周りの友人より早めに結婚し、子育てが始まったので、周囲と比べてあまり豪華な結婚式ができませんでした。入社2年目でしたので大した給料もなく、妻も

 

「婚約指輪は要らんよ、結婚指輪だけで。」

 

「結婚式も身内と友人少な目でこじんまりとしようか。」

 

と言ってくれました。よくある女の子が小さい時から夢見ていた結婚式ではなかったのではないかと思っています。そこら辺は、なかなか勇気がなく聞けていません。

 

結婚20周年まで1年を切ろうとしている今でもです。

 

更に結婚式を執り行うことを決めた後、身籠っていることが分かりました。そうです、東大へ進学した息子がお腹で育ち始めていました。予約していた海外への新婚旅行もドクターストップで中止。

 

そこから怒涛の子育てが始まりました。

 

アトピーが発症し、毎晩、嫌がる子供に薬を塗る毎日

近所のお友達の輪に入るのが苦手で一人遊びが好きで心配な毎日

気を病みそうな日々で生まれた次男の育児で大変な毎日

 

小学校に入れば少し楽になるかと思っていましたが、相変わらずマイペースな長男。

やることが周囲より遅くて先生に注意されることはしばしば。

個人懇談で先生から褒められることはなく、毎回トボトボと帰っていました。

 

こんな闇の生活が小学校低学年まで続いていました。

 

「きっとこの子は、このままいけばいじめの対象になる」

 

と思っていました。そこで、私は子供に勉強を教えることにしました。

周囲がどんな状況、環境でも知識と教養があれば、後々、自分で切り開いていく力が付くだろうと信じていました。

結局、周囲の友人たちも先生さえも、N中学を受験する学力がついていることが分かると、態度も変わってきました。特に友人たちは勉強のことで頼るようになり、自然と寄ってくるようになりました。

長男に中学受験で合格し小学校卒業したのちに、このことについて恨みつらみがあるか、どう思ったか聞いてみたことがありましたが、

 

「人間、そんなもんやで。気にしていないわ。」

 

と。あまりにもオトナの意見で、聞いた私が恥ずかしくなったことを覚えています。知識のある人間は小学生であっても、自分の頭で考え感じ、自分の意見をしっかりもったりするものだと思いました。立派です。

 

さて、こんな大変な子育てがひと段落して妻に、子育て、どうだったか聞いてみると

 

「小学校低学年までは暗黒の時代やったけども、今はすごく幸せ」

「この子の親であることを誇りに思うし、この子を育てられて光栄」

 

と言っていました。

 

しかし、私には、やはり気がかりなことがあります。最初に触れたように、この家族が生まれた元になった「結婚」です。このことについては、やはり聞けていません。

 

「幸せだったか?」

 

自分の気持ちを清算する意味でも、

 

結婚20周年目に、もう一度、結婚式をあげようと思います。

 

まずは、結婚式場探しを探し始めます。驚かせるので妻には内緒です。