I stopped in Seoul for a day in transit to London .

I did not go outside, but stayed inside the airport the whole time. To go outside, I need to give advance notice when I leave Japan. I didn't do that, so that's why I didn't see my friends.

 

こんにちは、みなさん!お元気ですか?

私は家族と幸せに暮らしています。

以前に重度のドライアイがあることを何度かお伝えしたことが

あると思うのですが、それがきっかけでPCも携帯も、

家族との連絡以外にはまったく見なくなりました。

「少しならいいだろう」が目に負担を掛け、半年くらい前かなぁ、、

たった3日間の少しのPCの利用で、悲鳴を上げるほどの目の痛みで

苦しんだので、もうきっぱりSNS等を辞めることにしました。

 

それでブログ更新もなくなりました。

この先もなかなか書くことは出来ないのですが、

家族が近況ムービーを作ってくれたのでアップしますね!

(簡単なので覚えろと言われました)

 

ソウルにトランジットで23時間くらい立ち寄ったのに

外に出なかったんですね。日本を離れる時に、外に出るのなら

申告をしておかないといけないのです。で、「出ない」と、

言ってしまった為に、韓国にいるあのビリヤードのとっても

強い人、フレ君ですね。に会えませんでした。

この日に降りていれば、一緒に食事に行けました。

再び、私がソウルに寄る日は、何とベルギーだそうです。

あ~あ、前もって聞いておけば良かった~

と、相変わらずドジをしています。

 

最後に出てくる可愛い女子2人は、隣の席だった

韓国人の女の子達です。ロンドンに4日間の観光だそうです!

記念にお写真、撮らせて頂きました!

 

 

 

またムービーなら簡単にアップ出来そうなので続きを

近いうちにアップ出来ると思います。

あ、アシアナ航空です。いつもご飯が本当に美味しい。

外れがないので、狙ってアシアナを使っています♪

 

あ、最後に出て来るとってもイージーな

ワンプレート料理。

長旅でやっとウェールズに到着した夜の夕食です。(笑)

う~~ん、日本人にはこたえるよねぇ~

でも人それぞれ、お国柄もあるからね。

 

 

皆さんもお元気でね!

 

 

 

 

初回接種の時に、家族が付き添ってあげると言うですが

病院も徒歩2分の近所。それに付き添ってもらっても

意味がないのでは?余計にもしコロナなんかに掛かってしまったら

申し訳ない。

 

 

そして雨の日でした。テクテクテクと歩いて行くと

あれぇ?ほとんどの人が2人一組で来ているのです。

みんな20~30代前半の若い男女が、親に付き添っているのです。

 

 

とってもびっくりして、ラインで「ひとりなのはママだけだわ」

と送りました。「あら、、、やっぱり付いて行ってあげれば良かったわ、、」

なんて返事ももらいました。

 

 

そしてひとりひとり順番に名前を呼ばれて、問診チェックなどを

しながら進んでいるのを見ていると、またまたあれぇ~???

問診で椅子に座っているのは、子供の方なのです。

最初は特別不思議に思いませんでした。親の代わりに答えて

いるのだろうと思っていました。

 

 

でも何だかおかしい。

重篤な障害を持っている人には見えず、見た目での障害の

ある人もいない。

そこで初めて気が付きました。

「!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 

 

お子さんの方が重篤な何か障害を持っている人達なのです。

付き添いがないと、外出も自由でないほどの。

親御さん達の顔はとても緊張していて、心配そうに見守っています。

 

 

「ちゃんと名前や生年月日を言えているかしら。」

「質問内容に正しく答えられているかしら、、」

 

 

本当に心の中が見える思いでした。

 

 

お子さんの代わりに一生懸命症状を説明し

何度も「大丈夫ですか?大丈夫ですか?」と聞いている

お母様もいました。

 

障害者優先の枠だったので、たまたま丁度私が若い人との

切れ目に入ったみたいなのです。

帰るときに椅子に座っている人達は中高年でした。

みなさん、ほとんどはひとりで来ていました。

お子さんが付き添いなのか、親御さんが付き添いなのか

分からない人たちが2,3組でした。

 

 

この日、あらためて普段忘れている、外にも出れない

若い病気や障害持ちの人達の存在を思い知らされました。

何だかとても複雑な気持ちになりました。

付き添いの親御さん達の姿が、胸に苦しく残りました。

 

 

自分と同じように自由に外に出れず、

家の中で出来る限りのことをして

生きている若い人だって、もちろんいっぱいいるんだ。

 

 

たたTVを見てゲームをしているだけかもしれない。

でもみなさん、勘違いしないで欲しい。

これは仕事なのです。唯一出来る仕事なのです。

他に出来ることがないのです。

 

 

私も毎日アマゾンプライム映画三昧です。

脳が退化しないように、刺激を貰って鍛えているのです。

もちろん他のこともします。洗濯を干したり。

簡単な洋裁をしたり。

体調を崩さない程度に、恐る恐るコントールをし(出来てるのか?)

