 反日デモに反発の高校生

中国での反日デモのテレビ映像に「中国はおかしい」「悪いのは向こうだ」と、過去を知らないまま反発する若者たち。そんな若者に日中の歴史を学び、考えを深めてもらおうという取り組みが関東や北陸の高校で行われ、授業を通じた子どもの変化が25日から三重県で開催される日教組教育研究全国集会で報告される。

教諭は「歴史を知らない」と感じ、近代史を簡単に教えた。犠牲になった住民の遺骨を残す中国の記念館を見た体験を話し、南京事件の生き残りの中国人証言などを特集したテレビ番組のビデオも見せた。


しかし、その内容は本当にあった事なのでしょうか? 今までは『南京事件はあった』という認識の下で、学校教育がなされてきましたけれど、その真実を報道したマスメディア番組は、関西系の「たかじんのそこまで言って委員会」という番組が、これまでマスコミ報道されなかった『南京大虐殺』の戦争プロバガンダの検証をキチンとしていると思います。

http://video.google.com/videoplay?docid=-4960427717414049428&q=JAPANESE


こういった歴史検証を、世界から非難されている日本戦後問題の解決手法として行って欲しいものです。

ただ、真実が知りたい、それだけです。


追記:南京大虐殺の史料が読めるサイト

 南京大虐殺はウソだ!