着物リメイクはサムエルパンツ&実篤公園&ランチ&春の気配
一週間が早い!あっという間に過ぎてしまった。この間、私は何をして過ごしていたのかな?月曜日は翌日の着物リメイク教室に完成するようにお針仕事を必死でしていました。間に合いました😌サムエルパンツです。今まで履いたことのないパンツでしたが意外とスッキリ上に何を着ようか、取っかえ引っかえでやっと決まり教室で履き替えてファッションショー(*´艸`)教室では評判が良く、似合っていると言われちょっと嬉しくなりました☺昨年の備忘録が二つ。世田谷方面へ出かけた際の帰り道に「実篤公園」の標識があり、寄り道。閑静な住宅街の中に佇む「武者小路実篤館」その横にある地下通路を抜けると実篤公園です。実篤公園は園内は約5,000㎡梅、桜、藤、紫陽花、椿、こぶしなどの花木やショウブや武蔵野の野草が花咲き秋には木々が鮮やかに 紅葉して四季折々の風情を楽しめるようです。訪れたのは12月初旬。上の池には、あづまやがあります。ヒカリモの標識に誘われ、下の池のほうへ行ってみました。“ヒカリモ(光藻)は黄金色藻のなかまで、水面に浮かんだ部分が光を反射して金色に光ります。光っている時のからだは水を含んだ風船のようなもので、水面下に水をはじく足を伸ばしています。風船の中に鞭毛を持つ細胞が入っています。日本各地の洞窟や日陰にある池の水面で良く見られます。”今年の秋、リベンジしてみようかなぁ~実篤邸の見学です。“実篤は、水のあるところに住みたいという子供の頃からの願いどおり、昭和30年(1955年)、70歳の時に仙川の地へ居をかまえ、90歳で亡くなるまでの20年間を過ごしました。ここでは、集まる野鳥に餌場を作り、池に鯉を飼う、安子夫人と二人の静かな生活でした。また自伝小説「一人の男」や、野菜や花を描いた絵の多くがここでかかれ、自らの完成の地ともなりました。実篤の死後、数々の遺品とともに、ご遺族より調布市に寄贈され、できる限り実篤が暮らした当時のまま保存されています。”ボランティアの方から詳しい説明がありました。邸宅内は撮影禁止ですが外から硝子越しに撮るのは🆗です。文学だけではなく芸術や美術など、多才な面々を垣間見られました。記念館で購入した小さな色紙です。実篤というと『仲良きことは美しきかな』ですが私は敢えて、こちらを選びました。夫が現役時代は朝、「行ってらっしゃい」と送り出した後は帰宅までが自分時間。今も仕事はしていますが帰宅は現役当時より早い。私が何をしていても、うるさいことを言う人ではないですが同じ空間に長い時間いると、やはり少しは気を遣います( *´艸`)クスクスそのように過ごして感じてきたのが、この色紙の言葉です。夫婦であっても、一緒に暮らしていても相手を尊重しながら仲良くすること。そういうことかしら。出来ているかなぁ~12月、仲良しの友人と二人で忘年会。彼女が探してくれたお店がある埼玉の大宮へGoお寿司屋さんが経営しているイタリアンのお店『MARE di SAKAI』どれも美味しかった~ボリューム感たっぷりでリーズナブルなお値段。お料理に満足し、お喋りも弾み、楽しい一日でしたヾ(´︶`*)ノ♬今日は夫が飲み会なので久しぶりのお一人様夕飯。チョビがいますけれど超手抜きな夕飯ですが美味しく頂きましたボロネーゼはレトルト。夫が、また干し柿を頂いてきたので干し柿とクリームチーズを和えて、350缶のおつまみに(*´꒳`*)三寒四温を繰り返しながら春はそこまで来ているようです。チョビの散歩で見た桜と菜の花と水仙です。🎶もうすぐ春ですね ちょっと気取ってみませんか🎶そうしましょうか( *´﹀` *)