色々なことをして生きています。

 

 

家の中だけにいると、本当に頭が狭くなる。

コロナワクチンで外に出れて本当に良かったと思います。

思いがけず大変良い体験になりました。

 

 

 

 

 

 

入院中ベッドの上で自撮り。髪の毛を70㎝は切ったかなぁ。

I had my haircut about 70cm!! It was my first short hair ! ( not so short?)

いつも腰まではあったけど今は肩くらい。

白髪が多くなって来たので

麗しのロマンスグレーになりたくて頑張っているのですが

家系的に前髪辺りくらいまでで、全部は白髪にならないみたい。。。

残念。。(´・ω・`)ショボーン

 

 

 

ガンの摘出とか、脳の手術とか、一般に言う大きな手術をした人は

入院中に一度術後、落ち着いてから精神科の先生のところへ行きます。

 

 

「手術後鬱」というのがあって、文字の通り「鬱」になってしまうのです。

 

 

私10月の大腸のちっこい手術をしました。

ちっこいので精神科なんぞ行かなかったのです。

普通、この規模では誰も行かない。

が、私、一年中あちこっち切ったりレーザーしたりなんだりかんだり、、、

 

 

市内の大腸がん検査で引っ掛かってしまってので、

新しい病院(過去に咽頭炎となんだっけ?で入院歴有)

新しい先生、このオンボロ元ナイスバデーのことを知る訳がありません。

 

そしてそれは突然やって来ました。。。。。。

 

おかしい。何の不快な大きなショックも何もないのに

突然毎日1時間半しか眠れない。

気持はウルトラブルーで、やる気がないとかそうじゃない。

もう死んでしまおうか、、、と考えること5日目。

まずは寝れないことで死んでしまうと思ったのと

「これが鬱か。。。。。死ぬほど、、いや死んでしまうかもしれないほど大変だ、、、」

と思い、精神科へ走ったのでした。

 

 

まず、睡眠薬をきっちりもらいその日からグースカピースカ眠れる様になりました。

 

 

次は「鬱」だ。

これ、鬱ながらしみじみ思ったのが、これがずっと続いて会社に行けないとか

社会に出れないとか、なかなか治らない方がいますが、初めてお気持ちが分かりました。

 

 

「本当に地獄」だと思いました。辛いの何のって。

これが毎日ずっと続くのであれば、本当に生きて行くのが辛すぎる、

出来ないくても普通じゃないか?と思うほどでした。

本当に何にも出来なくなり、「負」の気持のみで全身が覆われて

それが続くだけです。

 

 

私は睡眠が取れる様になってから、すぐに徐々に明るく晴れて行きました。

 

 

鬱は理由もなく突然やって来て、何年も治らずに頑張って生きている人達の

大変さを本当に痛感しました。

ほんと、頑張ってなんて気軽に言えないし、鬱になったことのない皆さん。

これらの病気の方々は、決して心が弱いとか病気じゃないとか、

そんなんじゃありません。

 

自分がなってみて本当に良く分かりました。

今まであなたが人生で一番辛くて、その辛さ悲しみから抜け出せないMAXだけが

24時間365日続いている状態より、辛い状態かなと思います。

もう聞いただけでビックリでしょう。

 

 

そんな体験をしたばかりです。

ものすごくビックリしました。

 

 

以前に会社の理事と病気について話をしていて

辛い病気は「痛い病気」。絶えずとても痛かったり、苦しかったりする病気。

でもやっぱり一番辛いのは「心の病気」でしょうね、と話していたことがあります。

まさにその通りだと思います。

 

 

そんな経験をしたばかりでした。

「心の病気」のあなたは心が弱いんじゃないんだから気にしないでね。

しっかり病院に定期的に行って、先生のアドバイスを聞いたり

自分に合う気持ちの良い時間の過ごし方が見つかりますように。

心から祈っています。

 

 

 

コンサートは夕方に無事終了しました!

前の投稿で、色々な励ましのお言葉をどうもありがとうございます!私も何とか生きていて日々何とか過ぎて行き、日々何とかたまに進んでいます。

 

3年振りのコンサートでしたが、何とか無事に終えることが出来ました!

