第1回「ほおずきマン」とボク
ここでは初期のほおずき祭り(1994年開催)に関わられた方にインタビューを行い昔のほおずき祭りにまつわるあれこれを掘り下げて紹介していきます。第1回はほおずき祭りのメインキャラクターを務める有限会社いちはら 代表取締役 市原隆則さん(71)にお話しを伺います。
ほおずきマン誕生のきっかけについて教えてください
NHKのテレビ取材がきっかけです。当時、大店法と商店街というテーマで横川や江波と一緒に各地の特色を取り上げてもらう機会がありました。横川は「かよこバス」、江波は「南の風」や気象館など目を引くコンテンツがあるので、牛田はやっぱり「ほおずき祭り」だろうという事になりました。が、ここで一つ問題が…。ほおずき祭りは夏祭りなのに、取材は2月の真冬。これだと撮ってもらう画がないため、空き地に祭りの幟旗だけを立てて関係者で集まる計画が立てられましたが、それだとどうも画力に欠ける…。これでは、他の地域に負けてしまうという焦りもありました。そこで、何か1つシンボルとなるようなキャラクターを作ろうという事で「ほおずきマン」の提案をしました。私は提案だけのつもりだったんですがやはりここは言った者が責任を取るという形で渋々私がその役を引き受ける事になったんです。(その横でいえいえ、とっても楽しそうにほおずきマンになっていますよと笑顔の奥様)
ノリノリだったという声もありますが(笑)
昔からヒーローものに対する憧れはあったのですか。
私は東城町の生まれで、子供の頃、ちょうど映画館の前に家があったんです。その影響もあってか、「まぼろし探偵団とか「月光仮面」とか色んなヒーローものの作品に親しんできました。そういった事の影響もあったかもしれません。ところで、ほおずきマンの得意技は知っていますか?え!!知らない!!完全無農薬の天然ヒーローですよ。得意技は「ほおずき好き好き攻撃」と「ほおずきスタンプ投げ」です。妹はほおずきんちゃんで双子のチークちゃんとライクちゃん。敵キャラは油虫マンとビン缶マンです。(ほおずきは油虫に食べられるのと、お祭りの際にビン缶の投げ捨てが増えるのでその戒めから生まれたキャラクター。敏感なのでアソコが弱い)
皆さんの反応はどうだったのですか
ほおずきマンの構想を話した段階でそれはいいね!と大変盛り上がって下さいました。じゃあ、衣装を作ってあげると商店街の方が衣装を作ってくれたり、キャラクターの細かい設定が決まったり、牛田だけではなく色んな地域のイベントに出演依頼があったり、ラジオやテレビにも出演しました。(「RCC元就。」ほかに出演)子ども達はほおずきマンに会ってジャンケンに勝ったら色々もらえると知っている事もあって大人気で見つかったら駆け寄って来てくれていました。
牛田はなぜ、ほおずきだったのでしょうか
この祭りが立ち上がった当初は、大店法の絡みもあり商店街を活性化するための行政支援も色々とあったんです。その助成金を使って街のシンボルとなるようなデザインやモニュメントをデザイナーの方に依頼して作って頂いた事がありました。牛田の街は山と川に囲まれているのでその地形をほおずきの形にデザインされたのが始まりだったように思います。そのデザインを使ってほおずきスタンプを作って商店街の買い物の時にスタンプを集めてもらったりしたんですよ。貯まるとお食事券がもらえたり、抽選で海外旅行に行けたり、当時はスタンプをみんな集めていたんですよ。今は何でもポイントになりましたね。
ほおずき祭りの様子を教えてください
ステージや屋台などで大変な賑わいでした。ほおずき品評会や、ほおずき飛ばし大会、ゆかたコンテスト。そういえば光明学園の先生方と一緒にほおずきマンのショーをやった事もありました。道の真ん中に車やバイクを並べて販売する方もあったり、鳥取県飯南町など遠方の地域の方が来られて米や野菜を販売されるなどの交流もありました。野鳥の会の方に依頼して人数をカウントしてもらった事もあるんですよ。テキヤさんも軒を連ねてとにかく、大勢の方が集まるので混雑やケンカなどのトラブルの心配もありました。当時は2日間の開催で、初日に県警の方が来られて明日の開催は中止するように言われて急遽、小学校の運動場でするなどした事もあります。
地域活性化には「よそ者、若者、バカ者」が大切とよく言われますが、ほおずき祭り会議は私のようなバカ者はなかなか発言しにくいムードがあります。当時の祭りの準備はどんな雰囲気だったのしょうか
当時は和気あいあいとやっていました。商店街振興会の事務所の中で飲みながらやったり、近所のお店で飲みながら続きをやったり色んな意見を出し合って、楽しかったですよ。そのうち振興会の中のビール代みんなのお金だから、飲む人はそれぞれで出そうという事になって冷蔵庫の前に貯金箱が置かれて、お金を入れて飲むというルールになって…。やはりね、飲みながらやるというのが楽しくていいですよ。酔っていたせいでもないと思うんですが、一度みんなで大失敗をしてしまった事がありまして…。祭りの時に販売用のほおずきの鉢を2,000鉢だったか4,000鉢だったか仕入れてしまったんです。その時は売ろう!売ろう!売れる!とみんなで盛り上がってたのですが、やはりそんなには売れなくって大赤字を作ってしまって、その後20年以上借金を返済する事態になりました(笑)商売人が集まっているのにどうしてそうなったのか…今となっては笑い話ですが当時は碓井先生に大変お世話になったんですよ。数は忘れましたが売れ残りの鉢を大量に購入して下さって助けて下さったんです。本当にありがたかったですよ。みんな感謝していました。
みんなに愛されていたほおずき祭りなのに、どうして終わってしまったのでしょうか
やはりコロナが原因ですね。中止というか、延期、延期が何年も重なって、そのうち別のイベントも始まったり、商店街も家賃や事務員の負担をカバーできなくなってきて終了する事になってしまい、ほおずき祭りに必要な備品類処分する必要があり、全部手放してしまったのです。そういった流れの中で出来なくなってしまいました。
このたびのほおずき祭りの復活という話はどう思いますか
非常に楽しみで、応援したい気持ちで一杯です。私達が立ち上げたお祭りを若い方達が引き継いで下さるのは大変ありがたいなと思っています。お祭りをする事で色んな繋がりや活気が生まれます。次の世代の方達もぜひ経験して頂きたいです。新しい方達で新しいやり方で進めていかれるのもいいと思います。今回のほおずき祭りがどんな形になるのか期待しています。
文:粟河瑞穂 写真:岡崎法子


