 

今日は機材を持って一人で車を運転して行きました。機材も簡易機材で3chの小さなアンプなのですが、これでセッティングが一人でも簡単に出来る様になりました。教室より一回り小さなキャパまで大丈夫かな。

 

ミニコンサートでいつもより少し短いものでした。特に睡眠不足などもなく、特別に遠方なわけでもなかったですが、やはり身体はヘロヘロぉ~です。今日のお客様は1名を除いてすべて初めての方でした。

 

声は残念ながらとても以前の様に普通には出ません。コンサートが出来なくなった理由などをお話しながら、あまり難しくない優しい曲を選び、またお客様の為に日本語の童謡なども普段より多く用意しました。一緒に歌えてとても楽しかったです。

でもこんな状態になっても、まだ新しいお客様の前で歌えることに本当に心から感謝しています。

 

私は何に感謝をしているのか考えてみました。来てくれたお客様?

こんな声でもコンサートが開けること?

違うよね。

命あって、やりたいこと、好きなことに何であれ前進して行かれること。

寝たきりの病気になって出来なくなってしまった人だっていっぱいあるわけじゃない。

他の理由でだって、どうしても出来なくなってしまった人達はいっぱいいますよね。

かつては自分もそのひとりでしたものね。

歌える喜びではなく、命あって自分の今出来ることを精一杯出来るということ。

こんな幸せないじゃないですか。

こんな感謝もありませんよね。

 

 

さてお客様全員がCDを買って下さり、またカンパも箱に入れて下さり(いえいえ、強要なんかしてません。してないってば。たぶん。。。(笑))

 

お一人、ビデオ機材を本格的に持って来て下さり、据え置きでしたが、終わった後にすぐにお店のTVで映して見ました。TV放映の様にとても綺麗に撮れていました。DVDを焼いて下さるとのこと。わ~いわ~い。嬉しいです♪ 

 

これは出発前に車の中で家族に送るのに自撮りしたものです。ピンクのマントの下の衣装が、ヘアバンドの色のパリの蚤の市で買ったアンティーク風のワンピースなのです。その下にはヘアバンドとおそろいのパンタロンです。全身がお見せ出来なくて残念!

 

 

まだまだですが、本当に無理をせず1年に1回コンサートが出来れば良しとして、進んで行きます。

以前の様に365日24時間、すべての時間を音楽で過ごすことは、とてもじゃないけどまったく出来ないんですね。むしろその逆で、今は、いかにお茶を入れるか、洗濯して干すか、新しい生活習慣を身に付け、ひとりで出来ることを増やすか、もうこれだけの連続の毎日です。

コンサートと同じくらい毎日ヘロヘロぉ~になります。

 

あ、長い間皆さんにお会いしていないのでお知らせです。髪の毛を70㎝かな?もっとかな?いつも腰まであるのですが、バッサリ切りました。理由は白髪がほとんどになって来たからです。

 

綺麗なロマンスグレーになるといいのだけど。母に言わせると

「家の家系ではならないね~」とのこと。母も前は白髪があるけど、後ろは黒いですね。

次に皆さんにお会いする時は、トレードマークの縦ロールだけど、白黒よ!

 

応援のメッセージ、、本当にありがとうございました。

とても励みになります。

皆さんも健康にお気を付けて、絶対に何事にも諦めないでね。

私が出来るんだから大丈夫よ!

では3日間くらい、ゆっくり寝ますね。

おやすみなさい。

ありがとうございました!!!!!

 

みなさん、おはようございます!

毎年この時期は高齢の家族揃って熱海でのんびり過ごすシーズンです

 

今回、熱海に行く前に実は母が足の骨を「縦」に折るという骨折をしてしまったのです。

もちろん転んだりとか何もないのです。

そもそも80もすぎれば、膝の骨もボロボロだし、だましだまし

使って生きて行くしかないのですよね。

 

それで今回が最後の熱海遊びということになりました。

でももう5,6年前から、熱海に行っても、一歩も外に出ずに1週間も過ごすのです。

壁が全面ガラスなので海が見えるので、気持ち良く過ごせるのでしょうが

部屋の中でももはや安全ではなく、ちょっとつまづいただけでも骨折の可能性大。

もう遠方に出るのもヒヤヒヤですね。

 

そんなわけで、最後の記念にと、行きつけの10人そこそこも

入ればいっぱいの和食屋さんで、記念にコンサートを開かせて頂くことになりました。

 

 

さて、今日のコンサート先ですが、箱根板橋駅前右斜め前の

「和佳わか」さんです。もう40年以上のお付合いで

とても不思議な巡りあわせがあるのです。

元々「和佳」さんは東京の都下に長年お店を構えていました。

私の自宅のすぐそばでした。

 

 

マスターは年を取ったので数十年前に板前を引退、、、、

と思ったら包丁を握っていないと本当に体調が悪いそうです。

それで安住の地として越して来た箱根でまた物件を探し、運よく駅前に。

現在83歳でございます。

 

 

日本中に色々なファンの方がいらっしゃり、遠くからもお見えになります。

初めての方には、下記の「京御膳」がお勧めです。

京料理のお店です。

そしてそのお値段が、、、、、あり得ないお値段です。

もちろんお安いです。

 

 

 

 

そしてこの鯖寿司。お値段見えますか?

京都ではこの2~3倍のお値段が相場です。

そしてお味が、、、、やはりすごいです。の一言です。

大晦日には母が電車に乗って、これだけをここに買いに来るのです。

 

 

 

 

さて、今日のコンサートのお席の空きはあるかどうか

分かりませんが、お近くの方やたまたま行けるぞ!という方は

「和佳」にお電話を入れてみて下さい。いっぱいだったらごめんね。

 

 

ランチは12時~で1時半には暖簾をもう下ろします。

普段から予約制のお店です。

ランチを頂いた方だけが見られます。(聴けます?)

特別にチケットはなく、投げ銭制度です。

100円でも箱に入れて行って下さい。

充分ガソリン代になります。

 

「和佳」0465-22-6104 です。

たぶん、満席か空きちょびっとです。

 

クモ膜下出血以降、2度目のしっかりとしたコンサートです。

声も出ないし、そもそも発声練習が出来ません。

色々な心の葛藤はありましたが、「こんにちは赤ちゃん」

で頑張ります。

ずっとあの気持を持ち続けて歌いたいと思います。

今日はどうぞよろしくお願いします。

 

 

 

こんにちは!元気に過ごしていますよ!

(と、言うしかない。(笑))

まだブログが書けているということは、

少なくとも瀕死状態ではないということですね。(笑)

 

 

私の朝のルーティーンは、水だけの洗顔。

まあよく言うすずめの洗顔ってやつかな。

次に良く冷えた水かルイボスティーの様な刺激のないお茶等を

大きなコップで1杯、ノンストップで飲みます。

これは大腸活動を活発にあっせる為で、快便の為ですね。

 

 

この時に朝のお薬達もガッツリ頂きます。

忘れない為にお薬パックに仕分けして、キッチンに

置く様にしたのです。これで忘れる率0%になりました。

素晴らしい!!!

 

 

次に朝のティーを選びます。だいたいブラックのコーヒー。

まあ、よほど体調が悪くなければ一日中コーヒーを

ガブガブ飲んでいます。

 

 

そして、この辺で「音」がないことにイライラして来ます。

目覚めの一発に音を掛ける人も多いでしょうね。

でないと1日動けないですよね。TVでもいいですね。

 

 

外で工事なんかしていると、その音をBGMにすると

これもまた気持ちいいんですよね。

「音」の力って工事の音すら人間を活性化させるんですよね。

すごいですね。

んで、思い切り好きなロックを掛けます。

Amazonミュージックで自分で集めた「ロック」のカテゴリーがあって

「ロックを掛けて」と音声指示をするとたいていこれが掛かります。

また幸いなことに、私の団地では大きな音で聴けるのです。

 

 

 

上下の方が高齢で耳がほとんど聴こえないので、ラジオを聴く

のにも5軒向こうまで聞こえる様な大音量で朝の3時半から

ラジオを付けます。上の方は日中は基本いません。

そして私の部屋は角部屋なのです。といった条件なので、

かなり満足の行く音で聴いてもどこの家にも

聴こえないのです。

 

 

現在のところはあいかわらず事務所なのですが

管理人としてほぼここに常駐しております。

自宅はすぐ近くの住宅群。本当はこっちが事務所なのです。

が、行き来をして光熱費の無駄などが嫌なので(笑)

一日中事務所で、のんびり日向ぼっこする様になりました。

私物もガンガン増えてほとんど「自分の家化」しています。

 

 

何であれどこに移転をしても立地環境がこの東京において

「こんなところはあるのか?」

というほど「完璧」です。

ちなみに家の前にもう別の棟はなく、ドラッグストアと

透析を中心にした病院と外部薬局があります。

完璧でしょう??

やっぱり普段の行いが、、、、、(笑)

 

 

さて、相変わらずどぉ~でもいい前置きが長くなりました。

 

 

実はこの「歌がいきなり上手になる歌い方」は

Facebookの個人ページにたぶん10年ほど前に書いて

限られた人しか読めないので、オフィシャルページに5年?

ほど前に書いたでしょうか。ブログにも書いたかもしれません。

まったく同じことを書きますね。

 

 

「こんにちは赤ちゃん」を歌うお母さん。

生まれたばかりの赤ちゃんを抱っこしながら歌っています。

この時、お母さんは文字通り

「あ!(隣の)田中さんこんにちは!」とお隣さんに

会った時と同じ意味で「こんにちは!赤ちゃん!」と

言っていますか?

 

NO

ですよね。

 

 

「私の赤ちゃん。この世に生まれて来てくれて

本当にどうもありがとう!

私、こんなに嬉しいことはないわ!

私もこの世に生まれて来て良かった!

あなたに会えたのですもの!心涙顔笑顔」

 

 

って気持ちで歌っているわけですよね?

 

だからね、例えば「呪いの歌」みたいな歌があって

オペラの一幕の何かアリアだとしましょう。

 

 

その呪いを掛ける怖い人の憎しみの気持を演じ

なり切って歌う必要はどこにもないのです。

そもそもなり切れないし、そんなこと出来ません。

もし、自分の境遇と歌詞が重なる様な歌であっても

その自分の辛い思いでを思い出す必要もない。

そんな歌、聴いている方も嫌です。

私なら席を立ちます。

 

 

かのマルチェロ・マストロヤンニは芝居の極意を

こう言ったことがあるんですよ。

 

 

「何でこの役は大学教授と分かっていて、そういう話に

なっているのに、大学教授になり切らないといけないんだ。

役名が付いているので、誰にでも俺が何の役を演じているか

充分に分かるでしょう。なり切る必要がどこにある。

俺の好きに俺を演じるのが芝居だろう。」

 

 

かっこいいですね~~~

 

 

そうです。歌もまったく同じです。

基本的に音程がきちんとまだ取れないとか、そういった

ところはきちんと訓練しなくてはなりません。

 

 

またオペラなどの古典的な歌では、器楽曲も同じですが

徹底的にアナリーゼをしなければなりません。

作曲家がどうしてこの曲を作ったのか。大雑把な歴史を

知るだけでも、頭の中は随分変わります。

またこの曲を作った時の、世の中の政治状況、作曲家個人

の生活環境(こっちが重要な時が多いよね)

 

 

そして楽譜に指示されている記号をしっかりと見るのです。

ここでクレッシェンド、ここでフォルテ、、

などなど。

 

またその歌う言語の理解もものすごく重要です。

私は日本の方でまったく意味を理解せずにイタリア語の歌を

歌っている方を数多く見て来ました。

変なんです。日本語と同じです。

「ここで切れたらおかしい。おおが強くなったら変」

って当たり前にありますよね。

 

 

それが滅茶苦茶なのです。

でもいかに記譜通りに正しい音で、高い音は派手に

あっちこっちで間違った強弱を付けて、拍手喝采。

ん~~~これだから世界にはまだ遠いのか、、、、

と思うのですが、逆の「完璧」な人ももちろん

日本人にもごくわずかでと思いますが。

 

 

さて、焦点がクラシック音楽になってしまいましたが

これ、ポップスでも何でも同じです。

楽譜通りの音を掴んで歌う、は最低限。

これは訓練だ。違う音だとただの「音痴」か

美しくない曲を作るアレンジの天才かもしれない。

 

 

楽譜通りの音、歌詞の割り当て、がまずは出来る様に

頑張ろう。ここはただの訓練しかない。

念じても上手くはならない。

 

 

さて、これを踏まえて「こんにちは、赤ちゃん」を歌うのだ!

試しにあなたが歌いたい曲は「こんにちは赤ちゃん」では

ないですよね。

 

でも、その歌いたい歌に「こんにちは赤ちゃん」の気持を

乗せて一度歌ってみて下さい。

お子さんを持っている方なら、そう歌いやすいですね。

 

 

それが歌を上手に歌う、または歌えるということなのです。

つまり、あなたの人生が歌に乗るのです。

良い事も悪い事もいっぱいあったと思います。

悪い事ばかりだらけの方もいるかもしれません。

でも今、ここに生きていて歌が歌えるということに感謝が

ありますよね。

牢屋に閉じ込められて好きな様に歌えないわけじぇない

ですよね。

 

 

辛い思いでしか思い出せなくても、1ついいこと

忘れられない優しかった人、色々ある筈。

辛いことを思い出していいから、同時に歌っている時に

その誰かの笑顔や楽しかった嬉しかった1つも

かならず思い出して、最後まで歌って下さい。

 

 

歌はあなたが生きて来た人生そのものなのです。

たくさんの想いを歌わずにいられないから歌うわけでしょう?

 

 

取りあえず、何にも浮かんで来なかったら

「こんにちは!赤ちゃん!」のママの気持で

行きましょう!

 

 

歌が驚くほど上手になるどころか、

どうやって歌を歌って行けばいいのか

歌うほどに分かって来ます。

過去に歌った歌の間違いにも気が付きます。

 

では頑張ってね!

 

 

ジョセ子先生でした!!!!!!

 

 

 

みなさん、こんにちは。

作者近影、といった写真がないので

近描?画を。

お変わりありませんか?

ながらくご無沙汰しております。

昨今ではブログを書くこともそうなくなりました。

たまに「これを書こう!」と思うこともあるのですが、さして自分にとっても大事ではないからいいや、とかすぐに考えて終わってしまいます。

 

今日はなんだか、すごい表題なのですが、ただのぼやきです。

筆のおもむくままに昨今のことを書いてみたいと思います。

もちろん、長いです。(笑)

 

 

私は家で映画をよく見るのですが、年間に少ない時で200本くらい。

長期入院とかアクシデントがまったくない年なら500本平均です。あまりにもたくさん見るので「映画感想ブログ」をすごく勧められた時があります。

 

ちょっとその気になって「書こうかな?」と思ったら、映画ブログには「その世界」があって、それはそれは「ものすんごい人達」が日本だけも存在しているのです。

 

それはご自分のただのブログ、なのですが、ウェブサイトと同じ様に独自の物に作られていて、一切の細かい私情を挟まず、「世界で一番詳しい映画サイト」を持つ人も日本に居ることを知りました。

 

その方のサイトに行くと、映画の中で掛かっている曲はもちろん、どうしてその曲あ使われる様になったのか?とか、たぶん、映画関係者もこの方のサイトで勉強をするのではないのかな、というほどのページなのです。

 

URL転載もあまり希望しておらず、するのなら、前もってご一報を下さい、という許可制度でした。

そして、世界で一番詳しい映画サイトにも関わらず、ご趣味だそうです。

 

こういう方を見ると、世界って本当に広く、すごいなぁ、、何て素晴らしい生き方なのだろう、と思います。

 

もちろんどこにも誇張はないのですが、おそらく、平均的な日中の一般の仕事をしていたら、仕事以外の全ての時間をこの映画研究に注ぎ、その血と汗の結晶(いや、ほんとほんと)を映画ブログにお書きになっているのだと思います。それが、本当に楽しいのは大変よく分かります。

 

さて、そんなこんなで映画ブログは読み手の方がいいなぁ、と思い留まりました。そもそも映画を見て「素敵!」とか「****!!」のどちらかしか感想はなく、(笑)いかにひどい映画かをボロクソ書くくらいしか出来ない貧しい心の持ち主です。

 

さて、これが前置きで長くなりましたが、この前置きは本文にほとんど関係ありません。(笑)

 

私の日常パターンを以前から読んで下さっている方はご存知だと思うのですが、知らない方の為に。

 

元々病弱で田舎で療養を兼ねて簡単な自給自足暮らしをしていたり、4年前にはくも膜下出血と脳梗塞を発病し、脳に後遺症が残ってしまいました。高次脳機能障害と言います。

 

私とお会いしてお話しても、時間を一緒に過ごしても障害があることは分かりません。しかし、1日「生活」を共にすると、すぐに分かります。今、言葉でここにその具体的なことを書くのはとても難しいです。

 

「高次脳機能障害」と検索をすると、どんな障害なのか何となく理解出来ますが、実際にそれらの後遺症を持つ人を見ることは一生涯でおおよそ一度も出来ないと思います。なので、ほぼ100%に近い方が実際には理解の出来ない障害なので、人とのお付き合いはこれを境にほぼすべて途絶えてしまいました。

 

私の方から終止符を打ちました。とても私にとっても無理なんです。無理をどうしてもしなくちゃいけないので苦痛この上なく、大抵寝込むか入院をしなくてはいけないほど、一般の方とのお付き合いはそれくらい負担になってしまいます。これはもはやお会いする意味はないですよね。会わない方がいいですよね。

 

人とのお付き合いの前に、私には大変重い病気と障害があるのです。今も日々、そのリハビリ、訓練のみの日々です。この訓練は一生続くのかな、と今は思っています。

 

日々は単調で家の中のみで過ごしています。外に出るのは病院に行く時の車中のみかな。外を歩くことはほぼ皆無です。200m前のドラッグストアに行くとか、それくらいは普通に大丈夫です。

 

医療系訪問が1日おきにあり、看護師さんや先生、ヘルパーさんとの関りだけで日常が成り立っています。ここに一般の方がこの日常を「上」から見ていたとしたら、

「どこが悪いのだろう??普通じゃん??」と分からないと思います。

そう、それくらい理解に難しい障害なのです。

基礎的な知識が「正確」にない限りは理解が出来ません。

また、私との医学的に気を付けないといけないポイントも分かりません。

 

私はもう今年で丁度丸9年目の、この様に人と離れた生活を送っています。

たまに集中的に仕事をこなし、海外からヘルプの音楽の友人に来てもらって、

日本ツアーをしたり、年に1,2回していましたが、それも4年前まで。

くも膜下出血以前までですね。

 

現在は、本当に世の中の音楽シーンも、コロナで全く変わってしまい、私の様に小さなライブで生計を立てていた者にとっては、仕事先をすべて失ったわけです。

 

日本中の演奏家が生活の為に廃業をし、コロナになってから一般職に就職をする様になりました。「演奏業」だけを生計を立てる手段としていた音楽家にとっては、そうしざるを得ません。

 

お教室をやっているわけでもない、お弟子も生徒もいない。つまり、生舞台で第一線で活躍をしていた人ほど、窮地に陥ってしまったわけです。ただ、日本有数の特別な、芸能界の方と同じ様に知名度のある人は、それでも別だと思いますが、それ以外の方はおそらく、何か仕事をしない限り、生活は出来ていないと思います。

 

私の知っている管楽器の男性は、いつでも演奏に戻れる様にと、今のご時世で、タクシーの運転手さんになりました。タクシーの運転手さんも、仕事がなくなっているのですが、何故が始めました。奥様もパートに出る様になり、ギリギリ引っ越さないで生活は出来ているとのこと。

 

きっと彼らはまだ良い方で、住むところも仕事もないし、養わなくてはいけない家族がいる人はまだまだいっぱいいると思います。まったく一般職の経験がなく30年も演奏業をやって来た人達にとって、就職先なんか壊滅的にないのです。なんの経験もスキルもない人をどこの企業だって雇いませんよね。

 

学生の頃にイタリア、フランス、スペインなどに留学をしていた人達はかろうじて、語学の先生とか、やらないよりはやった方がいいだろう、ととにかく必死にみなさん頑張っています。

 

私の場合は、元からみなさんと違う土壌で、元から家から自由にひとりでは出れないという環境で仕事をして来ていたので、コロナ環境になって世の中が変わっても、正直何のリスクとも思わないし、むしろ「チャンスだ」と心底思いました。

 

だって、すべての人が「私と同じ環境」になったのだもの。今こそ、すべてが同等に並んだわけですよね。

 

私は自由な手足がないことにひとりで泣く必要もまったくなくなったのです。

 

まさか、数年前、丁度日本を離れて、全部支度をしてジョージアに行く時、コロナに世の中がなって来ました。まさか、その時から、こんな日が徐々に押し寄せて来ているとは、夢にも思っていませんでした。

 

コロナになって1年目くらいで、「もう元には戻らない」ことは確信しました。

 

仮にコロナが消えても、社会の立て直しは何十年も掛かりますよね。特に私達の職業は娯楽に分類されるものなので、一番手の届きずらい、最後になりがちな面が、社会からはあります。

 

 

まさか、外に出れない私の人生が、「まったく関係ない。何のリスクにもならない」日がやって来ようとは、誰が思ったことがあるでしょうか?たったのひとりもいませんよね。

 

このコロナによって、私の様に病気や障害を持つ人の中には、一般の健康な方と並び、自分が持っていた社会への障害が、「障害でなくなる」日が来たのです。

考えられますか?

 

あなたが今、手足の自由も職も失ったら、絶望の人生だと思い、社会との接点もなくなってしまい、その手足が元に戻らなかったら、どう生きて行けばいいのか悲嘆に暮れる、、、そんな生活は、たぶん今はそうないのです。本当に「心の持ちようひとつ」の時代に突入しました。

 

手足があって、健康な人すら、何も出来ない、新しい事も始められない時代が来たのです。むしろ私達の方が本当に有利です。何故なら、どれほどの不自由さが生きて行くのにあるかを熟知しているので、対応の幅が広いわけです。

 

多くの方は「すべてを奪われて失い」、少なくとも私は、「すべてのものが戻って来て、自由」になったのです。これは事実です。

 

「自分の人生にこんな日があるとは」

と過去に何度か思ったことがあります。

驚く様な予想外のこと、みなさんも1つや2つたぶんあるでしょう。

仕事、恋愛、結婚、などは大きいかな。

 

でも、身体が不自由で社会と関わりの持てなかった人達が、健康な人に並ぶ人が来るとは、「あり得ない」現実だった筈。

 

しかし、それが起こったのです。

 

先日ノーベル賞をお取りになった吉野彰氏はインタビューでこう言ったのは覚えているだろうか?

 

「科学の90%は嘘です。本当の嘘で確かである証拠は存在しなく、何も化学に確かなことなんてないんですよ。」

 

確かに。化学すら「絶対」があり得ない様に崩れて行くことがあるのは、ここ10年では一般人にも認識される様になって来ました。

 

法律においてはもはや「絶対」はなく、その都度変更や新しく世の中の情勢、様々な変化によって変わります。ほんの50年前の日本社会で「絶対」であった、当たり前の「常識」であって尊属殺人すら、ある少女の事件で、その後の日本を大きく変えることとなりました。

日本の「常識」が変わったのです。

 

その後の日本の大きな法律の変化はおそらく「不在者投票」でしょう。昨今では、もはや「法律」は通用せず、人口気管支の少女の小学校入学に、法律改正がたったの6日で施されました。法律も1週間もせずに、根本的に全面改正されることもある世の中となったのです。

 

 

私は自分の音楽人生の中で、死ぬほど泣いて、もうダメだと思いつつ、それでも音楽が止められなくて「絶対にどうにもならない」ところをずっと歩いて来ました。

 

その度に「嘘の様な本当の光」に遭遇をするのですが、でも身体の不自由を救う社会は、私の生きている時代では現実的には「まだやって来ない。あり得ない」と思っていたし、私に限らずすべての人がそこを考えても、「‘‘ない‘‘という現実がある」と思っていました。

 

今、それもまさか、覆られたのです。

 

私と同じ道を歩んだある日本のノーベル賞受賞者がいます。

お時間のある方はどうぞ読んで下さい。

 

https://bunshun.jp/articles/-/11145

 

 

 

今日は久々にこんな風に思いを書けて、本当に嬉しかった!

だから、「便りがないのは元気な証拠」って言うでしょう?

その通り。

私、忙しいのです。

 

みんなも、何事にも諦めないで欲しい。

継続した人しか結果を得られないでしょう。

これは当たり前だよね。

それが40年でも50年でも、どこまで続けるかはあなた次第。

ただ辞めたら、そこまでです。

たかが10年やそこらじゃ何にも結果が出ないのは当然。

20年だってそうさ。

死ぬまで出来るかな?

結果を得ている人は、ただ辞めなかった人なのです。

器用なわけでも、運がいいわけでも、頭がいいわけでも何でもない。

 

またね!!!

では「本文」こう期待!

(いつになるか分かりません。ないかも。(笑))

 

Your friend

Joséphine

 

※ one friend in Kayseri is found /24th Aug.

※ one friend in Istanbul is found/26th Aug.

 

Dear my 3 cushion friends in Turkey,

 

I am looking for 3 cushion billiard friends in Turkey who can communicate in English.

Because I am planning to relocate there.

 

Now I am living in Japan and one small country, very close to your county, which is my grandma's country.

I go back and forth between these two countries.

 

I am almost retired due to brain aftereffects from a stroke 4years ago. 

After that difficult to sing, but just living is no problem. 

Sometimes  teach at music Universities in both countries now.

Therefore I am already almost retired.

I can speak English and Japanese , both are at the same level.

(both  are not my mother tongue lol)

 

Now I am researching details about your country but I don't have any friends there.

The 3 cushion billiards are a very meaningful important thing for my life. 3 has been one of my life since I was 2 years  old.

I'd like  to play until I die.

But I am one of the weakest players in the world .My right hand is a bit numb.

I am a handicap person.

I cannot get any better anymore , always 0.1ave. but it's my life.

It seems  3 is very popular in Turkey. 

So I want to live there.

 

I'd be very happy if you could help me to get to know about Turkey , economics, how to rent a room , foods , people etc,,,everything.

 

Of course, the cheaper living expenses, the better.

Any age , gender and races are fine.

After one more vaccine , I can go to Turkey anytime soon.

But about 1 year , the earliest 6 months later.

Please send me a message directly.

Thanks .

 

Your friend

JoJo